第2話 RPG ── 2

                ■■■


 セリナは311号実験室前で立哨りっしょうしていた警備員2人に、身分証明書を提示し、入室した。

 部屋の造りはD-156──殴り肉を収容していた場所と似通っており、監視室に入ってすぐに見渡せる前面に、実験室を見渡せる強化ガラスがあった。ガラスの向こう側は三方を白い壁に囲まれた部屋で、特別な異常もEEEも見当たらない。実験が始まる際にEEEを運んでくるのだろうか? 疑問はあったが、セリナはひとまず頭の片隅に置いておくことにした。


 右奥には監視室と実験室をつなぐ頑丈な扉がある。監視室では3人の研究員が慌ただしくキーボードを叩いており、どこか居心地の悪さを感じる。異世界人の持ち込んだ科学という名の技術によって造られた諸々は、セリナにとって扱いのわからない危険物のようなものだ。


 入口できょろきょろと周囲の様子を見ていると、一組の男女がセリナに近づいてきた。

 女性のほうは長身で眼鏡をかけており、ボディラインを際立たせる衣服を着ている。左目の下に泣きぼくろがあった。

 男性は女性よりも若干背が低く、どこか野性的な目つきだ。セリナに関心があるのか、口元をにやつかせていた。


「こんにちは。セリナ・レーシュさんね」女性が右手を差し出し、挨拶と共に握手を求めてくる。「私はミラ。よろしくね」

「セリナです。こちらこそ、よろしくお願いします」

 セリナはミラの右手を握り返した。続いて男性のほうに視線を移す。


「彼はレイジ。私も彼もあなたと同じEEE災害対処職員よ」

「おいおい、お見合いでもしに来たのか? ヌルいやり取りしてんじゃねーよ」

 言うが早いか、ミラからレイジと紹介された男性が身をかがめ、一瞬でセリナとの距離を詰める。

「ちょっと! レイジ!」

 ミラの声も空しく、レイジは右手に握ったナイフをセリナの首筋にあてていた。


「なんだよお前。反応できなかったのか?」

 鋭く冷たい刃がセリナの頭髪をもてあそぶ。

「D-156をひとりでったバケモンだっていうから期待してたのに、こんなもんかよ」

 研究員らは3人とも立ち上がり、通報を行うか否か判断に迷っている、

 刃物を出しているため、軽度の処分を下されるかもしれない。さらにいえば、監督不行き届きとして、居合わせたEEE災害対処職員が連帯責任になる可能性が高い。

 一触即発の状況で、ミラは室内全員を落ち着かせるように静かな声でレイジをとがめた。


「レイジ。やめなさい。」

「黙ってろって。上下関係をわからせるいい機会だろ?」

 レイジは聞く耳を持たない。にやにやとセリナの様子を見ている。

 セリナは驚きや恐怖よりも先に、レイジの態度に微かな怒りを感じた。

 上下関係などという言葉を出してくる男の短絡的な思考にも呆れてしまう。


「あのときのことはほとんど覚えていません。それより、失礼じゃないですか。初対面の人にナイフを向けるなんて」

「止めてみろよ。力ずくでな。できなきゃお前はオレより弱者だってことだ。弱者が強者に指図する筋合いはないぜ」

 レイジ流なのか、自らの理論を持ち出して挑発してくる。

 セリナは「じゃあ」と言って、レイジが持っているナイフの刃先を親指と人差し指でつまんだ。


「なんの真似だ? 怪我すると危ないぜ、お嬢ちゃん」

 にやけるレイジの表情が、さっと凍りつく。

「どうかしましたか?」セリナはつとめて素っ気ない声でたずねた。

「なんだ、これ。……動かねえ! クソッ、離せ!」

「ふざけるのもいい加減になさい。レイジ、ナイフをしまって」

「本当に動かねえんだよ! この馬鹿力女がつかんでいるせいで!」

 研究員たちとミラが、固唾かたずをのんで二人のやり取りを見ている。

 相手に非があるとはいえ、やりすぎたかもしれない。

「これでお互い様ってことにしましょう」

 セリナはレイジのナイフを取り上げ、まるで枯れた小枝であるかのように、刃をぽきりと二つに折った。

 レイジがあんぐりと口を開けている。


「お返しします」セリナは壊れたナイフをレイジに手渡す。

「お、おまっ! これお気に入りだったのに!」素直に受け取りながらも非難するレイジ。

「いや、そこじゃないでしょうに」ミラは呆れて額をおさえている。

「馬鹿力女って言った罰です」セリナは頬をふくらませた。


「かーっ! 舐めやがってよう……オレはキレたぜ、いい度胸だ。本気でやろうや」

 レイジが右腕の袖をまくった。

 ひじのあたりに7本の黒線──CODEコードだ。

「ちょっとレイジ! それ以上は冗談じゃすまないわよ!」

「舐められっぱなしじゃ、かんさわンだよ! おら、お前もだせよ、CODEを!」

 セリナは上着のボタンを外し、胸元をはだけさせた。

「ちょっ! な、なな、なにやってんだよ馬鹿!」

 レイジはあわてて両手で目を隠す。


「あなたがCODEを出せって言ったんじゃないですか」

「え、そこにあんの? いやだって、む、胸のとこにあるとは思わねーじゃん? ずるくない? ずるく……はないか。わかった、いいよ、オレはお前のCODEを見ないで戦う! ハンデだ、ありがたく思えよ!」

「……お子様ね」

 ぼそりとミラがつぶやいたその時、扉が勢いよく閉まる音がして全員が注目した。

「はいストーーーーーップ!!!」

 マリ博士だった。

 博士は周囲を見回して一瞬で状況を把握し、丸めた資料で紙の剣を作ってレイジの頭に叩き落とした。

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