鬼は子供を産まぬべきか

私の友達、乃川おいかわ可鈴かりんは、学校を卒業後、清水しみず恭介きょうすけと結婚し、清水しみず可鈴かりんになった。


『子供が出来たの!』と私に報告する可鈴は嬉しそうだった。


学校すら卒業しないで、吸血鬼になってしまった私は、大人や恋が未経験な子供同然だ。


身体の成長は止まり、お母様を殺す為、吸血鬼と生きていく道を、早々に選んだ私は学校を中退した。


未練が無いって言い切れないけど、吸血鬼の私が常人の中に混じる勇気は無かった。


身体能力が高くて吸血したら長生きできるって事を除けば、常人と大差はないけど、多くの人が吸血鬼に抱いている印象って『鬼を狩る超人』なんだよね。


好ましくない言い方をしたら『人外』かな。


『人の枠に入っていない』なんて、言い方はしていなくても『異なる存在だ』って事は意識している訳で。


そんな存在が『自分たちと同じ学生だ』なんて思い難いんだろうなって考えてしまった。


あの時の私は、拒絶されるのも、気を使われるのも、嫌だった。


私は皆と大差ない存在だって感覚だったのに、皆が私を違う存在だって思っている。


そんな状況が嫌だった。


怖がられたり、不安がられたり、避けられたり、したけど、それでも気遣ってくれた同級生は居た。


それは嬉しかったけど。


私は気遣われている事に距離感を感じた。


腫れ物に触れる距離感。


気に入らなかった。


気に入らなかったけど、それは当然の事で。


私は吸血鬼だから。


常人より優れた身体能力を持っているから。


恐れられて当然だから。


私は嫌になった。


学校に行くのが、人と会うのが。


『お母様を私の手で殺したい』そうお父様にお願いしたのは、それも一因なのかも知れないって思う。


あの時の私は過去最高に不安定だったと思う。


成るなんて思ってなかった吸血鬼になって。


吸血鬼だって実感がない状況で、皆が私を吸血鬼として扱うんだから。


でも、可鈴は私を花子として扱ってくれた。


そんな可鈴は、成長しなければ老化もしない私と、友達で居続けてくれている。


とっても良い子だ。


願わくば、最後まで友達でいたい。


そう思う。


……。


昔、可鈴かりんの息子、勘介かんすけから『付き合ってください』って告白された事がある。


それは私が吸血鬼になった年齢と同じぐらいの時。


見た目だけなら同年代。


当時の私は、勘介の告白を断った。


『ごめんなさい』って。


理由を問われた私は『私が吸血鬼だから』って言ってしまった。


それが正しいと思っていたから。


でも、後で可鈴から追及された時。


私はその答えが間違ってたと思わされた。


『吸血鬼を理由に勘介の告白を断らないで』そうお願いされて、私は気付けた。


私は吸血鬼に囚われている、って。


勘介は幼い事から私が吸血鬼だって知っていた。


妊娠していた時も私との交流を絶やさなかった可鈴は、産まれてからも勘介を連れて、私の住まいに来ていたから。


――。


『吸血鬼だから』って清水きよみず家へ行き難かった私に『妊婦を歩かせるつもり?』って理由を作ってまで可鈴は、私との交流を続けてくれた。


可鈴は私を大切にしてくれている。


吸血鬼を理由に私を、拒絶しない、愚弄しない、恐れない。


そんな可鈴に育てられた勘介も、私が吸血鬼だからって理由で、避けたりしない。


だから、私は、私として、勘介に向き合うべきだったのに、私は吸血鬼を理由に拒絶した。


可鈴から責められて当然だ。


私は勘介に向き合おうと思った。


思って、考えた。


私は勘介をどう見ているのか。


恋しているのか。


私が出した結論は、友達の息子、だった。


清水家へ行き、勘介に私の気持ちを伝えた。


吸血鬼を理由にしないで。


そしたら、勘介から言われた。


『考えてくれてありがとう』って。


当然の事なのに。


勘介が感謝する事じゃないのに。


それなのに勘介は感謝してくれた。


違和感に苛まれてモヤモヤしていた私は、可鈴から言われた。


『向き合ってくれて、ありがとう。でも、ふって良かったの? 初めて、恋人が出来るチャンスだったのに』って。


確かに、吸血鬼に囚われている私が、お付き合いできる最後のチャンスだったのかもしれない。


けど、私は、恋人が欲しいからって、理由だけで、お付き合いしたくないから。


それが、私の恋愛観だから。


……。


鬼は先天的に生まれず、後天的に成る。


それは国民の常識だけど。


国民が必ずしも常識を持っているとは限らない。


持つべき価値観と持っている価値観は必ずしも一致しないから。


……。


私がもし、誰かと結ばれ、子供を生んだ時、私は後悔すると思う。


だから、私は子供を生む気は無かった。


でも、可鈴から幼い勘介を自慢されて『花子は居ないの? 良い人』って言われた時、私は『いる訳ない』って答えた。


鬼の子供は苦労するからって思っていたから。


鬼の子供だからって鬼じゃない。


鬼は後天的に成る、存在だから。


それは皆、知っている。


だって常識だから。


常識だから知っているけど、そう思っている訳じゃない。


でも『本当に?』って思っている人はいると思う。


だから、差別する人だっていると思う。


その考えは、数十年経った今も変わらない。


でも、苦労するから、差別されるから、不幸だとは限らない。


今はそう考えることが出来る。


それは、私が幸せを認識したから。


不幸が幸せを教えてくれたから。


だから後悔している。


今の私は、多分、子供を産めない。


年齢を重ねると、子供は産まれにくくなる。


吸血鬼は老化しない。


老化はしないけど、子供は産まれにくくなる。


私より長生きな吸血鬼で、夜の営みを好んでいる女性が居る。


その人は避妊していないらしい。


彼女は『する必要が無い』って言っていた。


長く生きた吸血鬼にとって、その行為は子供を産むためじゃなくて、楽しむだけにあるらしい。


私は子供を産む経験をしていない。


だから、私は知らない。


子供を産む幸せを、子供を産む苦痛を、子供が居る幸せを。


知りたいって、知っていたらって、思う事がある。


もう遅い事だけど。


でも、まだ、恋は諦めていない。


一度は諦めたけど、可鈴が、勘介が、教えてくれた。


私も恋をして良いって。


だから、私は、何時か、恋をして、愛を育みたいって思う。


相手が居れば、だけど。


【終わり?】

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