第6話 夢
夢を見た。昔の夢。
当時、引きこもりになる前、うつ病だと気づかなかった時。
理人は本を読んでいた。好きな本。ウェルズのタイムマシン。
SFに影響を受け、こじれていった彼。
当時、高校の過激な競争にかられ、強迫観念に捕らわれていた。
勉強すること。部活すること。一番を目指す至上主義についていけず、理人は登校と不登校を繰り返す毎日を送っていた。
ある日、ウェルズのタイムマシンをパラパラめくると文字が読めなくなった。?である。読書家の気どる青年が文字が読めなくなったのだ。学校に行かず、好きな読書を満喫していただけにショックだった。
すぐ病院に行った。うつ病と診断された。理人は泣いた。親は優しく慰めてくれたが、理人はえんえんと泣いた。だって悔しかった。以降、SFを読まなくなった。親はゆっくり休みなさい、と言ってくれた。もし、タイムマシーンがあれば、理人は、中学生に戻りたい。高校に入ったことを絶望し、悔いた。
あれからどれくらい経っただろうか。引きこもり、薬を飲み、自己啓発に没頭している。ビジネス書、スピリチュアル、お金の本、たちは面白い。SFやミステリーは脳が疲れる。ラノベのように頭を空っぽになって読める本もたまに読む。
理人の脳は難しいことを受け付けなくなった。高校の成績が一気に落ちた。でも、これでよかったと思っている。
人生に純文学、ミステリ、SFは必要ない。自分が元気になる自己啓発書関連の本を読めさえすればいい。好きな本を読み、アニメを見、映画を楽しむと病気が和らいだ。昔はアニメも映画も見る気力がなかった。うつ病は本当に怖い病気だ。食事をしても味がせず、砂を食べている感覚に陥る。外を歩いても車に飛び込みそうになり、電車が来ると黄色い線を越えてしまいそうになる。
――死ぬのかな、俺?
昔の理人は絶望していた。部活も勉強もできず、ただ単に体重が増えていく。
飼われた豚は不幸だ。満足な豚よりも不満足なソクラテスになりたい。
理人は、家族に、一人暮らしと本とを頼み、自分の世界に引きこもった。
もういい、もういいや、死ぬよりも自己啓発していたほうが100倍マシだ、と理人は自分の世界を作った。
なのに、彼女は平気で防衛線を超えてくる。
「おはようございます、理人さま。朝ごはんの用意はできていますよ」
「んん、なんでお前がいるの?」
海上日葵。“悪”を宿した少女。
「昨日のうちに合鍵を盗んでおきました」
「泥棒と家宅侵入で出てけ犯罪者」
「ふえ~ん」
泣きっ面の日葵。
そういえば、と思う。理人は昨日、久しぶりに外に出た。不思議と。死にたいとは思わなかった。
部活や勉強に愛想をつかした理人。自分の分身のような存在、ヘッセの車輪の下の主人公だと最後、死ぬ。でも理人は死んでいない。自己啓発のおかげだ。好きな本というのはそれだけ偉大だった。加えて、日葵という少女は、自己啓発そのものを象徴としている、カンフル剤となった。
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