僕たちのついた嘘
チタン
第1話
― ―ぼくのついた嘘。
ぼく、植木 正也(ウエキ マサヤ)はガタン、ガタンと揺れる電車に乗りながら、窓の外をぼんやり眺めていた。
車窓から見える景色には、だんだんと建物が少なくなってきて、夕日が外の木々を赤く染めていた。
そんな夕暮れ時の景色を見て、ぼくは君のことを思い出していた……。
♢♢
君とクラスメートになって、抱いた第一印象は「強い人」だった。
君、添島 直(ソエジマ ナオ)はいつも実直で真っ直ぐだった。
あるときなんて、友達が教師に揶揄われてクラスで笑い者にされたからって、君は教師にさえ食ってかかったっけ。
ぼくは君とたまに話すくらいだったけど、君のそんな所に惹かれていった。
高校1年生の秋、ぼくは君に告白をした。
君はすごく驚いた顔をしていて、ぼくはそれがなんだか面白くて笑ってしまった。
君と一緒に過ごすうちに、ぼくは君をより好きになっていった。もっと真面目なんだと思ってたけど、打ち解けるうちに意外に抜けてるところとか、女の子らしいところとか、新しい一面をたくさん見つけた。
一度だけぼくが他愛のない嘘をついたとき、君はすごく怒っていたね。
けど、そのあとも君はぼくと一緒にいてくれた。
高校3年生のとき、ぼくが県外の大学に行くことになっても、君は「行かないで」とは言わず「頑張ってね」と言ってくれた。ただ一言「寂しくなるね」とだけ言って、ぼくを見送ってくれた。
そんなことを思い出しながら電車に揺られていると、ぼくは眠くなってきてしばらく眠った。
♢♢
夢を見た。
大学2年生の5月、ぼくが帰省したときの夢だった。
ナオが泣いている。
このときナオに「会おう」と言われて会いにきたら、いきなり泣いてしまったからぼくはひどく狼狽えていた。
だってナオの泣き顔なんて一度も見たことなかったから……。
「どうしたの?」
とぼくが聞くと、ナオは「ごめんなさい」と謝った。
そして、
「あなたと別れたいの」
とナオは言った。
突然のことに驚いて「どうして?」と尋ねるぼくに
君は、
「あなたに会えないのが凄く寂しい。……もうこの寂しい気持ちに嘘はつけない」
と泣きながら答えた。
ぼくはナオのことが本当に好きだった。だからナオを引き止めたかった。けど、ぼくはナオを引き止める言葉を何も言えなかった。
だって、ナオがこんなにも寂しがっていることを、ナオの本当の気持ちをぼくはこのとき初めて知ったんだ。だからぼくにそんな資格はないと思った。
ぼくは、
「ごめんね」
とだけ言った。
ナオは顔を上げて「ううん」と首を振った。
ぼくは最後に何か言いたくて、でも何も思いつかなくてナオに言った。
「これまでありがとう。それじゃあ、またね」
ぼくは君に嘘をついた。もう会えないと分かっていたのに。君の嫌いな嘘を。
けど君は微笑んで、「うん」と頷いてくれた。
♢♢
ぼくは目を覚ました。
電車の外を見ると、見慣れた景色が見えてきた。そろそろ降りる駅も近いようだ。
電車を降りたら最初に君に会いに行こう。
あのとき言えなかった本当の気持ちを伝えに……。
♢♢
― ―私のついた嘘。
ミーンミーンと外で蝉が鳴いている。
窓の外を見ると日が暮れかかってきていて、室内は薄暗くなってきた。夕陽が差し込む窓辺だけがポツンと取り残されたように明るかった。
赤い夕陽の光を見てあなたのことを思い出す。
あなたに別れを告げたときもこんな夕暮れ時だった。
そんな風に一度思い出すと、あなたのことが頭から離れなくなる。「ナオ」とあなたがわたしを呼ぶ声がひどく懐かしくなる。
忘れようと思ったはずなのに。寂しさに耐えきれなくて別れを告げたはずなのに。今でもあなたからの、来るはずのないメッセージを待ち続けている。
日が沈むにつれ窓辺の日なたも小さくなっていく。それと同じように記憶の中の思い出もどんどん小さくなってしまう。
今ではもうあの頃の温かい気持ちを思い出せなくなった。あなたに会えない寂しさは消えてくれないのに……。
そもそもわたしが嘘をついたのが始まりだった。
寂しいのに、ずっと彼にそれを隠して、平気なフリをした。
あのとき「行かないで」と言えたら、「寂しい」と素直に伝えられたら今も隣にいられただろうか?
♢♢
黄昏時、日が沈みきった。
そのとき携帯の通知音が鳴った。
『植木 正也:今から会いに行ってもいい?』
それは来るはずのないメッセージだった。
♢♢
ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。
扉を開けるとあなたが立っていた。
「ただいま」
「ええ、おかえりなさい」
話したいのに上手く話せない。言いたいことはたくさんあるのに。
「少し歩こう」
♢♢
日の沈んだ薄暗い道をあなたと並んで歩いた。
しばらくはどちらも口を開かなかった。
人のいない田舎道、まだ灯ってない街灯の下で彼は立ち止まった。
「今日は君に謝りにきたんだ」
こちらを向いて彼が言った。暗くて表情はよく見えなかった。
「ずっと、寂しい思いをさせて、ごめん。……ぼくは勝手に君のことをすごく強い人だと思ってた。けど、君だってふつうの女の子なんだ。そんな当たり前のことを君に言われてやっと気付いたんだ」
静かな声だった。わたしは何か言いたくて口を開こうとしたけど、とっさに言葉が出てこなかった。
そんなわたしを見て、彼の口元が少し微笑んだように見えた。彼は言葉を続けた。
「こんなことを言う資格は、ぼくにはもう無いのかもしれないけど、それでも、ぼくの本当の気持ちを君に伝えたいんだ。……ナオ、ぼくは君と一緒にいたい。あのとき言えなかったけど、……君と離れたくないんだ」
「そんな……、わたしが悪かったの。あなたに気持ちを隠して、平気なフリをして。もっと早く、あなたに本当の気持ちを伝えるべきだった」
わたしはやっと言葉を口に出せた。ずっと言いたくて、でも言えなかった言葉を。
彼は「ううん」と首を振った。
「もう遅いのかもしれないけど、ぼくを許してくれないか? もう君に寂しい思いはさせないから」
わたしの目にはいつの間にか涙が溢れていた。声が出なくって、わたしは彼の言葉に頷いた。
そのときパッと電灯が灯った。
わたしは彼に泣き顔を見られたくなくて、手で顔を覆った。
けど、やっぱり笑顔で涙を浮かべながら、もう一度彼の顔を真っ直ぐ見つめた。
もう嘘のない笑顔で― ―。
♢♢
僕たちのついた嘘 チタン @buntaito
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