交わらない言葉

 サトルは言葉を失っていたが、その少女の言うことがやっと頭で理解できるくらいにはなった。

 しばしの沈黙が訪れた。何か言わなくては。必死に頭を動かし、そして、

「き、君は誰だい? どこから来たんだい?」

 こんな陳腐なセリフを吐いてしまった。事情が飲み込めなくて動揺しているのは確かだが、もう少しまともな質問ができたのではないか。

「………わたしはミキ。竜ヶ埼の灯台に来たはずなんだけど…」

 事情が飲み込めないのは、彼女にとっても同じことだった。目の前にいる人は誰なのだろう。見たことのない不思議な柄の服を着ている。そしてほんとにここはどこなのだろう。

「リュウガサキ? トウダイ?」

「……そうだ。おじさんの喫茶店に行って、それからあの石の建物を見つけて、たまたま中に入ってしまって、それで…」

 ミキは少しずつはっきりしてくる記憶をたどりながら、独り言のようにつぶやいていた。

「それで?」

 言葉は通じているようだが、よくわからない単語を使っている。どこか別の国から来たのか。見たところ危険なものは持っていないようだけど、おれたちのことをよく思っていない人間も多いから、やはり警戒すべきなのだろうか。

「…え?」

 ミキは思い出したように男の顔を見た。

「それで……そこからは憶えてない」

「石の建物っていうのはここのこと?」

 ミキはそう聞かれて部屋の中を見回してみるが、記憶に残っているものは何もなかった。

「中は真っ暗だったからよくわからない」

 真っ暗ということは夜中からここにいたというのか? いくらなんでもそんなことはありえない。サトルの頭の中で疑問がふつふつと湧き上がる。

「そうか…。じゃあちょっと質問を変えて…。ここへはどうやって来たんだい? 砂の道を渡ってきたんだよね?」

「砂の道? 砂の道って? 自転車で島に渡って、それから歩いて来たんだけど…」

「ジテンシャ? 船とかじゃないんだよね?」

 言って後悔した。島への渡し船なんてないし、また、こんな外洋に面した断崖絶壁の島、砂の道以外から上がってこられるはずはなく、外から船で近づいて登ってくるなんて不可能だ。ましてやこんな少女に。船の選択肢はそもそもありえなかった。ではどうやって…。

「うん、違う。船なんてなかった。…あ、外に出たら何かわかるかも」

「ちょっとま…」

 勝手な行動を取って逃げられては困る。立ち上がろうとする少女を止めようとしたが、そんな必要はなかった。体はふらつき、まともに立っていることすらできないようだった。

「調子が悪いみたいだから、無理しないほうがいい。床に座っていると体が冷えるから、そこのソファーで休んだらいいよ。手を貸そうか?」

「いいえ、大丈夫」

「何か温かい飲み物を持ってくるからそこで少し待っててくれ。あと寒かったらこの毛布を使って」

「ありがとう。ねぇ、あなたの名前は?」

「サトル」

 言い捨てて、とっとっとっと階段を降りていった。サトルには少し頭を整理する時間が必要だった。

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