第22話

 人間、本当に驚くと声も出なくなるものだ。いくさ中は何度かあったからよくわかる。

 たとえば兄さんがせっかく立てた作戦を無視して敵陣に突っ込んだり、いないと思って気を抜いていたらばったり敵と遭遇しちゃったりだとか。

 そういう場面でどれだけ早く我を取り戻せるかが生死を分ける、とボクは思う。

 自慢じゃないけれど、兄さんのおかげで大抵の事態に臨機応変な対応をできる自信があった。

 明日、唐突に邪竜を十匹狩りに行くぞと言われても、西国を滅ぼすぞ、と言われても兄さんについて行ける自信があった。


「あったんだよねえ……」


 ボクは深くため息を吐いた。

 聖獣様の森で頭を冷やそうと野営していたら天敵が現れて、酒をもらって、少しばかり話しをして。そこまではいい。よくあるかは知らないが、起こり得る事象だった。問題はその後だ。

 聞き間違いや勘違いでなければボクはあいつに………ぁぃ………の告白……紛いをされた、んだと思う。恋愛経験なんて皆無だからあれが本当にそうだったのかはわからない。

 ただの共同運営者に対する気遣いだったのかしれない。ただハゲタカ殿にそんな気遣いができるかどうかは知らない。そこまでヤツに詳しくない。

 しかしヤツの心情がどうあれ、ボクはヤツの言葉を…………ぁぃ…………の告白だと思った。思ってしまった。

 今さらだけどなんでだ。ああ、クソ、イライラする。

 別にあれを運営者同士の言葉として受け取ったって良かったのに。何をやってるんだ、ボクは。

 あいつの前で取り乱すなんて死んでも御免だったのに、思わず炎魔術ぶっぱして逃げ出すとか。本当に何やってるんだボクは。聖獣様の森、延焼してたりしないといいなあ。

 大声で西国に荷物を取りに帰るって叫んでおいたから追いかけて来ないだろうけれど。はあ。憂鬱だ。

 ボクは足の下の物体を踏みつけている力を増した。このまま踏み潰してしまおうか。

 夜が明けないうちにガドー家まで戻って少し寝た。ウルハシィ達を驚かせちゃって、悪い事したな。

 朝食を取ってから東国むこうで起こった出来事を掻い摘んで話して、少ない荷物を適当にまとめているとウルハシィが慌てた様子で王からの封書を持って来た。

 中身は兄さんに大至急ボクを連れて登場するように、と書かれていた。

 兄さんが東国に行っているのはもちろん知らないはずなにのに何やってんだあのバカ

 こちらに戻る期日だってもちろん知らせている。それなのにこの愚考。偶然ボクが帰ってなかったらどうするつもりだったんだ。自分の意思ひとつで兄さんの行動を変えられるとでも思ってんのか。できる訳ないだろう、思い上がり甚だしいな。

 思い出していたらはらわたが煮えてきたので足元の物体の骨をもう一本追加で追っておいた。

 伝書に大至急とあったのでとりあえずボクだけでいいだろうと軍服を着て参上した訳だけれど、待っていたのは想像を絶する事態だった。

 内密の話があると挨拶もそこそこに第二王子と一緒に個室に通された。豚はあんなにかわいいのに人語を発する豚はどうしてこうも気持ち悪いのか。

 個室に入ったとたん、ぐちゃぐちゃと喋り始めた豚の言葉は極めて不愉快だった。

 西国最高の武力である兄さんに東国最強のルースが嫁いでくれば東国を滅ぼせるはずが、ボクの東国への嫁入りが決まって難しくなった、どうしてくれる、お前は西国に仕える騎士として東国の者に嫁入りするべきではない、そんな事もわからないのか、今まで目をかけてやったのに、恩知らず共め、名誉を挽回する機会をくれてやるから大人しくしていろ、名誉に想え。

 他にもごちゃごちゃと人語を発音していたけれど、ボクにはまったく理解できなかったし、両手を蠢かせて近寄って来たのがあまりにも無理だったので床に沈めた。加減ができずに思い切り顔に拳を打ち込んでしまい、豚の鼻の骨と前歯を折ってしまった。まあいいか。

 けれどこれで立派な反逆者になってしまった。言い訳をするつもりはないし、あちらも聞く気などないだろう。大人しくしていろ、という王族の命に逆らったのだから裁く側の王達には有利でしかない。どれだけ理不尽な命令だったとしても、身分はあちらの方が上だ。

 ボクは深い溜息を吐いた。ボクが反逆者になってみろ、兄さんが怒り狂うに決まってる。それくらい愛されている自覚はある。

 兄さんが怒り狂ったらこの国は火の海になるぞ。焼け野原しかなくなるぞ。焼き畑するならいいかもね!

 このままじっとしている訳にはいかない。豚を簀巻きにして転がし、外にいた見張りを強制的に眠らせ、通信室に向かった。


「あーテステス。こちら王城通信室のガドー。聞こえていたら応答願う」


 通信室は有事に備えて城から各有力貴族とやりとりをするための魔道具が置かれている場所だ。王都に住む公爵家と侯爵家、それから地方を治めている辺境伯達に連絡が取れるようになっている。

 通信の仕方は簡単だ。通信玉に魔力をこめるだけでいい。しかも通信玉つうしんぎょくにはそれぞれ家の名が記されているので、通信室にいる人間を全員のしてもまったく問題ない。

 呼びかけを二度三度と繰り返していると返信があった。


『こちらセジウィック家当主サディアスです。王城のガドー、あなたはもしやイズナ殿ですか? 東国に出向いているとばかり……。あ、ご婚約おめでとうございます』

「ハイドーモ。ちょっといろいろありまして。内密に一時帰国したらちょうど城に参上しろって封書をもらっちゃいまして」

『あっ。もうこの時点で怖いですね。通信を切ってもいいですか?』

「第二王子が気持ち悪すぎて殴り飛ばした。反逆するの手伝って」

『うわあああああ。本っ当無能だなあの馬鹿共! 西国を滅ぼしたいのか?! イヅチ殿を怒らせたら西国なんてお手軽に火の海だぞ?!』

「ウンウンワカッテラッシャルー。幸い兄さんは東国でまだこのことを知らないので、二、三日中になんとかすれば希望はあります」

『はああ。王とか肩こり胃痛の元でしかないんですけれど……。しょうない、やりますよ。家族を路頭に迷わせるのは御免ですから。通信室そちらから二ーリー家とウィルビー家に連絡を取ってもらえますか。うちから至急魔法騎士ハワードを向かわせますので、到着次第王城の制圧をお願いします』

「了解。王城の包囲はお願いします。鼠に逃げられると面倒ですから」

『わかっていますよ。それではご武運を』

「そちらも」


 さすがセジウィック家のご当主は話が早かった。ニーリー家とウィルビー家も素早く対応してくれた。他の魔法騎士が来るまで通信室で待機しかやることがない。ハワードおじいちゃんはすぐ来るだろうけれど。何もやることがないと余計なことを考えてしまう。

 とにかくボクは王族の愚行を兄さんに知られて西国が壊滅しないようにしなくちゃいけない。

 それ以外は考えなくて良い。少なくとも今は。そういうことにしておく。

 よく知った魔力が城に近付いてきた。おじいちゃん達だ。

 吐きそうになったため息を飲みこむ。

 突発的な下剋上なんて面倒でしかないけれど、仕方ない。東西の平和を考えれば良かったのかもしれない。

 王族ブタ共には永く続く東西の平和のためにいしずえになってもらおう。いやあ尊い犠牲だった。

 王城の門を内側から開くために通信室を後にした。

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