第2話 RPG ── 7
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第50回実験翌日。
セリナはマリ博士の許可を得て、第二EEE収容所の中庭を訪れていた。
手指は茶色の土まみれだ。
ガーデニング用の小さなスコップを借りて朝から作業を続けていたため、額には汗が浮き出ている。
セリナが作業していた場所には小さな土の山が作られていた。
手の甲で汗を拭くセリナの隣に、女性の影が並んだ。
「おつかれさま。ほら、飲み物」
マリ博士だった。
彼女はいつものように棒つきのキャンディをくわえている。
差し出された手には缶コーヒーとスポーツドリンク。選べということだろう。
セリナは迷わずスポーツドリンクを受け取った。
「ありがとうございます」
「ちょうど終わったところ?」
マリ博士が、セリナの前にある土の小山を見て言った。
「はい。涼しそうな場所にしたつもりです。喜んでくれるといいんですけど」
「猫は気まぐれでわがままな生き物って思われてるけど、受けた恩には敏感だ。この場所なら問題はないと思うよ」
土の小山の下には、RPG-1──アールが眠っていた。
実験の後、セリナがマリ博士に頼んでこの場所に埋めさせてもらうことにしたのだ。
「アールは……しあわせだったんでしょうか」
「さあね。そういうことは本人にしかわからない」
マリ博士が空を見上げる。
周囲からは蝉の鳴き声が聞こえている。
もうすぐ本格的な夏がやってくる。
「ただ、飼い主はセリナたちに感謝してたんでしょ。それが答えなんじゃない?」
アールは飼い主のために、他人を家族としてまで「RPG」を行う場所を作り、最期の時を待っていた。
自分を拾い、育て続けた飼い主に対する恩返しだった。
アールが収容所でEEEとしての扱いを受けていたことや、実験をされていたことを自覚していたかどうかはわからない。
アールにとってはその事実よりも、自らの最期の瞬間、ちゃんと別れられなかった飼い主と共に幸福な空間を築くことのほうが重要だったのだ。
「怖い生き物ばかりだって思っていたけれど、アールのようなEEEもいるんですね」
「まあ、RPG-1については例外的な面もあった。D-156のほうが主流だよ。あいつら不思議生物だから私たちには理解できないと思っておいたほうがいい」
そうだろうか。
アールの行動は間違いなく愛情からくるものであったし、実行手段も他者を傷つけるような行動ではなかった。
すべてを理解できないと切り捨ててしまうには、行動原理に共感できすぎてしまったのだ。セリナにはアールの感情がよくわかった。
「ともあれ、君たちの今回の仕事は上出来だった。本当に助かったよ。次もできれば君に頼みたいと思っている」
その言葉に、セリナは答えを返さなかった。
「しばらくは休むといい。私に連絡したくなったらいつでも言ってくれ。あと、飴が欲しくなったときもな」
マリ博士がウインクをして去っていく。
その背中を見送ると、後ろ手にひらひらと手を振る姿が見えた。
セリナはアールのお墓の土に、一度だけ手を触れる。
「おやすみ。またくるね」
立ち上がると陽ざしがまぶしい。
新しい夏の到来を感じさせる熱気がセリナを包み込む。
セリナは目を細めて空を見上げる。
「私も、誰かのために力を使うときがくるのかな。満足いく最期のために、アールがそうしたように」
彼女のつぶやきは、夏の空に吸い込まれていった。
セリナ・レーシュの成長記録 inori @inori
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