第1話 殴り肉 ── 2

               ■■■


 某月某日。

セリナ・レーシュたっての希望により、王国騎士団七騎士のひとり“銀騎士アメリ・クロイツ”が面会に訪れる。

 以下は両者の会話を当所IVクラス職員が記録したもの。


「久しぶりだな。セリナ。元気にやっていたか?」

「ええ。わたしは変わらずよ。アメリさんは忙しそうね」

「二週間に一回は君との面会に訪れたいが、そう都合よくはいかなくてね……。寂しい思いをさせてすまない」

「ううん、いいのよ。アメリさんは騎士長のひとりとして王国銀騎士隊を任されているんだし、ここは王国から遠く離れた地にあるわ。簡単に来られるわけじゃないってわかっているから」


 セリナ・レーシュ、面会用の木製格子の向こうに微笑みかける。

 アメリ・クロイツ、肩の力を抜いて頷き返す。


「セリナが読みたいと言っていた本を何冊か見つけたから持ってきたよ」

「本当!?」

「騎士団の魔術師に手配してもらったんだ。勉強家のセリナのためにね」

「ありがとう! たっくさん勉強するね!」

「ああ。他にも読みたい本があれば言ってくれ。手配するよ」

「うん!」


 アメリ・クロイツ、手荷物の中から数冊の本を取り出し、荷物のやり取りが可能な足元の引き出しからセリナ・レーシュ側の面会室へと本を移動させる。

 セリナ・レーシュ、引き出しを確認し、両手を合わせて喜ぶ。

 その後、10分ほど取り留めもない会話と現状報告が続く。

※暗号のやり取り等がなかったことが確認されたため、内容は割愛。


「アメリさん。兄さんは元気?」

「もちろん、元気だよ。セリナによろしくと言っていた。あいつもここに来られればいいんだがな……顔だけでも見たいだろう?」

「国が決めていることだから仕方ないわ。アメリさんと会えるのも、アメリさんが王国に尽力している人だと認められているからだし……。寂しいけど本当に大丈夫よ、わたしが頑張れば、兄さんと会える日は近づくわ。その日に、今までの分のお話をたくさんするって決めてるの」

「……うん」

「それでね、アメリさん……」


セリナ・レーシュによる次の発言は重要なものとなるため、強調文字を使用。

同発言をもって、本人の意思決定を得たものとする。


「わたし、。そして、EEE災害対処職員になりたい。アメリさんには、保護者としてそれを認めてほしい」


40秒弱の沈黙が流れる。

その間、二人が互いの視線を外すことはなかった。


「だめだ。何度も言っているように、許可できない」

「どうして!」

「お前がまだ子供だからだ」

「嘘よ。そんな理由なわけがないわ」

「…………」

「アメリさんだって、私くらいの年齢の時には王国の兵士として戦っていたんでしょう?」

「それとこれとは話が別だ」

「話が別? そんな子供だましが通用すると思わないで。わたしは兄さんに会いたいの。一日、一分、一秒でも早く。だから模範職員もはんしょくいんになってここを出たいの。それを、どうしてわかってくれないの?」

「セリナ。お前はここがどんな場所で、何を研究しているかを知らない。この第二EEE収容所は私でさえ知らない危険物が無数にあるんだよ。噂によれば、異世界から持ち出してきた力を扱っていると聞く。模範職員というのもここの奴らが考案した聞こえのいい名称であって、そんな肩書を持った人間などひとりも知らない。どういう意味かわかるだろう? わかってくれ、セリナ。お前を心配しているからこそ、私が許可を出すことはないんだ」


 続けて話そうとするアメリ・クロイツの言葉を、天井に備え付けられた魔術拡声器スピーカーが遮った。


「銀騎士殿。当所に対する、いわれのない伝聞でんぶんレベルの言いがかりは看過かんかしかねます」


 この声はセリナ・レーシュを監視している二人のIVクラス職員のひとり、エージェント・ゾゾのものであると記録されている。


「……失礼。言葉には気を付けよう」


 アメリ・クロイツが居住まいを正し、再びセリナ・レーシュに語りかける。


「これはお前のためなんだ。もしお前が命を落としでもしたら、私はあいつにどう顔向けすればいい? 頼むから、わがままは言わないでくれ。いつかきっとお前をこの場所から出してみせる。その日まで──」


 セリナ・レーシュ、勢いよく立ち上がり、上着に手をかけ、胸元をはだける。

 胸部下着に隠れていない部分、右乳房上部にある、それぞれ長さがバラバラの8本の黒線──CODEがあらわになる。

 セリナ・レーシュ側の書記員が離脱態勢をとる。


「……セリナ。やめなさい」


 セリナ・レーシュ、唇を噛み、アメリ・クロイツを10秒弱見下ろす。


「お前は、自分の能力がどんなものかさえ、わかっていないだろう」


 セリナ・レーシュ、椅子に座りなおす。

 セリナ・レーシュ側の書記員は彼女を刺激しないよう、静かに席に着く。


「……知ってるわ」

「なに……?」

「知ってるの」

「“扱える”のか?」

「まだわからない。一度も試したことがないから。でも、大丈夫だっていうのはわかる」

「力を誰かに見せたか?」

「ううん。見せてない」

「なぜ、大丈夫だと思うんだ?」

「そういう力だから」

「そういう力というのは、具体的には?」

「うまく言えないけど、死ぬ気がしない」

「気持ちだけか? 肉体のどこかに変異は? 意識的ではなくとも、能力で他者への干渉をしたように感じたことは?」

「ないわ」

「ならば勘違いかもしれないだろう?」

「CODEのない人にこの感覚は、たぶん、わからないと思う」

「……根拠こんきょのない自信、というわけではなさそうだな」


 面会時間終了の知らせが両者の部屋に届いた。

 銀騎士アメリ・クロイツがセリナ・レーシュに別れを告げ、扉の蝶番ちょうつがいにぎる。


「アメリさん。わたし、あきらめないわ」


 アメリ・クロイツ、数秒の後、


「また来るよ」


 そう残し、振り返ることなく面会室を退室。


                ◇


 この報告書が提出された7日後、エレボス博士の再推薦により、セリナ・レーシュを「EEE災害対処職員トリプルイーさいがいたいしょしょくいん」に任命。

 5日後、セリナ・レーシュが初任務に就く。

 その3日後、正式にセリナ・レーシュの種族を「人類じんるい」から「EEEトリプルイー」に変更。

 カテゴリを「安全セーフティ」から「殲滅アナイアレイション」に変更。

 リスクレベルを「F」から「C」に引き上げ。

 上記の詳細情報は別資料にて確認のこと。





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