Ton.13 俺は男と違って女の方が清廉だとか純情可憐だなんて一度も思ったことねえからな
ティアの姿が部屋から消え、その足音が完全に聞こえなくなってから。
「うーん……」
腑に落ちない気分でリュシアンは頭をかいた。
「……やっぱ今のとこ何かに秀でている様子はねぇよな。度胸以外は身体能力含めて並ってところか。エルスの奴、女の趣味、鞍替えでもしたのか?」
と、遅れてガチャリと音がして扉が開く。
出て行ったティアと入れ替わるような形で部屋に入ってきたのは長い真っ直ぐな黒髪をさらりと揺らす女性――アルフィナだった。
「独り言にしては声が大きいわよ。それとも、ついにその性悪の本性をさらけ出して聖火隊を辞める気になったのかしら」
くすりと、意地の悪い笑みをアルフィナが浮かべている。
「オマエがこの部屋に近づいてきてるとわかったから、わざと聞かせたんだよ」
「趣味が悪いわよ」
「聞かせてるとわかっていて聞いているオマエもな」
ムッとしたようにアルフィナが眉を吊り上げる。
彼女はちらりと扉の向こう側を気にするように見た。憂慮とも配慮とも取れる眼差し。
「あの子、放っておいて平気なの?」
「昨夜のことを吹聴するような馬鹿じゃないだろ。ま、言ったところで意味ないってのが正しいが」
「そういう意味じゃなかったんだけど、まぁ、一人にさせてあげた方がいいわね。あなたと一緒じゃ、休まる気も休まらないでしょうし」
どういう意味だそれは、と問いただそうとして、気づく。不意にアルフィナがリュシアンをじっと見つめていることに。
「なんだ?」
「……そんなに彼女が嫌い?」
質問の意図と意味が本気でわからなかった。鼻であしらう。
「なんだそれ。別に好きとか嫌いとか、そういうくだらない感情はねえよ。単に好奇心が失せただけだ」
「あなた、彼女のこと買いかぶりすぎなんじゃない? エルス・ハーゼンクレヴァの知り合いだからって、彼女が特別である理由もないでしょうに」
「まあな」
それを聞いたアルフィナは深い同情を覚えたのか、ため息を吐きだした。
「彼女も可哀想に。彼の知り合いというだけで、あなたみたいなのに目をつけられて、勝手に期待された挙句、勝手に落胆させられて」
「オマエだって俺とは別の意味で期待したくせに。ティアがどんなもんか、気になってただろ」
「あなたと違って不純な理由じゃないわよ。国家公務員として、正当な関心だわ」
「関心に正当も不当もあるのか?」
「あるわよ。下心を抱くような輩と一緒にしないでちょうだい」
「だから、ティアに対してはそういう感情は抱いてねえって言ってんだろ。あんな、まな板胸の年下相手にどんな食指が動くんだよ。発育の余地はありそうだが。つーか、それだったら娼館行く」
さらりと言えばアルフィナが汚らわしいものを見るような目を向けてきた。
「あなた、まだあんなとこに通っているの?」
「あんなとことは失礼だな。まぁ、金を払わないと女に劣情を処理してもらえない可哀想な男どもが通う場所ではあることは認めるが。あと、一つ訂正。別に通いたくて通ってるわけじゃない。わざわざ金を払わないと女を抱けない可哀想な奴らと一緒にすんな。まったくもってして甚だ心外」
「……言いたいことは山ほどあるけれど、何人もの女性と関係を持つぐらいなら、一人の女性と真面目に交際でもしたらどうなの?」
リュシアンは肩をすくめた。
「冗談。そんな真面目なこと誰が……あー、でも好きな時に女抱けるのは悪くない、か……?」
言いかけて。
凄まじい殺気を感じてリュシアンはその場を飛びのいていた。一拍遅れて、矢じりに似た暗器のついた細長い鎖がリュシアンのいた場所を絡め取るように通り過ぎる。
鎖の先を視線でたどる。そこには鎖を手にしたアルフィナがものすごい形相で立っていた。
「あっぶねえなあ」
アルフィナは力の限り叫んできた。
「最っ低、最っ低、最低にもほどがあるわよ!」
「どっちがだよ。言っとくが、俺は男と違って女の方が清廉だとか純情可憐だなんて一度も思ったことねえからな。清らかな乙女なんて生きモンは男の妄想か、神話上の産物だね。女だって自分の方から物欲しそうな顔ですり寄って足開いて――」
「黙・り・な・さ・い」
黙った。こっそりとつぶやく。
「……オマエそんなんだから、聖火騎士の奴らに聖女候補とか噂されんだぞ」
「聖女の称号は、死んだ後、その功績を認められて後世の人々によってつけられるものでしょう。私が生きている間は候補にすらならないわよ。聖都のクリスティーヌ王女と一緒にしないでちょうだい」
「歴史上、初めて生きている間に聖女称号を得た人物、か。あの美貌が失われたのは惜しいな。それで、どうしたんだ?」
「昨夜、あなたが処刑した人物の持ち物の確認をして欲しくて呼びに来たの」
「なるほど、オーケー」
リュシアンは部屋を出るとアルフィナの後ろからついていく。
二人は宿舎からホーラの館カリディア支部の本館に移動した。本館に途中、薄暗くて細長い通路を何本か通った末、たどりついたのは通路の奥まったところにある扉の前だった。
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