高昊(たかぞら)

ユラカモマ

高昊(たかぞら)

 いつだって私の上には高い昊がある。スマホで合格発表を確認して美奈みなはそう思った。窓の外は憎らしいほどの快晴で高くお日様が光っている。

(落ちたかも、とは思とったけど。)

 第一志望の国公立、そこまで無茶な選択をしたつもりはない。けれど問題の傾向が今年から変わって前年までより難しくなっていた。そのため思ったより解けなかったのだ。美奈はスマホをポンとクッションへと投げて自身もフローリングの床に転がる。こぼれそうになった涙を堪えて顎を上げるとレースの隙間から昊が見えた。抜けるように高く澄み渡る青、光輝く世界。美奈は戯れに手を伸ばしたが届くはずはない。

(ううん、戯れじゃない。)

 本気で、手を伸ばしたのだ。もしかしたら他からすれば戯れに見えたかもしれない。それでも私は本気だった。美奈は静かに涙を流した。家には他に誰もいなかったけれど美奈は声を上げて泣けなかった。

ーわざわざそんな遠くにいかなくても。

ー私立受かってるから気楽でいいよね。

ー美奈ちゃんって頭いいよね、私なんかさー...

 誰がこの悔しさを分かってくれるのだろう。誰も私と同じ人などいないのに。普通よりちょっと勉強できたって全国になればもっと勉強できる人なんていくらでもいて、がんばってもがんばっても届かないくらい頭の良い人なんていくらでもいて。でも私は勉強しか取り柄がないから、他のことで勝負することもできないのに。泣いて泣いて足下が崩れるのを感じる。それでも昊は高く高く笑うだけ。美奈は両親にラインで結果を送った。そして近くに住むおばあちゃんの家に結果を直接伝えるため起き上がり家を出た。

 おばあちゃんの家への途中、川の上の橋を渡った。最近雨が少ないせいか川にほとんど水はなく砂利が川幅の7割以上を占めている。橋の高さは欄干含め学校の2、3階くらいの高さだろうか。橋の真ん中で立ち止まって川上の方を見ると後ろからひゅうと風が背中を押す。美奈は赤い欄干をぎゅうと握りしめて食い入るように下の僅かな水の流れを見た。

(落ちたら死ぬんかな? ケガするだけかな? 痛いんかな?)

 考えたらまた涙が出そうになって美奈はおばあちゃんの家の方向へ早足で歩きだした。橋を渡ってあと角を一つ曲がればおばあちゃんの家だ。

「おばあちゃん!」

「あぁ、美奈ちゃん。おはよう、待っとったんよ。」

 おばあちゃんは庭先で箒を持って立っていた。動くのが億劫になってきたとぶちぶち言っており庭の掃除も最近は伯母に頼りきりと聞いていたのに。

「おばあちゃん、私、ダメやったぁ...。」

 祖母の顔を見て美奈の涙腺は決壊した。後から後から大粒の涙が静かにこぼれる。おばあちゃんは美奈はがんばっとったのにねぇ、とか美奈を落とすなんて許せんとこやねぇなどと言いながら幼い頃のように背中を撫でてあやしてくれた。

「でもばあちゃん私ずっとばあちゃんとこ来てなかったけん、私が勉強がんばりよったとか知らんやろ。」

「いいや、美奈ちゃんが最近来んけんのりちゃんにどしたんぞ言うたら美奈ちゃんは勉強がんばりよるんやけん邪魔せんとき、って怒られたんよ。それにそんなけ悔しいて泣きよんの見たら美奈ちゃんががんばっとったことくらい分かるけんの。」

 美奈は既に色の変わっている袖口で目元を押さえながらさらに泣いた。鼻と喉が乾いて辛くなるまで泣き続けた。

「美奈ちゃんはがんばったんじゃけん、ここで折れたらいかんよ。今日は泣いて明日からまたがんばんさい。間違っても死んだらいかん。死んだら何にもならんけんの。」

 おばあちゃんは水分不足に陥った私にお茶を注いでくれながらそう言った。


 着替えて学校に報告に行かなくてはいけなかったため美奈は祖母の家を後にした。また行きと同じ橋の上に立つ。今度は川下側を見てみると遠く彼方で細い川が昊に流れているように見えた。

(いや昊と川が交じるわけないとか知っとるけどさ。)

 家より高い橋の上で昊に向かって手を伸ばす。当然ながら手は届かない。きっと昊に近そうな川下に行ったってダメなんだろう。向かい風も吹いてきて寒い。けれど昊に手を伸ばし続ければいつかぼた餅でも落ちてくるかも知れない。

 昊は高く川の上、伸ばした指の遥か彼方。私はいつまで飽きることなくこの手を伸ばし続けられるのだろうか。それか私のひびだらけの足下が崩れ去る方が早いだろうか。どちらにせよ昊は変わることなく有り続けるのである。

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高昊(たかぞら) ユラカモマ @yura8812

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