文化祭(プレソ)にて

@haratomo

文化祭(プレソ)にて

 シトラ女学院には年に一度その厳重な警備が緩められ、外部の者が入れるようになる時がある。それが秋の始めにある文化祭(プレソ)だ。とはいっても全く無関係の人間が入れるという訳でもなく、入るには学園関係者にのみ配られるチケットが必要だ。そんな文化祭に私は卒業生の縁をたどりなんとかチケットを手に入れ、懐かしい学び舎の中を歩いていた。年に一度の行事ということで活気づいている生徒たちに、かつての自分の姿が重なる。ドレスを着こなし、道行く生徒に優雅にお辞儀。淑女として求められる行動は、もう体に染みついている。


 貴女を失ってからずっと過去を避けるようにしていた私が、なぜ今になって貴女との思い出に満ちているここを訪れようと思ったのだろうか、理由は自分でもよく分からない。もしかしたら私の人生の一つの区切りとして、貴女のいた場所に行きたいと思ったからなのかもしれない。教室。廊下。談話室。特に目的地も決めないまま、学園内を歩く。懐かしの校舎、といっても私がいた時とは随分と変わってしまっている。そう、あの”事故”があったから。


 5年前、シトラ女学院附属淑女学校のある校舎が大規模に崩壊するという事故があった。幸いにも崩壊が起こったのは校舎内に誰も人がいない夜間だったため怪我人はいなかったのだけれども、怪物と戦う複数人の騎士を見たという噂が一部の生徒の間で流れシトラの七不思議は一時期八不思議になったという。

 私は知っている。あれは事故ではなかったのだと。二人の少女が運命に打ち勝つことができなかった結果が、あの崩落。そして生じた世界の危機に星の騎士たちが集い、その役目を果たした。


 しかし私にはあの時の前後の記憶はほとんど残っていない。誰よりも近くで彼女の最期を見届けたはずなのに、その姿がどうであったかどうしても思い出せないのだ。巨大で醜い怪物だったのか、漆黒の鎧を身にまとった騎士だったのか、それとも斧を掲げ孤独に佇むドレスの少女だったのか。

 かつてはそのことで随分と思い悩みもしたものだけれども、今となってはこれが貴女からの贈り物であるとも思えるようになった。せめて私だけでも、貴女を世界の敵としてではなく、一人の少女として覚えていて欲しいという。


 そういえばあの時期はとても大変だった。貴女がいなくなった後の私は抜け殻のようで、自分の部屋に閉じこもっては「こんな世界なんて壊してやる」と暴れてたっけ。親や周りの人にも随分迷惑をかけたように思う。しかし時の流れは残酷であると共に優しい。どんなに深く苦しい傷だろうと、日常という普通の中に取り込まれていく。貴女を失って空いた私の大きな穴も、周りのみんなによって少しずつ埋められていった。私は言葉使いを変え、着こなしを変え、ふるまいを変え、立派な淑女となった。社交界にも慣れ親しみ、ついこの間には縁談の話まで――


 視界の端に、かつて見慣れた白い髪が映った気がした。慌てて振り向いてもそこには誰もおらず、あるのは薄赤のフリージアが一輪だけ。いつの間にか庭園まで来てしまったらしい。

 ふと気づく。フリージアの咲く季節は冬。しかし今は秋もまだ始まったばかりの頃だ。そんな時期にフリージアなんて……

 そして更に気づく。庭園。フリージア。”あたしたちの花”。それはかつて二人で植えたもの。果たされることのなかった、未来への約束。


「イベット……?」

口が、勝手にその名を紡ぐ。その瞬間、二人が過ごした時間があたしを飲み込んだ。


最初に話しかけた時のいかにも迷惑そうな顔

女神様から宣託を受けた時の心底驚いた様子

最初のステラバトルに出る前の少し緊張した表情

バトルが終わって初めてあたしに見せた笑顔

少し困った顔をしながらあたしに世話を焼かれる姿

時々見せる憂い

一緒に過ごした放課後

休日のお出かけ

たまのケンカ

凛々しい立ち姿

あたしへの気遣い

最期に見せた優しい――


「イベットは……イベットはずっとあたしを待っててくれてたの……?」

 どうしようもなく震える声。あたしがイベットのことを忘れようとしていた間も、イベットはあたしを待っててくれていた。誰にも手折られることなく、待っててくれていたんだ。

 ゼンマイがきれかけた人形のように、ぎこちない動きで彼女のもとへ向かう。両手で彼女を包み込む。途端に滲む視界。涙を流すなんて、いつぶりだろう。あの時にもう枯れてしまったと思ってたのに。


 イベットとの思い出の波があたしを襲う。たった2年だけのはずなのに、その2年はあたしの残りの人生をあわせたよりも遥かに巨大な質量があって。あたしは簡単に押しつぶされてしまう。周りの望む淑女になった、なってしまった小緑紅実にとってこの質量は重すぎる。


 イベットが、私に優しく微笑みかける。あの時最期に見せたのと、まったく同じ微笑みを。


 時の流れは、残酷だ。

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