どこぞのドアと澄香とすみか 〜妹と同じくらい好きな彼女が出来たら神と喧嘩する羽目になったのは一体どういう了見だ〜
#2 Life is strange 〜そりゃ人生は不思議だがお前に言われたくなかった
#2 Life is strange 〜そりゃ人生は不思議だがお前に言われたくなかった
「うふふふ、やっぱりお前、『エクスペリエンスト』【経験者】だったのね」
この、顔も服も派手な女の子は一体何を言ってるんだ?昨日から自分の身には不思議なことばかり起きているが、たぶん極め付けの謎はこの娘だ。貴明は驚き、狼狽しつつ、バタバタと無駄に余裕を装う。だが悲しいかな、それがむしろ浅はかな雰囲気を増大させている。
「お、おいっ!大人にお前とはこれいかに⁉︎」
「えええ、そこ?呼び方?てか言うほど大人じゃないでしょあんた。まあいいわ。今時間ある?」
「一切ねーな。これから学校だよ」
「まあまあ、どうせ2日も休んでるんだし、無理に登校しなくてもさ。ちょっと付き合うくらいいいじゃない」
2日?2日も眠り続けていたのかと、今さらながらゲンナリする貴明。さらにこの娘がなぜそれを知ってるのかという謎も気がかりで、とりあえず駅で話を聞くことにした。気が進まないまま2人で並んで歩く。だがその道すがら、この美しい女の子は背筋も凍るほどの悪趣味な冗談?を炸裂させやがった。
「あー助けてー/さらわれるー/さわられるー(棒読み)」
「おいっ!小声だからまだ我慢するが、お前がそれを絶叫したら俺の人生がどうなるか、わかってんのか?」
「えへへへ?まあまあ、美少女の可愛い悪戯心じゃない」
「冗談じゃねえ、朝から女子児童を伴ってる時点で、社会的にはもう黄色信号なんだよ!」
「大丈夫。今日だけはお父さんって呼ぶから気にしないで」
「いやふざけんなそこは兄貴だろ」
渋々ながらも2人で駅構内のロッテリアに入る。実のところすでに通学時間帯でもなかったようで、店員に少女を軽く一瞥されながらも、無難に一番奥の席に座れた。
「もう11時だったのか、どのみち登校って時間じゃないな。あれ以来時間の感覚がないんだよ。なんなのこれ?」
「最初はみんなそうだよ」
「お前、何か知ってるみたいだな。全部聞かせてもらうぞ」
いっただきまーすの掛け声で、それぞれ注文した品に手をつける。貴明は安定のLドッグ、女の子は期間限定の2つに分かれたハンバーガーだ。しみじみと珍しそうに目で楽しんでから、美味しそうに頬張る彼女。食べながら話を続ける。
「こえおいひい!ああほうだ、まず、わらひのなあへはでぃあん」
「奢りだからよけいに美味しいだろうけど、何一つまともに言えてねー。まずは飲み込んでから話せ」
「こりゃ失敬。この変なバーガーの美味しさについ感動してしまい。あ、私の名前は梨杏だよ」
「面倒くさいけどとりあえずやっとくか、みたいな自己紹介をどうもありがとう。初めまして梨杏。俺は…」
「知ってるよ。好きな女から罵られても、ピンヒールで踏まれても、嬉しさで内心ガッツポーズを決める変態でおなじみの剣崎貴明でしょ?」
「てめ、本当にどこまで知ってやがんだ。いやそんなん嬉しくねえけどね⁉︎」
「まあドMなのは今さらとして、お前が知りたいのはこないだのことでしょ?」
逐一イラッとくるが、こいつからは色々と聞き出さないといけない。ここは梨杏の天使のような美しさと、性格に合わない美声に免じて耐えることにしよう。
「あんなことが起きたのはね、あのドアを開けたからなんだよ」
瞬時に確信した。納得できないが確信した。確かにあのドアは尋常ならざる雰囲気だったし、開けた時のグラグラと倒れそうな感覚もまともじゃなかった。とはいえ、そんなものすぐに信じられるか。もう少しわかりやすい説明が欲しい。
「でもなあ、普通のドアに見えたけどな」
「ちっちっち、それが普通じゃないんだよね。あのドアはね、日常【オーディナリー・ワールド】と向こう側【アザーサイド】のゲートなんだよ」
梨杏は大袈裟に、顔の前で人差し指を振り子のように振りながら話す。どことなく古臭い。
「うん、なかなかイラッとくる態度だネ。そしてなんだ?その国民的キャットタイプロボのような謎設定は」
「設定って失礼ね。神が築きし異界のゲートなのよ」
神?神って言ったか今。とうとう俺も神様に認められて…次は壺か宝石、いや絵画かな?
「あのドアはね、うーん、そうね…貴様のごとき下賤の者にも分かりやすく言うと、実験とか研究のことなんだ」
「実験…そして今サラッと、俺の扱いが極度に下がったよな⁉︎」
「そこはまあいいじゃない。あとそうだ、別にいいかなーとも思うけど、やっぱり重要だからあえてここでブッ込みますけど。あなたね!私は神の使いですよ。故にもっと大事に扱いなさい。あー、つまりエンジェル?いや天使は可愛すぎるかなー、むしろ私のが天使よりは格上だしなー、まあどっちにしろ、私が超絶可愛いのは事実だけどお」
梨杏のひとり上手を、氷のような無表情でスルーする貴明。だが少女はここからが本題ですよといわんばかりの風情で、ぐぐぐっと体を乗り出す。小さなテーブルを挟み、2人は顔がくっつく距離に近づく。美しさを台無しにするほどケチャップでベッタベタの残念な口から、梨杏はまたも驚くべき言葉を放った。
「ねえねえ。もしさ、環境がいきなり少しだけ変わったらどうする?ううん、戸籍をいじって別人になるとか、ステンレス製の車で若い頃のママに会うとか、そこまで面倒くさい違いじゃないの。例えばそうだな…家族や親友は変わんないけど、ほんの数人の人間関係が少し違うだけなの。その程度なんだけど、人間はさ、果たしてどうなると思う…?」
吐き気がするほど明瞭な既視感。数日前、スタジオで聞いた声と言葉はこれだったのか。この女の子、本当に何者なんだ?
「待て、まったくわからん。なぜそんな実験を?なぜ俺?」
慌てる貴明。さらに、あの夜の体験を全部見られていたかもしれないと思うと、急速に恥ずかしさが増大する。
「神はときどき、見返りもないのに無駄に一所懸命に生きたり、報われないのに馬鹿みたいに人を愛したりする愚鈍な人間…まあ大半の人間がそうなんだけど、そういう人間を試すことがあるのよね。目的がイマイチわからないし、正直私も悪趣味とは思うけど、神が選んだ人間ってのがさあ、これまたいい仕事するんだわ実際。こないだのお前と紗英のも楽しく見物、いや視察させてもらって…」
「…悪魔だ」
「お?」
「黙って聞いてれば、人をなんだと思ってんだ。そんなん神じゃねえ悪魔だ。ならお前は使い魔かー!」
「本当に失敬な男だなー、バチが当たるよ?」
「バチなら、お前に会ったことも含めてもう当たりまくりだよ!これ以上ねえだろ。ふははは!」
ドア。オーディナリー・ワールド。アザーサイド。神。ゲート。この数十分で山盛りに出てきた不条理ワードをまとめながら、貴明は無理矢理にも落ち着くべく、残りの冷めたコーヒーを一気に流し込む。荒唐無稽な梨杏の話に、あえて前のめりになる。
「アザーサイドはねえ、人間の真の欲求を映し出す世界なんだよ」
「わかった。不思議な体験をしたのは確かだし、この際だから全乗っかりしてやるよ。いわゆるパラレルワールドとかドッペルゲンガーみたいなやつ?もう1人の俺がいるとか?」
「いやお前はお前、基本1人だね。ドアで行き来してるだけだから、アザーサイドに行ってる間はオーディナリー・ワールドにはいなくなる。基本的には自分視点だよ」
「なるほど、それでみんなは俺を探してたのか。納得…いや待ておかしいぞ?じゃあ紗英は?あんなに素直で俺に優しい紗英なんて、見たことなかったぞ」
「そこが、本人以外はほぼ同じだけど、少しだけ環境が変わる部分なの。私には仕組みはわかんない。本当にパラレルワールドなのかもしれないし、エクスペリエンストの脳内だけで起きることかもしれないの」
「それ。さっきから普通に言ってるけどさ、そもそもそのエクスペリエンストって何?ジミヘン以外で」
「経験者。ゲートを行き来できる資格を得た者のことさ。誰もがなれるわけじゃないのよ。あみだ…いえ厳正な審査を経たあなただけが…」
「んな資格いらんわ!で、それになる条件って?」
「わかんない。純粋とか一途とか、いわゆる『馬鹿』が条件というのはあるらしいけど、結局は神が選んじゃうからね。サイコ…いや厳正な審査で」
「人の人生をあみだくじやチンチロリンで…やっぱ絶対に神じゃねえよそいつ」
「ただね。悪用しようと思えば窃盗で殺人でも余裕で完全犯罪ができちゃうから、生まれながらの悪人にはこの力は与えないんだ。それも含めて、試されてるって思っていいよ」
この段になって、周囲からの視線が少々痛くなってきた。第三者的には、自分がいたいけな女の子を詰問してるように見えるのかもしれない。これはイカン空気であると感じ取った貴明は、
「ここじゃそろそろアレだし、とりあえず俺の部屋で話してくれないか?」
梨杏は待ってましたとばかりに悪い顔で、
「いやー/連れてかれるー/性奴隷ー(棒読み)」
「やめ、阿呆なのかー!それはさすがにヤバイっ」
隣の女性グループが、危険物を遠巻きに見るときの視線でこっちを見ている。聞くに堪えない内容らしきヒソヒソ声を背に、2人は足早に駅を出た。
貴明の部屋。一人暮らしの学生の部屋にしては、存外に小綺麗でさっぱりしている。というよりも、そう感じるのはそもそも楽器以外の家具があまりないからだ。壁はキーボードと、ラック入りのミキサーやエフェクター類、カセットMTR、無数のケーブルで埋め尽くされている。生活感の薄い、まったくもってふざけた部屋である。
「うわーオタク感満載。充満する宅録オタクスメル」
最近の貴明は部屋に帰ると意味もなく、最近買ったお気に入りのショルダーキーボードコントローラー・コルグRK-100を抱えている。この時も自然にそれを抱えて話し始めた。
「俺の部屋はいいんだ。まずはあのドアだよ。どこぞのドアを開けたくらいで異世界にぶっ飛ばされるというのなら、俺はこの先まともに暮らせねえじゃねえか」
「どこぞのってお前ね、神のゲートを青猫ロボのパチモンみたいに言うかね」
「俺はそんなの望んでないの。まあでも、初めのうちは楽しかったかな」
「そうでしょ。貴様のごときヘタレはもう一生体験できない、憧れの美女との一夜だよ」
「一貫して扱いが悪いままだが、まあいい。なぜかというと慣れてるからだ。でも、あの時は確かに少し楽しかったけど結局何もなかったし、戻っても紗英はあの通り冷たいままだろ。一体何がしたいんだよ」
「そうね。このバ、いやこの男にはどう言ったらわかるか…、そう、アザーサイドは基本的には寸止めなのよ。エクスペリエンストが本懐を遂げそうになったり、望みが叶いそうになると、ドアからこっちの世界に半強制送還しちゃうの」
「もはや俺の扱いには突っ込んでやらないが、なんだそのいろいろナメた設定は?」
風呂場の安っちいドアがそれか。てか寸止めの神様ってどういうつもりだ、ふざけすぎにも程があるだろう。
「いいかい。例えばあの時、お前と紗英がデキちゃったとするわな」
「エクセレントじゃねえか。何がいけないんだよ。普段はともかく、あんなに素直で可愛い紗英なら俺は何一つ文句ない」
「そうはいかないさ。アザーサイドは異世界なんだよ。都合がいいからって居続けたら、どうなると思う?」
「丸く収まる以外の想像がつかないけど…何か問題でも?」
「ばーーーーか。じゃあこう言えばわかるかな。こっちの世界にお前がいなくなったら?」
「あ…」
貴明は人嫌いの偏屈者だ。そうはいってもいきなり失踪すればタダでは済まない。両親をはじめ、透矢や学校の連中が心配しないはずはないだろう。
そして何よりも妹の澄香だ。自分が突然いなくなることで、澄香を悲しませることになったら?貴明はたぶん、決して自分自身を許さないだろうと直感した。
「なるほどな。俺なんかどうでもいいと思うこともたまにあるけどさ。実際に消えればそれなりに…」
「そう。そこに気づけるかどうかは大事だよ。人生は不思議だね。何事もない方がいいんだろうけど、それじゃ日常の価値に気づけないんだよね。うんうん」
貴明は少しだけ、身勝手な考えを恥じる。だがそれもつかの間…
「おいコラ。一瞬納得しかけたけどよ、なら最初から、どこぞのドアで中途半端な幸せを味わう意味はないんじゃねえか?グダグダでも日常が続けばいいじゃん」
「あれ?気づいちゃった?うはは、うははは」
「ごまかすなー!そもそもお前に人生語られてもな」
「まあそう言うな。事実あれがあったおかげで、周囲の大切さが少しはわかったでしょ?」
「…そりゃそうかもしれんけど」
「けど?」
「あの状況で最後までいけないってのは、いくらなんでもさ」
「そんなに紗英としたかったの?うふ」
梨杏は、会ってから最高に悪く面白そうな笑顔で、貴明に詰め寄る。
「いや別に………。い、いやしたかたですもうしわけござませんうそつきました」
「正直でよろしい。若者はそうでないとな」
若者という言葉を聞いて、貴明は思い出したようにまくし立てる。
「そうだ!あとはお前だよ。使い魔なのはどうにか理解してやるけど、ガキのくせにそんなに偉そうでしゃべりがおばさんくさいのは、一体どういうわけだ?」
「だから使い魔じゃねっつの!それにガキってねえ、まあ…人間基準なら確かに私はまだ子どもかもしれんけどね。年齢など意識したこともないし、この姿も仮の姿だけど、人間の尺度でいえば千年くらい前から私は存在してるらしいから」
「な!おばさんどころか、ば、ば、ばば…いやむしろ木乃伊…」
「あ“あ“あ“ーん?今この場で地獄のロックファイアーなドアにブチ込んで、錯乱のドライブで地獄に道連れにしてやろうか?」
「もういいです。ソー・タイアードでアイム・ダウンです。理解しないと死ねそうなので、私はすべて受け入れます」
「やっと素直になったわね」
ここに至り、心身ともにすり減りまくる貴明であった。
疲れ果てた貴明。コーヒーでもいれようとフィルターをドリッパーにはめた瞬間…
ピポーン!ピポ!ピポ!ピポバキピポピポーン!!
信号無視を見つけたパトカーのごとき破竹の勢いで、ドアチャイムがけたたましく鳴り響いた。バキってなんだろうなバキって。
「お兄ちゃん大丈夫?いるんでしょ?電話に出ないからさ、透矢君に聞いたら学校行ってないって言うじゃない。ねえどうしたの?もー、カギ開けるよ!」
澄香だ。さすがに無断欠席が続くと、学校や同級生から家族へ情報が渡っている様子。新潟の両親に成り代わり、妹が様子を見にきたらしい。普段から元気でよく通る澄香の中高域の声が、この時は3度ほど高い音域でやかましく響いた。
「おう澄香、大丈夫だよー。って…だーーーーっ!待て、ちょっと待てまだ入るなーっ!」
「なーに言ってんのよ、まさか全裸の彼女がいるわけでもあるまいし。電話に出ないからお母さんも心配して…」
ガチャガチャと落ち着かない音がしてドアが開く。見合った瞬間、貴明と澄香は互いにガッチガチに固まった。梨杏の姿を確認した澄香はあまりの驚愕からか、オートマティックに梨杏から視線を外し、本人を問い詰める思考まで至らない様子。だが兄が少女を連れ込むという犯罪臭漂う状況には、大いに引いて唇がヒクヒクしていた。
「よ、幼女…。お兄ちゃん、あまりのモテなさでとうとうこの領域に…」
「澄香。いや澄香さん。まあ落ち着きましょう。そう思うのもわからんでもないが、まずは兄の話を聞くがいいと思います」
「あー助けてー/またブチ込まれるー/もう何回めー(棒読み)」
「バッ、やめろ梨杏、本当にシャレにならな…」
「バカ兄貴!お兄ちゃんのスプリーム変態‼︎」
三沢光晴ばりの澄香のエルボーが、芸術的な角度で貴明の顎に入る。目の前が暗くなり、小橋健太のごとく整った姿勢で、スローモーションで前のめりに倒れこむ貴明。
「またか…いっそこのまま、そっと卒倒させてください…」
「断末魔のダジャレとしてはなかなかハイブロウだぞ貴明。あっはっはー!」
梨杏のナメくさった笑い声が、ムカつきながらも意識から遠ざかっていった。
何時間後かわからないが、きゃんきゃんと談笑する声が耳に響き、現実に戻った貴明。声の主は澄香と梨杏で、2人はいつの間にか打ち解けたようであった。
「やー梨杏さん、偏屈で面倒くさい兄だけど、よろしくお願いしますね」
「何をおっしゃいますか澄香ちゃん。偏屈なバカ兄貴だからこそ、君のようなしっかりした妹が必要なんだよ」
貴明は澄香の目を盗み、梨杏に耳打ちする。
「おい梨杏、妹をどうやって騙した?」
「何もしとらんわ!イイ女同士はすぐに理解し合えるってことだよ。なお、私は美少女だけど実は19歳でお前の後輩で、今日は看病の当番で来たことにしといたよ」
「また無理ありまくりで面倒くさそうな設定を…秒で破綻するレベルの嘘をつきやがって」
「こらっ!お兄ちゃんっ!」
きつくたしなめる澄香の口調に、つい気圧される貴明。
「は、はい…なんでしょうか澄香さん」
「体調が悪いのは仕方ないけど、休むんならせめて澄香には連絡してよね。急げば30分で来れるんだから」
「わかった。心配かけてすまなかったな」
体調を崩したと思われてるのなら都合がいい。ひょっとして、梨杏が上手いこと言ってくれたのか?
「でもよかった。重病や大事故じゃなくてよかったよ」
一瞬、澄香は心の底から安心した表情をみせる。貴明は妹の優しさをよく知っており、基本的には自分の味方であることもわかっていた。無論、その信頼感は澄香のほうも同じだ。普段は悪態をつきまくる兄妹だが、それができるのは、根抵でお互いを信じているからなのであった。
澄香は都内の名門校に合格したのを機に新潟の実家を出て、学校の女子寮であるマンションで一人暮らしをしている。寮は貴明の部屋と近いので、まるで澄香が貴明を追ってきたようだが、実際は逆。自己中で偏屈で信用のない貴明とは違い、その聡明さで両親から全幅の信頼を得ている澄香は、事実上、兄のお目付役の任をも担っているのだ。
澄香が帰った後、改めて梨杏と話す。
「澄香っていうのか、あれはできた妹だな。お前と違って素直で頭がよくて、とっても可愛いげがある」
「いやいや、うるせーし生意気なくせに案外泣き虫で甘えん坊で、けっこうたいへんだぞ。でも確かに、俺にはもったいない妹かな。週末のたびに世話焼きに来てくれるけどさ、俺になんか構わないで、彼氏や友達ともっと遊べばいいのにな」
「はあ…わかってないねえお前は」
「何がだよ。まあ妹のことはいいよ。それよりさっきの続き。ゲートのこと」
ここで大きな疑問を梨杏にぶつける。
「俺はまた、ゲートをくぐる機会はあるのか?あのふざけたドアをさ」
「そうね。一度エクスペリエンストになると、普通は後戻りできないの。だから機会はまたあると思う。でも慣れれば、ある程度はコントロールできるようになるよ」
「コントロール?」
「そう。例えばドアが出やすくなるとか、簡単に戻れるようになるとか」
「行ったはいいけど戻れなくなったら、心配されるもんな」
「そう。でもま、どのみち思いが遂げられる寸前で弾き出されるけどね」
「寸止めかよ…ネガティブだしアテにならんな。てか、戻りたいときに戻れないとしたらどうすりゃいいんだよ。毎回残念な思いを味わえってのか。嫌すぎだろそんなん」
「まあそこは慣れだよ。その前にそもそも、ドアが出現する条件を理解しないとね」
「そうだな、まずはそこだ」
「多くの場合は、欲求がMAXになったタイミングだね。ドアはその時々で互いに呼応した相手を対象に出現するんだ。その後に起きることは、仮定の現実とでもいうのかな」
「仮定の現実?よくわからん。仮定の話なのか現実の話なのか、一体どっちなんだよ」
「仮定と言えるのかというと微妙だけどね。事実、アザーサイドの出来事がこっちの世界に影響することがあるのも、時折確認されてるのよ」
「ややこしいな。でもこっちの紗英があの様子なら、結局は夢と同じってことだろ」
「それがそうでもないんだな。あの紗英も夢じゃなく、現実なのよ。お前の中ではね」
「ますますわからん。でもそうだな、欲求がMAXになればいいのなら…」
貴明は、思いっきり真剣な表情で思いっきり邪な妄想をする。
「斉藤由貴ちゃんに会いたい!」
「かー!やっぱりバカだねえお前は。そんなふざけた思いじゃ…んんん?」
部屋のドアが心なしかピンク色に染まる。
「おお!これってひょっとしなくても、あん時のドアじゃないの?」
「の、能力の無駄遣い…真性馬鹿なのでは…」
貴明は躊躇せずドアノブに手をかける。前回に比べてグラつき感にはかなり慣れ、目まいや吐き気も少ない。慌てて上着をたぐり寄せてから、「行ってきまーす!」という陽気で能天気な声を残し、貴明は白い光の中にスキップしながら消えていった。成り行き上、肩にかけていた鮮やかなレッドのRK-100をそのままに。
「やはり思った以上の真正だな。『互いに呼応した相手』が対象になると、私は説明したぞ。とはいえほんの妄想でドアが開くのか。驚いたな。無駄に資質が高いのだとすると、
それはそれで厄介だがなあ」
梨杏はひとしきり感心した後、やや深刻な表情でつぶやいた。
「ま、資質が高かろうが、センスがあろうが…」
その後、梨杏は伏し目がちにこう吐き捨てた。
「こんなんじゃ、下手したら死ぬけどねあいつ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます