小箱

 入院する前の晩、部屋に呼ばれ行ってみると、おばあちゃんはベッドの上で体を起こしなんだか物思いにふけっているみたいだった。ひょっとしたら疲れていただけなのかもしれない。でもすぐにわたしに気がつくとほほえんで手招きをし、「ミキちゃんにこれをあげましょう」と言って、木製の小箱と銀色の鍵を渡してくれた。

「ちょっと開けてくれないかしら」

 片手で箱を持って鍵を差し込み回そうとするけど、錆びているのか何かが引っかかっているのかうまく回らない。何度かカチャカチャやっているとカチリと音がしてやっと鍵が回った。蓋を開けると、中にはネックレスが入っていた。

「ああ、これだわ…。懐かしいわね」

 おばあちゃんが細い鎖をつまみ持ち上げると、薬指の先ほどの大きさで、いびつな形をした濃い緑色の石のペンダントがぶら下がり、その石には絡み付くような金属の装飾が施されていた。かなりの年代物のようで、金属の金色の部分はくすんでいるが、緑色の石は内側から鈍い輝きを放っているように見えた。

「ミキちゃん、このペンダントをもらってくれないかしら。とても大事なものだから、お守りだと思って肌身はなさず持っていてほしいのだけれど」

 そういうとわたしをそばに座らせて、細い鎖を首にくるりとかけてくれた。

「ありがとう。でもそんな大事なものなのに、もらってもいいの?」

「気にしなくていいのよ。というより、これはあなたのお父さんにつながるものだから、あなたが持っていたほうがいいのよ」

「パパにつながるものって?」

「そのうちわかるわ、きっと。…そう、きっとね」

 遠くを見るような顔。嬉しいような、寂しいような、安心したような、おばあちゃんのこんな顔は初めて見た。

「………久しぶりにそのペンダントを見たら疲れちゃったわ。ちょっと横にならせてくれないかしら」

「うん、わかった。何かあったらまた呼んでね」

 おばあちゃんは少しうなずいただけでベッドに横になり、すぐに寝息を立てはじめた。

 その横顔を見ながら、こんな大事なものをくれるなんて、おばあちゃんはもうこの家に帰ってこられないと思っているのではないかと、変に気をもんでしまう。

 手にしたままだった小箱に目をやると、さっきはぜんぜん気がつかなかったけど、蓋には立派な翼をもった竜の絵が彫られていた。


 居間に戻るとママは少し前から始めている刺繍の続きをしていた。キャンバス地にぽつぽつと花が咲いている。

「おばあちゃん何だって?」

「よくわからないけど、このペンダントをもらったの。とても大事なものらしいんだけど、もらってよかったのかなぁ」

 ママはわたしの胸のペンダントを見ると、びっくりしたように一瞬動きが止まったけれど、すぐに手元に視線を戻した。そして「そう、よかったわね。大事にしなさいね」というそっけない返事が返ってきただけだった。

「それで、おばあちゃんはどうしてるの?」

「ペンダントを見たら疲れたって言って、また寝ちゃった」

「そう」

 これきり会話は途切れた。

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