Ton.04 エルベ広場にて ~邂逅、再び~
エルベ広場に正午を告げる鐘が鳴り響いていた。
煉瓦が敷き詰められた、扇形のエルベ広場。付け根の部分にそびえ立つ鐘楼――そこから鐘の音は広場全体に広がっていた。
広場は道端で自らが描いた絵を広げて売り込む画家。木製の踏み台の上に仁王立ちして演説している若者。腕を組んで歩いている男女でにぎわっている。
その一方で鐘楼の周辺には露店が軒を連ね、野菜やハーブやスパイス、花に燻製肉といったありとあらゆるものを通行人に売りさばいている。
あちこちの飲食店の前に立って、道行く人の目の前にメニューを差し出して客引きをしているのは店の店員である少女たちだ。
日当たりの良い広場のテーブル席では、恰幅の良い男性がパイプを燻らせながら、新聞を広げてのんびりしている。
町を往来する人々に終わりの見えない忙しさに追われるような気配が見える中、人々の熱気は冷めるどころか更に温度を上げつつある。活気が満ちた広場の脇を、山積みにした荷物をのろのろと引っ張る
不意にリュシアンは正面の凱旋門を見上げた。広場に繋がる凱旋門の上の方には、垂れ幕のような布がぶら下がっている。
色とりどりの布を繋ぎあわせたカラフルな布にはこう書いてあった――独立記念式典まであと一ヶ月。
その布の近くにあった看板がリュシアンの目に留まる。サンドイッチの絵が描かれた看板を見たと同時、タイミングよく、彼の腹の虫がぐぅと鳴った。
時刻は昼を過ぎてだいぶ経つ。そろそろ昼食をとってもいいかもしれない。そう立ち止まって考えていたら声をかけられた。
「いらっしゃいませ。食事でしたら、当店はいかがでしょうか?」
「いえ、私は――」
言いながら振り返り、
「あ」
「あれ?」
リュシアンは目をぱちくりと瞬かせた。店員の少女も大きな瞳を丸くしている。
腰まで届く黄金色の髪。湖水のように透き通った翡翠色の瞳。長い金髪を後ろで一つにまとめ、若草色のエプロンを身に着けているため、先ほどと印象は異なるものの、目の前の少女は先ほど聖堂で出会った少女に間違いなかった。
「あれ? さっきの騎士さんですか?」
「あなたは先ほどの……。ホーラの館へ行かれたのではなかったんですか?」
「そうだったんですけど……」
なぜか落ち込んだように少女が言葉をつまらせる。視線は明後日の方向を向いて泳いでいた。
リュシアンが控えめに尋ねる。
「……何かトラブルでも?」
「あ! いえ! そんな大したことじゃ――」
と、外の客に料理を運んでいたらしい別の女性店員がリュシアンたちに目を止めると声をかけてきた。
「おや、ティアちゃん、どうしたんだい? もしかして知り合いかい?」
小柄でふっくらとした、いかにも店を一人で切り盛りしていそうな敏腕の中年女性がリュシアンたちの傍にやってくる。
リュシアンは胸に手を当てて穏やかに一礼してみせた。
「私は聖火隊の巡回騎士です。彼女とはつい先ほど」
「あらやだ、いい男。聖火騎士にしておくにはもったいないぐらいねえ」
リュシアンの顔を見るなり女性がさっと乱れた赤い前髪を直して余所行きの顔を作る。
そこで唐突に閃いたらしい。女性が、ぽんと手を打った。
「でしたら騎士様。どうかこの子の相談に乗ってやってくださいよ。あ、その前に食事ですよね。食前はワインにされます?」
「お気遣いありがとうございます。ですが、公務の途中なのでお酒は控えさせていただければ、と。代わりにホットチョコレートはありますか?」
「ええ、そりゃあもちろん。ほら、ティアちゃん。騎士様にホットチョコレート出してあげて」
「あ、はい!」
ティアと呼ばれた少女が、女性の一声でぱたぱたと店に戻っていった。小動物を連想させる走り方に、自然と小さな笑みが漏れる。
その間に女性店員に外の席に案内されたリュシアンが一呼吸を置いた頃、ブランデーの香りがするチョコレートが目の前にすっと差し出された。横を見ればティアが立っている。
「はい。お待たせしました」
「ありがとうございます。ところで、何かお困りのようですけど、どうされたのですか? よろしければ、話を聞かせていただければと思うのですが」
「ええと、その……。でも、お仕事の途中なのにいいんでしょうか」
ティアは気にしたようにリュシアンをちらりと見た。
そんな彼女を安心させるように、リュシアンは優しく笑いかける。
「大丈夫ですよ。町の人々の困り事を解決するのも聖火騎士の勤めですから」
美少女を目の保養にお茶をするのも悪くないと内心で思いながら、口から流れる文句は流麗なばかり。
と、別の客に食事を運んでいる女性店員が元気に叫んでくる。
「お言葉に甘えなさいな! なんてったって美形なんだから美形!」
「え、ええ?」
ティアは少しばかり戸惑いの色を見せた後、リュシアンの聖人のような穏やかな微笑みを見て。
「……それじゃあお願いしてもいいですか?」
「ええ、もちろん」
鷹揚にうなずく。
ほっとしたようにティアが胸を撫でおろした。
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