第13話 おめでとう
時は進み。
冴えないリーマン銀行さんの愚痴を聞いた。パチンコ好きの中年の悩みを聞いた。カラオケでいじめられた中学生や売れない地下アイドルと触れ合い、彼女らの胸中を聞いた。みんな思うことはバラバラでも根幹は同じように“人間関係”の悩みだった。銀行さんはパワハラ、中年は孤独、中学生はいじめ、アイドルはグループ内の不和。みんな違ってみんな善い、というけれど、今回の場合、みんな違ってみんな似ているだった。
人間関係の悩み。それさえ防げれば。
ふっと、自分の家に帰った理人は思う。なぜ引きこもりはいけないのか?
引きこもりになれば人間関係の悩みが九割型なくなる。誰とも会わず、自分の好きなことをして生きていれば人生最高ではないか? 悪魔は言った。引きこもりに最適の地球に変えてみせる、と。しかし、地球を滅ぼすのは間違いではないか。理人は思った。引きこもりこそ最高の天国。
瞬間、脳内に衝撃が走る。
銀行さんも中年も中学生もアイドルも、仕事や学校をやめても人間関係の悩みは付きまとう。ならばいっそうのこと引きこもればいいのではないか。自分だけの世界。マイワールドを確立すれば、パワハラも孤独もいじめも不和も全部なくなる。
全部、なくなる?
「おめでとう」
脳内で誰かが呟いた。
それは銀行さんかもしれないし、中年かもしれない。中学生かもしれないし、アイドルだったかもしれない。四人が拍手したのだ。
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
――コングラッチュレーション!
幸せとは、誰かに復讐したり滅ぼしたりすることではない。当たり前の日常を続けていく事なのだ。深海理人は引きこもり生活こそが自分のあるべき姿だと悟った。
「俺は、一生引きこもりながら生活しよう。外出は運動と買い物だけ。在宅で遊びながら稼ぎ、遊びながら余生を暮らすんだ」
悪魔の力なんか借りなくていい。理人は望んだ生活を手に入れていた。今は親の仕送りに頼る生活かもしれない。けれども将来的に自分で生活できるよう自立しよう。ネオニートなる最強の称号を手に入れ、自宅で社会貢献するのだ。
働かなくていい。一生遊んで暮らせばいい。
理人が出した結論だった。
働かなくても生きていける。引きこもりながら、世界中の人とコンタクトするのだ。
「おめでとう、もう一人の俺」
脳内で悪魔に魂を売った理人が拍手した。
「ありがとう、もう一人の僕」
弱い、けれども、今は強くなった、元引きこもりの理人がお礼した。
悪魔は必要ない。今の生活が一番幸せなのだ。そう気づけた。
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