吸血鬼の本懐

私は彼女から教わった。


『愛しているからこそ、悪鬼あっきは嫌われたがる』と。


最初は信じられなかった。


お母様を悪鬼に変えた彼女がお父様を愛しているなんて。


復讐だと思っていた。


思っていたけど、悪鬼になったお母様から悪意を向けられた時、思ってしまった。


『私は愛されているのかな』と。


私を甘やかすお父様と違って、お母様は厳しかった。


常に、多くを、高みを、求められた。


何度も『嫌だ』と言った私をお母様は叱った。


他者を、他家を引き合いに出して反抗した私を『母親だから』と封殺したお母様。


お母様は私に愛情を抱いていない。


そう思っていた。


でも、期待していた。


私は娘だから、愛されているって。


だから、私は、お母様の悪意が、彼女の教えが間違いだと思えなくなってしまった。


私は、悪鬼の悪意は愛情なんだって実感してしまった。


お母様から『嫌って』『憎んで』って言われた時に。


彼女の教えを信じた私は、友達を巻き込んでしまった。


その教えを信じなければ。


悪鬼になったお母様の害意を素直に受け止めていたら。


お母様は友達を巻き込まなかったのかも知れない。


それは、もしも、の話。


過去の後悔。


半世紀も過ぎた今、考えるだけ無駄な事、なのかもしれない。


でも、私は考えてしまう。


未だに、私は、彼女の教えを嘘だと思い切れない。


『本当』とも言えない。


何方も証拠が無い。


答えを知り得る悪鬼、その言葉は信用できないから。


……。


彼女がお母様を悪鬼あっきにしたのも、私に悪鬼が抱く悪意の出どころを教えたのも、多分、お父様から嫌われる為、何だと思う。


お母様の悪意を愛情と捉えて苦しむ私を見て、お父様が彼女を嫌う。


多分、そう考えたんだと思う。


でも、彼女の望みは叶わなかった。


お父様は彼女を憎めなかった、嫌えなかった。


それは彼女が生き続けている理由、だと思う。


お父様から嫌われていないから、彼女は死ねないんだと思う。


彼女は不幸だと思う。


望んで悪鬼になる。


その様な話は聞いた事が無い。


もしかしたら居るのかもしれないけど。


その様な思いを抱く人は居ない、って私はそう思う。


思うから、彼女は望まず、悪鬼になった、と仮定する。


その仮定は、残酷な現実を突きつける。


悪鬼の悪意が愛情だって信じているお父様は、彼女を嫌えないし、憎めない。


私に教えられるって事は彼女は気付いていると思う。


彼女の願いは永遠に叶わない。


叶わないって気付いているのか、彼女は、もう、お父様を傷つけない


私の事も傷つけない。


だって、彼女はお父様を愛しているから。


殺したい訳じゃない。


苦しめたい訳じゃない。


だから。


ただ、ただ、お父様や私を揶揄うだけ。


自ら、嫌われる事を、憎まれる事を、諦めながらも『お父様の気が変わって嫌ってくれるかもしれない』そんな可能性を捨てきれない。


そんな彼女はとても可哀そうだ。


『可哀そう』そう言えるほど、私は大人じゃない。


この共感や同情は、本能に逆らえない、そんな自分と重ねているのかな。


鬼狩りの倫理と死を恐れる気持ちの狭間で悩んでいる私は『違うけど同じ様な事なのかな』と思ってしまう。


そんな気がする。


ただ、それだけの事、なのかな。


……。


吸血鬼きゅうけつき、それは不死者ふししゃ


一度死んで、蘇った者。


そんな私の悩みは生に囚われている事だ。


悪鬼あっきは悪意に囚われ、餓鬼がきは飢えに囚われ、吸血鬼は生死に囚われている』


それは鬼が身近にいる現代で広く知られた言葉。


生きる事に囚われている。


『そんな事、他の人間も同じじゃないか』って言う人も居るけど、明確な違いがある、と私は思っている。


人には生きる目的がある。


私はそう思っている。


子供を守るために命を懸ける母親。


人々から注目される為に命を懸けた芸人。


国を守るために命を懸ける軍人。


愛する人から嫌われる為に命を懸ける悪鬼。


飢えを満たす為に命を懸ける餓鬼。


悪鬼や餓鬼を人と言って良いのか、微妙だけど。


様々な目的で人は生きている。


じゃあ、吸血鬼は?


吸血鬼は何のために生きているの?


私の問いは、私は答えた。


吸血鬼として、何度も、悪鬼や餓鬼、そして吸血鬼と対峙した。


その中で致命傷を負った事は少なくない。


皮膚や肉が裂け、血が流れ、死を予感した。


そんな時、決まって、人間の血を欲した。


それは欲望。


本能とも思える強い衝動。


私は、誰かの為に、何かの為に、死んでも良いって思えない。


それは私がだから?


それとも、だから?


……。


吸血鬼きゅうけつきは人間の血を吸う事で生命力を高めるらしい。


実際、主から血を吸った後は、身体が楽になる。


逆に吸わない期間が続くと、怠くなる。


怠くても、そこら辺に居る人から吸血しないのは、この社会で暮らす為に必要な我慢だから。


『人間社会から迫害されても良い』って思ってたら、血契約ちのけいやくなんて結ばない。


その枷を自らはめるのは私が生きる為だ。


国と敵対するより、隷属する方が生きやすい。


ただそれだけの事。


やっぱり私は、生きる為に生きている、吸血鬼なんだと思う。


そんな自分を嫌いに成り切れない。


そんな自分は良くないと思う、けど、治せない、治らない、きっと、多分。


【終わり?】

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