第12話 カラオケ

 適当にカラオケに入り、女子三人で歌ってもらうことにした。男がいると恥ずかしくて歌えないという中学生への配慮だ。もっとも理人はお金を十分に持ち合わせていなかったので、急の埋め合わせをした。


 カラオケの外に出て、冴えないリーマンにラインを送る。今は仕事を辞めたので、普通の男性だ。みんなから銀行と言われている。


――お金貸して。


 ラインの返事は二つ。OK。


 元冴えないサラリーマンの能力は、銀行そのもの。無限にお金を生み出すことができる。善の会チャネラー軍団の全員を養っていけるほどの力を持っている。だから、みんな学校やら会社やらをやめたのだ。


 ラインに送金してもらおうと思っていると、意外と近い場所にいたので直接会うことになった。カフェで落ち合う。善の能力者のお金はすべて元冴えないサラリーマンが養っている。今では銀行さんというあだ名まである。だから理人も彼を銀行さんと呼ぶことにした。


 カフェで待つこと10分。銀行さんが姿をあらわす。


「日葵様と遊びに行かれたって聞いたんですけど、いいんすか?」


「初対面だし。適当に女子三人でやってもらってる」


 オフ会の時は、まさか自分が日葵側につくとは思わなかったので、中学生ともアイドルとも密な会話をしていない。ほど初対面だ。


「日葵様合わせて10代みんなでカラオケなんて青春ですねー」


「そうでもない」


 最初は彼女をつくるためにナンパをした理人だったが、日葵の助け舟で案外すんなり遊びに出掛けられたので、理人は白けてしまった。何事も簡単すぎるとつまらない。今まで女子に足して奥手でいたのがウソのようだ。今なら10人でも20人でも彼女をつくることができそうだ。


「セックスもすぐに飽きてしまうのだろうか?」


「どうでしょうね。私の場合、オナニーのほうが100倍気持ちがいいですけど」


 銀行さんは妻と結婚していて、疎遠らしい。10代の遊び盛りを羨んだ。


「はい、とりあえず10万円渡しておきます。私が本気でお金を刷れば市場に大量に偽札が出回り、よくないことが起きるのでこれ以上は勘弁してください」


 能力による偽札を国は規制できない。本物と瓜二つの札を取り締まる法は存在しない。


「いえ、十分だ。ありがとう」


 と、言って理人が立ち上がろうとすると銀行さんは待ったをかけた。もう少しお喋りしたいらしい。


 理人は二杯目のコーヒーを注文した。


「私は能力者になる前に冴えないサラリーマンをしていました。その時の上司が厳しい人で、新人を潰す叱り方をしてきました」


「それはお気の毒」


「はい、ですから日葵様には感謝しています」


 彼は無限にお金を製造できる銀行だ。上司のパワハラに悩むことはもうない。


 銀行さんの話によれば、パワハラ上司はコーチングを応用した、ダブルバインドの怒り方をしたらしい。銀行さんが仕事にミスすると、「真面目にやっているのか!」と怒鳴り、銀行さんが、はい真面目にしています、と答えると、「では、なぜ真面目にやっているのに仕事ができないんだ!」と追撃をかけた。逆に銀行さんが、いいえ手を抜いていましたもっと頑張れます、と答えると、「真面目に仕事をしないやつは辞めてしまえ!」と猛烈に怒った。つまり銀行さんが「はい」と答えても「いいえ」と答えても、どっちも上司がきつくパワハラできるような環境――ダブルバインド――に置かれた、という。


 銀行さんが甲を選んでも乙を選んでも、どっちを選ぼうとも上司に怒られた。甲乙の逃げ場なかった銀行さんは自己肯定感が低くなり、どんどん冴えないサラリーマンになってしまった。


 パワハラのやり方は洗脳に似ている。何を選んでも怒鳴り、思考停止状態にして、奴隷のように働かせるのだ。なまじ心理学の知識のあった上司は、飴と鞭を使いパワハラを増長させていった。


 人間は変わらない。小学生みたいな大人は、ずっと小学生のままなのだ。


 何にでも興味を持ち、多動的な小学生は素敵だが、なまじ知識を持ち合わせた新人潰しのパワハラ小学生は素敵じゃない。人間が会社を辞めることを正義と勘違いし、人を攻撃することに内心、愉悦を感じている。


 こんな人間はどこにでもいる。会社ガチャ、同僚ガチャ、上司ガチャ、得意先ガチャ、ガチャを引き続けるしか優良のレアを選ぶことはできない。その点、超能力者になれたことを銀行さんは喜んだ。


「この能力があれば一生みんなを幸せにできる。国はベーシックインカムを渋っているが私はずっとベーシックインカムし続ける。不要な労働、パワハラを無くすんだ」


 お金を配り続けることで銀行さんの野望は達成される。確かに、労働の撲滅は地球を壊すのに一役買う。


 愚痴を聞き終わった理人は、銀行さんに約束する。


「大丈夫、俺が社会をぶっ壊す」

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