第9話 悪

 と、あれこれ言葉を並べたが、言いたかったことは一つ。


 つぶされたのだ。


 理人は野球を通してかけがいのない経験を得たと同時に、心身にダメージを負った。もし、彼の教訓を生かせるのであれば、学生や社会人の方に言いたい。


 潰される前に辞めろ。逃げろ。避難しろ。


 コミュニティにおいて潰されるのは避けるべき。理人は潰された後に、嫌々ながら実感した。組織が個を排除しようと動くとき、限られる手はほとんど何もない。郷に入りては郷に従え、とも言うし。可能な限り、潰される前に最悪の事態は避けるべきだ。


 オフ会において理人は異物だった。みんなが地球への復讐を熱く語る。まるで社会に嫌がらせする未来が明るいように、それぞれが犯罪行為に手を染めようとする。善を得たことで心が大きくなっている。これはかなりまずい。しかし、理人一人で八人の暴走を止めるすべはなかった。反対意見を出せば潰される。正攻法を唱える高校生を受け入れるオフ会メンバーは誰もいなかった。


 大人は酒を飲み、大人同士で語り、未成年は未成年でジュースを片手に語り合うようになった時間帯。理人は日葵から呼び出しをくらった。


 もうどうすることもできない絶望を抱えていた理人は、作戦会議なる日葵の提案に乗る。これで彼女もことの異常性を言及してくれるだろうと期待したのだが、ことごとく裏切られる。


 店を出て、近くにある公園でブランコに乗りながら、横同士で話し合う。


「ねえ、すごいでしょう。みんな地球を壊したがっている」


「どういう意味だ?」


「理人には言ってなくてごめんなさい。実は、“悪”はすでに顕現している。そして、私、海上日葵こそが“悪”の主人格。地球滅亡はすでに作戦を開始している」


「なるほど。お前が地球を滅ぼすのではなく、善が地球を滅ぼすのか」


 妙に納得した。“悪”を倒すために生まれた善なる超能力者。地球が選抜した彼らが実はトロイの木馬の役目を果たし、逆に地球を滅ぼすのだ。至極当然、彼らは社会に虐げられてきた代表者。地球に強い恨みを抱いている。


「裏切ってごめんなさい。すでに“悪”は実行していたの。白い猫に会ったのも偶然ではない。一人では何もできない善たちに集まってもらって目的を共有してもらうのに必要だった。地球を滅ぼす。今後、彼らはどんどん増え、増長した能力で現代の人を駆逐する」


 地球が選抜した自殺志願者を“悪”は利用し、逆に彼らを使って地球を破壊する。たぶん、可能だろう。オフ会の内容は10人ぽっちだったけれども、それが1000人一万人と増えていく。すべては強大な力を持ちながら社会に反旗を翻す。


 理人は真面目に考える。


「“悪”、俺はどうすればいい? 能力でお前を消せばいいのか?」


「できるの? 心に傷を抱えた者たちが輝く未来が来る。引きこもりには最高の地球を再構築するのよ」


 性欲に負けて“悪”を倒すこともできる。しかし、理人の腰は動かず、ただぼんやりとブランコを漕ぐ音だけが公園に響いた。

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