竜を守る
「竜が来るって何? 何しに来るの?」
「その前に、君の国にはもう竜はいないようだし、竜のこともあまり知らないようだから、先に我々と竜の関係について簡単に聞いてもらったほうがいいかもしれない」
「………」
ミキは返す言葉が見つからなかったが、サトルはそれを肯定の意味だと受け取って話をはじめた。
「さっきの本、あの『竜と生きる人々』にあったように、この世界では何億年という大昔からいろんな種類の竜が生まれては絶滅し、また新しい種類の竜が生まれては絶滅し、それを何度も繰り返してきた。その間に他のさまざまな生き物も生まれてきたけれど、それらはすべて竜のエサとなり、“竜”という存在を脅かすようなものは現れなかった。
「けれど今から数百万年前、我々人間の祖先が誕生し、その状況は一変したんだ。はじめはやはり他の生き物と同じように竜のエサでしかなく、その影におびえながら死んだ竜の肉をあさっていただけだったんだけど、徐々に知恵をつけていき、そのうち弱った竜なら倒して食べられるようになった。そうなると狩りの技術や能力は加速度的に進化し、次には小さな竜の群れを、そして少しずつ大きな竜へ、ついには小山のように大きな竜まで狩猟の対象にするようになってきた。こうして地上にはだんだんと人間の敵になるようなものはいなくなり、同時に農耕の文化が発達したおかげで、竜に取って代わって人間が支配する世の中になってきた」
窓の向こうから遠雷のくぐもった音が聞こえてきた。
「それからさらに人間の数は増えていき、その食糧をまかなうため、また街を造るために、森を切り拓き、土地を耕し、そのたびに何とか生き残っていた竜は棲む場所を追われ、逃げ場を失った竜は人間を襲うこともよくあった。穏やかな性格の竜もいたけれど、さっき言ったように、人間にはかつて竜にエサとして食べられていた記憶が刷り込まれているのか、すべての竜を目の敵にして片っ端から絶滅させていった。そうして今では地上から竜はほとんどいなくなったというわけだ。
「ここまでが我々と竜が歩んできた歴史で、事実、竜は我々人間にとってとても危険でやっかいな存在だけれど、そんな時代はもう過去のもの。いまやおれたちは竜を守らなくちゃいけないと思ってる」
「どうしてそんなことをしないといけないの? だってみんな竜に襲われたり、危険な目にあったりしてきて、やっと安心して暮らせるようになったんでしょ?」
ミキにはどうしてそういう話に繋がるのか理解できなかった。
「そう。竜なんていない方がいい、1頭残らずすべて絶滅させてしまえって言う人も大勢いるのは確かだね。過去にはそのために何度も何度も莫大な賞金を出して腕に覚えのある冒険者を集め竜を退治してきた。竜退治はとても大きな冒険だし、それを成し遂げた人たちは勇者と呼ばれ何世代にもわたって称賛されてきたんだ。ほら、あの本の5巻に書かれているのが、そんな勇気ある冒険者たちの物語だ。
「けど、本に描かれているような竜の群れや、挿絵に描かれている山のように大きな竜なんて、もう100年以上も見た人はいない。たまに見つかるのは小さなやつばかりで、しかもやせ細ってどれも今にも死にそうだ。あの本のなかの話は昔の人間が大袈裟に書いたんだろうという人もいるけれど、実際に巨大な竜の骨も見つかっているし、我々が調べた限りでは、どうやらそこまで嘘が書かれているわけでもない。とすると、やはり昔は地上にたくさん竜がいて、今生き残っている竜はごくわずかだということが真実らしい。でもこんな状況でも、竜を嫌悪する人たちは、しらみ潰しに探し出して駆除しろと主張し、それが商売として成り立っている国もあるという」
サトルはここまでいっきに話し、ひと呼吸おいて続けた。
「けれどこの国では、本当に退治するだけでいいのか、逆に守って増やさなければならないんじゃないかと多くの人が考えるようになってきた。我々は竜のことをどれだけ知っているのか、知らずにただ殺すだけでいいのか、我々はそんなに野蛮なのか、とね。それだけ竜に対して余裕が出てきたということもあるけど、それだけじゃない。
「竜にはまだ知られていない事が、これでもかというくらいたくさんあるんだ。例えば、ある竜の体内から、人間の神経細胞に作用してその損傷した箇所を修復する薬として利用できる成分が、ごく最近になって発見されたんだけど、それがどういう成分で、どうやって作られているのか、まったくわからない。しかもその竜というのはとっくの昔に絶滅させられてしまっていて、この成分を作り出すことは二度と不可能だといわれている。これはひとつの例だけど、竜を守ることは結果的に我々人間のためになることもあるといういい例だと思わないかい? また何億年も生き続けてきた竜はそれだけで興味深い生き物だし、人間がこれから永く繁栄していくヒントも見つかるかもしれない。だから竜をすべて殺してしまうのではなくて、人に危害を与えるものだけをどうにかして、うまく利用しようという考えが広がってきたんだ」
「それが竜を守るということに繋がるのね」
ミキはそのすべてが理解できたわけではないが、あくまで冷静に話そうと努めているサトルからあふれ出てくる熱い思いにあてられ、その考えすべてを受け入れるべきなのだと思ってしまった。
「そうなんだ。そのためにこの国では竜を守る人を募集して、おれも見事選ばれたというわけだ。みんなからは竜守り人と呼ばれている。おれたちは竜を守るためなら手段を選ばない。いつの世にもいる蒐集家のための闇取引の市場があって、違法に竜に危害を加えようとする人間には銃を向けることも許されているんだ。
「そういう人間から守るという使命もあるけれど、弱った竜の病気の治療などを積極的に試みる仲間もいる。ただ、竜にこちらの意思なんて伝わるわけはなく、近づくだけでも危険で、麻酔で眠らせてもいつ暴れ出すかわからない。いくら小さくて死にそうなやつばかりだといっても、竜であることに違いはなく、猛毒のあるやつや、炎を吐くやつ、全身が棘のようなやつもいるから、まさに命がけだ。おれも一度手伝ったことがあるが、あんな危険な仕事はできればもう二度とやりたくないな」
その言葉とは裏腹に、サトルはとても楽しそうに語っている。
「それで、やっと本題だけど、この島には竜が卵を産みに来るんだ」
「たまご?」
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