プリズム

@Ak386FMG

 いつも願っていたことだ。自分が5人いればいいのに。そうすれば、仕事担当、趣味1担当、趣味2担当などと分かれて生活できる。まぁ仕事担当くんは大変かもしれないけど、今の仕事は自分が好きで就いた職業だから、逆に仕事に専念できる方がうれしい。

 こんなことはあり得ないと思っていたが、事実は小説より奇なりと言う。ある日、俺は7人に分裂した。

 なぜかは知らない。朝起きて、なんかが違う、そういえばなんか布団が狭くね?と思ったら、隣にもう一人自分がいた。右を見ても左を見ても自分がいる。ついでにその向こうにも自分がいる。はっきり言って気持ち悪い。このときは、自分が大好きだったらなぁ、と思った。いつもは、自分のことは好きではないけど、それなりにはやっていける。しかし、こうも客観的に見るとなると、自分の現実が突き付けられているようで、なんかイヤだ。神様に願い事を言ったのに、その願いが実際に叶った途端、急に文句を言うやつみたいになってて恐縮ではあるけども。

 朝は時間がないと言うのに、ほかの6人はずっと寝ている。目覚ましが鳴った途端、一人の手がすぐに伸びてアラームを止める。俺ってこんなにだらしなかったっけ? そしたら、今起きてる自分が一番しっかりしてるやつなのか? じゃんけんで決するまでもなく、自分が仕事に行くしかなさそうだった。あいつらはあいつらで勝手にご飯を食べるだろう。そう思って一人朝食を食べて会社に向かった。

 やはりなぜかは知らないのだが、自分の使っていたiPhoneも7つに分裂していて、同時に反応する。つまり、ある人からメッセージが届けば、同時に全部のiPhoneに送達され、7人の自分のうちの誰かが返信すれば7つ全てのiPhoneで返信されたことになっている。初めは、ほかの自分が返信すると、勝手に返信されたことに怒りを覚えたが、よくよくその返信の内容を読むと、やはり自分でもそう返信しただろうという内容が書かれている。怒れるが、ほかの誰かが返してくれると思うとそちらに気を取られなくて済むので楽ではあった。


 7人での生活にもだいぶ慣れてきた。ほかの6人はだらだらしながらも、それぞれ分かれてやりたかったことをやってくれているようだった。ある自分はずっと本を読んでいる。ある自分はずっと小説を書き、ある自分はずっと勉強をし、ある自分は外で運動してるらしい。こいつだけ、体つきが変わっていった。あとの二人は行方不明である。

 しかし、やってることが変わると、同じところから出発してもだんだん変わってくるんだなと思い始めた。本をずっと読んでるやつは、なんとなく博識そうに見える。使う言葉が変わるというか、知識の量が明らかに増えている。以前の自分とは違う見方を身に付けたようだった。そして、明らかに今読んだ本に書いてあった言葉だろ、という言葉をいつも使うのだが、それがすぐに変わっていく。

 小説を書いてるやつは、本を読んでるやつにいろいろ聞いてそういうのを参考に書いてると言っていた。あいつは話すのが下手だから聞くのはすこしつらんだけどね、みたいなことを言っていたけど、それはお前も同じだぞと思った。そこは変わっていないらしい。行方不明になった自分がいったいどんな経験をしているのかも聞きたいと言っていた。

 勉強しているやつは、最近は語学にはまっているらしく、今まであんなにがんばってきたのにできなかった英語をすらすら話し始め、さらにはフランス語、イタリア語、中国語を話せるという。そして、外国人の集まるパブに行ってイタリア人のかわいい女の子と付き合っているらしかった。いったい自分のどこにそんなコミュ力があったというのか。そいつ曰く、外国の雰囲気のところに行くと、なんとなく話せるようになるとのことだった。嘘だろ。

 運動してるやつは、筋トレをしに、近くのジムに通ってるらしい。月1万円らしい。その話は事後相談として自分に伝えられた。おい、ちょっと待て。そのお金、誰が稼いだと思ってるんだ、と言ったら、「え……、自分……?」と真面目な顔で返されてしまい、何も言えなくなった。ちなみにこいつだけ体がムキムキになっており、こいつもそのジムに同じく通っているかわいい女の子とよろしくしているらしい。

 そんな感じで把握し始めたところで、行方不明になっていた2人の自分のうちの一人が帰って来た。どうやら、自転車で一人旅をしてきたとのこと。2か月も過ごしたが、お金がないので、たまに日雇いのバイトに入ってお金を稼いで生活していたらしい。あれ、自分ってそんなに行動力あったんだ、と我ながら感心した。このままロシアでシベリア鉄道横断を決行しようとしたが、パスポートがないことに気づき、いったん帰って来たらしい。またすぐに出発すると言っていた。俺は、呆れて物も言えなかった。

 あとの一人が謎だった。いったいどこへ行ってしまったのか。探しに行こうにも全く当てがない。一人旅をしていた自分に聞いてみると、途中まで一緒だったが、そいつが寝ているうちにいつのまにかいなくなっていたらしい。どこに行くのか聞いたら、よく分からんと言っていたので、当てのない旅でもしてるんじゃない、と呑気な答えが返ってきた。

 しかし、そんなのでは困る。ほかっておいても問題はなさそうだが、やはり自分の一人である。心配になってしまう。とはいえ、警察に、「私がどこにいるか知りませんか」などと聞くことなどできるはずもない。一人が帰ってこないまま半年が過ぎた。


 ある日俺が出張で東京に行くと、上野の歩道橋で死ぬようにして寝ている人がいた。その人に近づいていくと見覚えのある顔である。というよりも飽きるほど見た顔である。自分だった。

 すぐにメッセージアプリで他の5人の存在を確認する。どうやらこいつが7人目の自分らしかった。すぐに抱え込んで起こすと、少しびくっとした後、ああ自分か、と納得していた。

「大丈夫か」

 別に怒っているわけではないが、この自分が心配なので、少し口調が強くなってしまう。

「まぁ、そんなに大したことないよ」

 その自分は目をそらしながら、そう言ったが、すぐに嘘だと分かった。自分は、昔から嘘をつくときに目をそらすのだ。

「何してたんだよ」

「いや、別に、家に帰ってから話すよ」

 そう言うと彼は、駅の方へ向かって歩いて行った。



 家に帰ると、自分たちが各々やりたいことをやって待っていた。何かをしているところを見なくても、だいたいどの自分が、何が好きな自分なのかが分かるようになってきているのが、妙に怖い。

 7人で晩ご飯を食べていると、行方不明になって上野で倒れていたやつが、話し始めた。

「俺さ、最近までずっとなんで自分が7つに分裂したのかなっていうのが気になって、ずっと調べてたんだけどさ。どうやら見え方が変わってしまっただけみたいなんだよね。って、上野で倒れてたおじいさんが言ってた。そのおじいさんも昔7人くらいに分裂したらしい。

 よく分からないんだけど、光をプリズムに通すと波長の長さで分かれるように、俺らも、自分自身を何かを通してみるようになってしまったらしい。その何かを取り除けたらまた自分一人だけが見えるようになるんだって。まぁ、その何かを取り除く方法は分からないんだけどね」

 最後の言葉を言うとき、その自分は、はははと笑っていた。本をよく読んでいた自分が、うんうんとうなずいているのが見えた。本を書いている方は、少し興味深そうに聞いている。さては小説のネタにするつもりだな。そのほかの自分たちは、割とどうでもよさそうにテレビを見ていた。

 困ってしまった。まだしばらくこの生活が続くのか。そう思っていると、本を読む自分がこう言った。

「まぁ自分が1人じゃなきゃいけないってことはないんだから、このままでもいいでしょ」

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