第2話 どうやら、絡まれているようです。

 今日の授業全工程が終わり、ただ一人で帰路についていると、人だかりに遭遇した。もし獅郎がいたら、あいつがおもしろがって中心地に突入するんだが、今日はいないため通り過ぎていく。


 「やーね。あんな人数で女の子を囲って……」


 「誰か行ってやれよ」


 人だかりを通り抜けていると、そんな無責任な言葉が飛び交っていた。

 俺の視線が自然と、人混みの間から見える光景に吸い込まれていった。


 「なにやってんだ……」


 ただぽつりとこぼれた。

 ここから数メートル先、俺と同じ制服に身を包んだ少女を他の高校の男子生徒数人が囲むようにたむろっていた。

 その女子生徒が、三本音花蓮なんだが。

 そもそも、何で絡まれてる?

 いくら優しすぎる聖女様でも、関わって良い人間とそうでない人間を見分けることはできるはず。


 「……」


 他人なら無視できるが、クラスメイトをほっとくのはな。


 「ちょっとすみません。どいてください」


 俺は人垣を分けて、花蓮の元に歩を進めた。

 聖女様は明らかに困惑しており、男どもは下心丸出しで、同族嫌悪を覚えずにはいられない。

 一つの影が近づいたことに気づいた花蓮は、瞳を安堵の色に変えた。


 「どうしたんだ?困ってるみたいだけど」


 俺はわざと『すごく』を強調して、男子生徒が退くように示唆する。

 だが、こんなことで退散してくれる聞きわけのよい輩ではないわけで。


 「奏太くん。あの、助けてください」


 「あーん。ひどいな~。俺たちはナンパしてるわけじゃないんだぜ?俺たちはお礼をしようかと思ってるんだ」


 「お礼、ね?」


 「そうだ。だから部外者はひっこんでろよ」


 強めに肩をどつかれ、俺は後ろに傾いた。

 そのうえ花蓮を俺から隠すように囲み始めた。

 こんな態度じゃ話すら聞いてもらえそうにない。強引に行こう。もし喧嘩沙汰になったらその時は……。


 「それは無理だ。本人も嫌がってんだから、諦めろよ」


 「君もしつこいな。僕らは彼女に興味があって、君には興味なんてないの。ささ、行った行った」


 こいつら、完全にバカにしてやがる。


 「それで、君の名前なんて言うの?教えてよ!」


 「あ、あの。私は……」


 花蓮は完全に目を回している。

 このままでは彼女の負担も大きいだろう。


 「そうか。お前らがその態度なら、俺も勝手にさせてもらう」


 獅郎との日常の中で培った力が、ここで発揮される時がきた。

 無理やり男子生徒の肩をどかし、花蓮の手を掴んだ。


 「何すんだよ!」


 「俺はお前らに興味がなくて、彼女に興味があるから。


 俺が嘲るように笑ってやると、余程自分の真似をされたのがムカついたのか、花蓮に執拗に話しかけていた男が歯がみをして激昂した。


 「んだてめぇ。舐めてんのか!」


 「舐めてる?そんなつもりないな。お前らの言い分が通るなら、俺のも通らないと辻褄が合わないだろ?」


 俺が挑発すると、男は胸ぐらを掴んできた。相手は俺より一回り大きいため、体が少し傾く形になった。


 「痛い目みねぇとわかんねぇのか?」


 「そんなことしていいのか?お前ら名門校と名高い、王将おうしょう高校の生徒だろ?ここで問題を起こしたら、後が面倒なんじゃないのか」


 俺は男子生徒の制服のエンブレムを、視線で指し示すと、男は悩んだ様子を見せたがすぐに不敵に笑った。


 「残念だったな。王将高校は名門なだけあって実力で物事が計られてんだ。俺たちはサッカーで成績をあげてるから、このぐらいの騒ぎじゃなんともねぇよ」


 「なら殴れよ。…だけどもう少し考えた方がいい。単体で集団を相手すると思うか?」


 「なに?」


 胸ぐらを掴まれながらも、今度は俺がニタリと笑ってやると、男は少し目をすぼめた。

 俺は男たちからは死角になっている、横の通りに声を張り上げた。


 「お巡りさん。こっちです!」


 男子生徒たちは少し動揺を見せた。

 警察沙汰は彼らにとっても不本意なようではあるみたいだ。

 胸ぐらを掴む男が、仲間に視線で『見てこい』と様子を促す。

 返ってきた答えは、首を横に振る否定だった。

 普通はここで逃げるべきでは。


 「はったりか。おい、本物が来る前にその子を連れて行け」


 「彼女に気安く触んなよ」


 俺は手下二人を睨むが、目の前の男が顔を近づけてきた。


 「彼女、彼女って。本当はこの子のこと全然知らないんだろ。ヒーロー気取りで出しゃばってきたんだろ?いいぜ。ここで土下座したら今回は見逃してやる」


 「バカかお前。さっき彼女は俺の名前を呼んだろ。それに名前を伏せてるのは、お前らに名前を知られないためだよ。もっと頭使えよ。名門校」


 俺の行為は、火に油を注ぐ行為。

 花蓮に至っては、『何をしているの?』と言わんばかりに、目を見張っている。

 だけど俺の本当の策は時間稼ぎ。


 「そこまでだ。君たち」


 男の背後から、警察官が腕を伸ばし制止の声を上げた。

 この警察官は、人だかりの誰かが通報して、来たのだろう。

 男子生徒の背後の遠くからこちらに向かってきているのが見えたため、時間稼ぎの体制に入ったのだが、本当はさっきの嘘で上手く撒くつもりだった。


 「君たち、ちょっと来てもらうよ」


 「いや、僕たちは何もしてませんよ?お話をしてただけです。な?」


 さっきまで俺の胸ぐらを掴んでたくせに、よくもそんな嘘がつける。

 そこでふと、面白いことを思いついた。


 「何言ってんだ?女の子を拉致ろうとしたうえに、俺のことを恐喝しただろ?立派な犯罪だな」


 「ちょ、お前……!」


 「誘拐及び恐喝。君たち、署まで来てもらおうか」


 警察官は王将の男子生徒を捕まえると、来た道を戻って行った。

 署と言っても交番だろう。


 「実力で計られるんだろ?頑張れよ」


 「クソが!憶えてろ‼︎」


 これで一件落着。すっきりした。

 俺は、未だ唖然としている花蓮に近寄った。


 「大丈夫だった?」


 俺の言葉に正気を取り戻した花蓮は、瞳に涙の膜を張り、


 「うぅ……怖かった、怖かったよ。奏太くん…」


 と、抱きついてきた。


 「ありがとう…本当にありがとう」


 「あ、ああ。無事なら良かった」


 俺は苦笑して、平静を装おうするが。

 無理だ。

 流石にドキドキしてしまう。

 ……


 「えっと、人がいるからそろそろ」


 「はい、そうですね。落ち着きました」


 俺も俺で落ち着きを保とうと、シャツを動かしながら体内の空気を逃がし循環させる。

 そこで花蓮を一瞥しながら、さりげなく尋ねる。


 「家はここから近いのか?」


 「遠くはないですけど…私の家にお邪魔したいのですか?」


 ……ん?

 語弊が生まれてないか?


 「いや。そういう意味じゃなくて、途中まで送るよ。また変な奴に構われたら仕方ないだろ?」


 「た、確かにそうですね。では、お願いしてもいいですか?」


 その返答に首を縦に動かし肯定した。

 

 「わ、わたし、何言ってんだろ……」


 「何か言ったか?」


 「いえ、何でもありません……!」


 動き出しても歩き出さないため声をかけたのだが、花蓮は顔を赤くしながら駆け寄ってきた。


 「顔赤いけど大丈夫か?まだ体調が優れないのなら、もう少し休むが」


 「だ、大丈夫ですよ!?なので行きましょう!」


 花蓮の顔を確認するため近づいたら、避けられてしまった。

 不用意すぎただろうか。


 「……」


 「……」


 しばしの沈黙が流れる。

 と、あることに気づく。

 花蓮と並行して歩いていたのだが、妙に近い。


 「近くない?」

 

 「全然ですよ?むしろ普通です」


 とは言うけど、肩が時々当たってる。


 「私を守ってくださいね?」


 満面の笑顔でそんな事を言ってのける。

 その表情は息を詰まらせるほどに綺麗で、思わず頭を撫でてやりたくなるようなパワーを秘めている。

 立てば芍薬しゃくやく座れば牡丹ぼたん歩く姿は百合ゆりの花とは、花蓮のためにあるのでは?そう思わずにはいられない。

 だから人も多く寄ってくるのだろう。


 「毎回あんな感じに絡まれるのか?」


 「毎回ではありませんけど、絡まれることは多々あります……あ、こっちです」


 通りを右に曲がる。駅に向かっているのかな。ならちょうどいい。


 「多いのか。なら、今回もかわすことは出来たんじゃないか?」


 「いつもなら、予定がありますとか。しつこいと、警察を呼ぶとかで上手く避けていたのですが。今回は状況が違かったので」


 「確か、お礼とか言ってたな。あれと関係が?」


 『はい』と困ったように花蓮は頷いた。


 「あの時、王将高校の生徒さんたちがけがをしていたようなので絆創膏をあげたんです。そしたら、必要以上にお礼したいと迫られまして。だから、奏太くんが来たときはうれしかったです」


 だからお礼か。

 だけど本当に、聖女様は。


 「三本音さんは人が良過ぎるよ。普通は赤の他人が軽いけがをしてても、助けようとは考えない」


 「そうですか?でもそうですね、今回の件を考えてもう少し自重します」


 「そのほうがいいさ」


 駅が見えてきた。


 「家はこの近くなのか?」


 「はい。駅の裏手側のほうです」


 「なら、駅でお別れだな。俺も電車通だから、そろそろ行かないといけない」


 「わかりました。それじゃ、もう少しお話ししましょう」


 微笑を湛え、男ならドキッとするような台詞を言う花蓮。

 俺は緊張を誤魔化すように頬を書いた。


 「……実はですね。昔は、ここまで人を助けようとはしなかったんです。でも変わろうと思うような出来事があって」


 「へえ。どんなことなんだ?」


 花蓮は俺を見詰めると、小悪魔のような笑顔を向けた。


 「教えません。内緒です!」


 「そんな…いじわるだな。ここまで話したんだから教えてくれよ」


 「いやで~す」


 「なら、人助けだと思って」


 「ついさっき、人が良過ぎるのはよくないって。言ったばかりじゃないですか。なので自重します」


 「それはそうだけど…そこをなんとか!」


 「もう駅ですよ?電車きちゃいますよ?」


 「あっ……!」


 よほど教えたくないのか小走りで駅のほうへ花蓮は向かって行った。

 そしたら、こちらを仰いだ。


 「それと、私のことは呼び捨てでいいですよ。苗字だと長くて呼びづらくないですか?」


 俺はその場で立ち止まった。


 「なら、俺のことも呼び捨てでいいよ。可能な限りでもいいし」


 俺が微笑むと、聖女もまたその呼び名に相応しく、でもどこかいじらしくてでたくなるような笑顔を作った。


 「わかりました。それじゃ、バイバイ。奏太……!」


 


 


 


 

 




 


 

 


 


 

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