ココアの味

 ミキはソファーに腰掛け毛布を羽織った。部屋の中を見回してみると、見慣れないものがたくさんある。どれも使い込まれた年代物のように見え、ここはアンティークショップなのだろうかと思案していた。

 しばらくすると、階段の下からピーッというやかんのお湯が湧くような音に続いて、香ばしい香りがミキのところまで漂ってきた。コップを2つ手にしたサトルが上がってきたのはそのすぐあとだった。

「はいどうぞ」

 ミキの目の前の小さなテーブルに置かれたものは、見た目といい香りといいココアに違いなかった。とても温かそうで、美味しそうだ。けれどこんな状況で飲んでいいものなんだろうか。何か変なものが入っているかもしれないし、もっと疑ってかかったほうがいいのではないか。

「あの、これ…」

「毒なんて入ってないから大丈夫だよ」

 サトルは結局この短い時間では、状況を把握することも納得のいく考えをまとめることもできなかったが、ひょっとしたら目の前にいる少女も、ほんとに何もわかっていないのかもしれないな。そんなことを思いながらコップを口に運んだ。

「そんなつもりじゃ…」

 ミキは心を見透かされたようで少し戸惑ったが、もうあとはどうにでもなれと、茶色い液体をスプーンですくい、少し冷ましてから口に含み、コクリと飲み下した。

「やっぱりココアだ。でも甘くない…」

「ココア? 君の国ではココアっていうのかい?」

「え? 違うの?」

「ここではお茶っていって、毎日何杯も飲むんだけど」

「何杯も?」

 ミキは目を丸くして、そしてくすりと笑った。無邪気な笑顔だった。

「おかしいかな」

 つられてサトルも自分の表情が柔らかくなるのを感じた。

「ごめんなさい、だって、わたしはたまにしか飲まないから、ちょっとびっくりしてしまって」

「おかわりもあるから、好きだったら遠慮せずにどうぞ」

「ありがとう。でもココアは好きなんだけど、これはちょっとにがくて…。お砂糖があればもらえませんか?」

「砂糖? 甘いものかい? これでいいかな」

 サトルが手にしたビンの中には、あずきほどの大きさの黒い塊がぎっしりと詰まっている。

 ミキはそれを受け取ると、フタを開け少しにおいをかいだが、コップの上でトントンと叩きスプーン5杯分ほどを入れかき回した。

「ふぅ…。やっぱり甘いほうがおいしい。黒砂糖なのかな、コクが出てまろやかになった」

「そんなに甘くするなんて変わってるなぁ」

 今度はサトルが目を丸くする番だった。


 そうやってしばらくココアを飲んでいると、部屋の中はやんわりとした雰囲気に包まれた。

「ところでもう一度聞くけど、この島へは砂の道を渡ってきたんじゃないんだよね?」

「砂の道っていうのがよくわからないんだけど、橋とは違うの?」

「ほら、あそこの壁に貼ってあるのがこの島の地図だけど、下のほうに陸地とつながっているように描かれた道があるだろ」

「薄茶色で描かれたやつ?」

「そう、それが砂の道。潮が引いたときにだけ現れて、島と陸地がつながり、その間だけ行き来できるようになる。この島へ渡るにはここを通るしかないはずなんだけど、違うんだよね?」

「わたしはちゃんとした橋を渡ってきたから、やっぱりそれとは違うみたい。あと、その地図はわたしの知ってる竜ヶ島によく似てる気はするけど、陸と繋がってる所はなかったはずだし、橋も描かれてないみたい」

「そっか。じゃあどうやって来たんだろうね」

 しまったと思った。ミキというこの少女は悪い人間には見えないので追い詰めるつもりはなかった。非難するつもりはまったくなかったが、もう遅かった。

「…………」

 ミキは黙り込み、冷えはじめたココアの残りをすすった。うつむいて何か言いたそうな表情をしている。

「おかわりはいるかい?」

 言うより早く立ち上がり、サトルはまた階段を下りていった。

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