第1話 殴り肉 ── 4

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───EEE D-156 “殴り肉”による災害対処レポート───


▼D-156の性質について

①発見

 D-156は王国から数キロ離れた西方の山中で見つかったEEEトリプルイー人外敵性存在じんがいてきせいそんざい)だ。

 ゴツゴツとした岩場の中でひときわ異彩いさいを放っていたその生物は、EEE探索中のエージェントによって発見された。

 発見時は人類に友好的であり、顔面と思われる部位の表情も笑顔であった。

 会話はできなかったが、ハンドジェスチャーによるコミュニケーションはおおむね良好であり、第二EEE収容所への運搬うんぱんもスムーズに進んだ。

 後にわかったことだが、山中には数多く生息していたと思われる哺乳類ほにゅうるい(特に鹿しか)の撲殺死体ぼくさつしたいが周囲に数多く転がっていたようだ。


②問題

 問題が発生したのは、D-156を第二EEE収容所へ搬入はんにゅうしてから1か月が過ぎた頃だった。

 D-156の好物が鹿や鳥であると知っていた我々は、食糧としてそれらを運んでいたが、ある日、研究所への道中で運搬員がぞくの襲撃を受けてしまい、食糧が届けられなかった。

 エレボス博士に指示をあおいだところ、余剰分よじょうぶんの牛や豚などの家畜を与えることになった。

 D-156は最初こそ与えられた家畜に興味を示さなかったものの、やがてそれらを

 上から、下から、左から、右から、あらゆる部分を殴りつけた。

 そうして最後は、腐りきってボロボロになった肉を食い始めたのだ。

 エレボス博士によれば、「えさと認識した」のだそうだ。

 D-156は新たな種類の肉(たとえばひつじやウサギなど)を与えられるたび、それらを撲殺ぼくさつし、骨以外の部分をすべて食った。


※備考 当時与えられた他の食糧一覧

・ウェアラット

・ゴブリン

・リザードマン

・ワイバーン(研究室内に運び込める中では最大の身体面積)


 また、食うたびに頭部は肥大化ひだいかし、両腕の筋肉も発達した。

 当時のD-156の筋力はおおよそ、王国近郊の山中で現れる魔物「グリズリー」の20倍ほどだったという。

 その時まではまだ、コミュニケーションが通用していた。

 しかし、研究の一環として、エレボス博士がVIを与えたことで、我々とD-156との間にある(と思われていた)信頼関係は崩壊ほうかいした。

 D-156は死体を徹底的に殴り、それを食った。

 そう──人間を“餌”と認識したのだ。


③対応

 我々人類を餌と認識して以来、D-156の顔面は憤怒ふんぬの表情を維持した。

 餌である我々が強化ガラスの向こうにいることで、ストレスを感じているのだろうという推測がたてられた。

 D-156は強化ガラスを始めとする、部屋への攻撃を始めた。

 我々はD-156の室内と研究室の修復をしながら、研究を続けた。

(この時の室内清掃や食糧運搬は当然ながらVIランク職員が行っており、延べ13人の死者を出している。彼らは死後、例外なくD-156の食糧となった)

 さらに1か月ほど経過した後、D-156は人間以外の肉を食糧として出されると、強化ガラスを徹底的に攻撃した。

 度重たびかさなる攻撃により、強化ガラスにヒビが入ったことで研究員たちはパニックにおちいった。

 その時に見たD-156の表情は薄気味の悪い笑顔だった。

「人間以外の肉を出せば、次はお前たちだ」という警告けいこくのようにも思われた。

 ただちに対策が講じられ、最終的にEEE災害対処職員の助力をあおぐことになった。

 ともすれば、EEE以上の化物でもある奴らに。


▼D-156災害対処職員代理の報告

 EEE災害対処職員セリナ・レーシュ(以後、セリナと呼称)はD-156の室内に入った直後に放心状態に陥ったため、当初、戦力としてではなく、餌である他のVIランク職員と同様、D-156の怒りをしずめるための供物くもつとしての役割しか期待されていなかった。

 30分ほどの間に、セリナはD-156の手によって四肢の関節を外され、全身をボロ雑巾ぞうきんのように何度も何度も何度も壁や床に叩きつけられた後、徹底的に殴り殺された。

 左腕に至っては、力任せに。それでもセリナは声を発しなかった。誰もが彼女の死を確信していたはずだ。


 年若く美しい少女が無残むざん肉塊にくかいへと変えられていく──常人には見るにえない光景であったが、エレボス博士だけは笑っていた。

 セリナの反応がなくなって数分の後、異常は起こった。

 生命活動を停止したはずのセリナが、おもむろに起き上がったのだ。

 我々以上におどろいたのはD-156だっただろう。

 確実に死んだと思われていた獲物がその身を起こしたのだから当然だ。

 そうしてセリナは──千切られた左腕を、当たり前のように自分の肩に結合させた。


 この時、セリナの胸元にある8本のCODEのうちの1本がぼんやり赤く光っていたという証言が、研究職員からなされている。

 それ以降のことは、あまり覚えていない。思い出したくもない。

 ただ、D-156が、身動きできない状態でセリナを見上げ、初めて命乞いのちごいらしき鳴き声をあげたことは覚えている。

 最後にセリナがD-156の顔面と脳みそを、あの細腕でつらぬいたことも。

 当然ではあるがD-156は絶命した。

 ……いまだに、あれが現実とは思えない。

 夢だと言われたら、信じてしまうだろう。

 ちょっとヤバめのヒーロー演劇であったほうが、よっぽど正気をたもっていられる。


 だが、あれを間近で見た以上、EEE災害対処職員としてセリナが抜擢ばってきされたことには納得するほかないのだろう。

 エレボス博士の眼に狂いはなかった。

 真の意味でアレセリナは化物だ。

 あまりこんなことは言いたくないが、正直なところ、早めに彼女専用の対策を練ったほうがいいと思う。

 だってアレはもう人間じゃない。

 アレは──いや、よしておこう。監視対象の子をこれ以上悪く言いたくない。


 CODEを持つガキ共はみんな“あんな風”なのだろうか?

 だとしたら、世の中狂ってる。

 剣と魔法の世界? ハッ、笑えないジョークだ。17年前までは確かにそうだったのに、科学者とかいう異世界から来た薄気味悪い連中が来てからというもの、CODEだのEEEだのと新しい概念ばかりが押し寄せてきやがる。魔王も勇者も……魔物だって、こんなに恐ろしい存在じゃなかった。奴らも俺たちも生きるために領土を争っていただけなんだ。魔王が倒されて、新しい勇者の子孫が生まれて、世界は明るくなるはずだったんだ。なのに、EEEとかいう奴らが出てきやがった。奴らはその行動原理や目的がわからない。この前も同僚が「拷問神父」とかいうわけのわからないEEEの対応を間違えて、無残な殺され方をした。あいつら、なんなんだよ、もう嫌だ、管理なんてできるわけがない。奴らのことは本当に何もわからないんだ。わからないから、どうしようもなく怖いんだよ……。


 ああ……俺は将来自分のちょっとした魔術の才能を活かして魔術師になって、田舎の片隅で釣りをしながら隠居するつもりだったのに……異世界なんてクソ食らえだ! 異世界人なんて全員VIランクだ! 今日みたいにEEEの餌になっちまえばいい!

 ちくしょう……ちくしょう……。

 俺もいつか、あんな風に、ボコボコに殴られて死んじまうのかな……?

 それとも同僚みたいに、全身を鞭のあざだらけにして、内臓をネズミに■■荒らされた後に脳みそをいじられて、■■しちまうのかな……?


 やめだやめだ! 俺らしくない……レポートを書きながら興奮してしまった。

 取り留めもない報告をするなんて、エージェントの風上にもおけないよな。でもさ、マハナ、俺と同じ境遇のお前なら少しくらいは理解してくれるだろ?


 クソッ、禁酒してるのに、今日は強い蛇酒を飲まないと眠れなさそうだ。

 後半は大いに私情を挟んだ報告書だったが、許してくれ。誰かに伝えていないと、こっちの頭までおかしくなってしまいそうなんだ。

 以上で報告を終了する。


                       ──エージェント・ゾゾ──


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