第21話
「なんでお前が来るんだか」
「婚約者を放っておく訳にもいくまい」
「あっそう」
暗闇の中炎に照らされると幽霊か何かと間違えるくらいに白い。ウケる。笑えるか。
「――姉上が心配をしていた」
「ふうん」
薪を足す。
帰る気がないと理解したらしいヤツが適当な倒木に腰を下ろした。帰れよ。
「お前を連れ帰ると言って出て来たのだから俺だけで帰る訳もないだろう」
「あっそう」
「飲むか?」
ヤツが投げてよこしたのは酒だった。味は飲みなれた西国のだったので、兄さんの入れ知恵だろう。
半分以上飲んだところで投げ返した。さすがに全部飲むほど意地汚くはない。
ヤツはわずかに困惑した様子で眉を寄せ、一口だけ飲んだ。
「――キッッツいな」
「そうか?」
ヤツはすぐに酒瓶を投げて返してきた。
なんだ。いらないなら全部もらおう。
干し肉を齧ってちびちびとやる。うまい。冷酒もいいけど、熱燗が飲みたくなったので、魔術で熱した。うまい。辛いから干し肉にあう。
残り少ない酒を楽しんでいると、羨まし気な視線とかち合う。嫌々ながらも酒瓶を持ち上げ、いるのかと示してもヤツは首を振るだけだった。
飲みに来たわけでもないなら何の用だ。無いならさっさと帰れと感情のままに喚き散らかしたかったが、酒以外の用があるからわざわざ来て留まっているんだろう。そしてそれを片付けるまで帰らない。そういうヤツだ。
ああ、嫌だな。
戦争で敵を片付けるのとは別の気の進まなさだ。できるなら見たくない。聞きたくない。知らないフリをしていたい。自分の内にそういうものがあることを認めたくない。そういう
ここまできたらそういう訳にもいかないのだろうけれど。
ヤツと二人でレイ家を運営していかなければならないのだから、仕方ないと言えば仕方がない。仕方ないが、やっぱり気持ちは別物だ。
互いに見て見ぬフリをして家を運営していくという道もあっただろうに。夫婦間に隠し事はしないのを善しとするのか。バカみたいに真面目だな。それで本当に平穏が続けばいいだろうな。
律儀にボクが飲み終わるのをヤツは待っていた。ボクはといえばいい感じに酔いが回ってきていたので、さっさと木の上ででも寝てしまいたかった。
「――お前は」
「なに」
「お前は、美しいな」
「……は?」
焚火が燃えるたびにパチパチと鳴る。
なんだ、こいつ。あの一口で酔ったのか? よっっっわ。
「いや、間違えた」
「そーだろうとも」
「炎に照らされるお前の横顔を美しいと思ったのは本心だが、今言いたかったのはそちらではない」
「はあ? 大丈夫じゃないな? 水飲め」
「問題はないが」
などと口では言いつつ、ヤツは魔術で水を生成して飲んだ。やっぱり酔ってるじゃねーか。
「で、だ。お前が美しいのはさておき」
さておくな。しかしここを突っ込むと話が進まなそうなので黙っておく。
「お前は弟達が殺されたことに未だ
意識して呼吸を整える。こいつに無様を晒すなど冗談じゃない。
「実際は蟠りとは異なるものだろう。憤りか、恨みか、それ以外のものなのかは俺にはわからん。だが、俺とてレスリー達が受けた仕打ちを許せるかと問われれば首を横に振る」
そうだろうな、と空になった酒瓶を親指で撫でる。惜しい。ボクも酒くらい持ってくればよかった。
「――ただ、あれはどういしょうもなかった事だ。戦争で命じられたゆえに戦い、殺し、殺された。それだけのことだったというには
お前にも平穏に、心安らかな日々を過ごしてもらいたいと思っている。戦は終わった。死者は戻らない。
――どんなに懐かしく思っても」
そんなのは言われるまでもなくわかっている。
死者を生き返らせる
別に蘇りの
父も、父の兄弟達も、父の父も、その兄弟達も戦場で死んだ。生きているうちに和平が成ったボクらは運が良かった。それを喜ぶべきなのだ。
「そんな事はわかってる。どんなに辛く思っても悲しんでもイタビもイスカも戻って来やしない。わかってるよ、そんな事は。お前に言われなくたってわかってる!」
苛立ちに任せて投げつけた酒瓶はたいした音も立てずに割れた。あいつの顔はちっとも崩れやしない。それがさらに腹立たしかった。苛々する。
肩を上下させてまで、息を乱してまで、主張する事じゃなかった。不幸比べなんてごめんだ。
「すまない。八つ当たりだ」
大きく呼吸する。肺に空気を取り込む。冷静になれ。
「――お前が」
暗闇に水の一滴でも落としたような声だった。
奴が水魔術を使って瓶の破片を拾い集めた。
「お前が誰より理性的で冷静で私情を捨てられる人間だと知っている」
集めた破片を水で凍らせて元通りの酒瓶を形作る。器用なことで。どうせ朝になれば溶けて崩れるだろうに。よくやる。
「でなければ俺はとっくの昔にお前を殺せていた」
「お褒めの言葉をどーも」
凍らせた酒瓶を足元に置いて、ヤツは言葉を続ける。耳を塞げたらどんなに良いだろう。
「
「そうかもね。お前がもっと短気短慮の塊だったらボクこそお前を殺せてたさ」
「だろうな」
そう薄く笑って、ヤツは薪を火の中へ放り込んだ。火はあっという間に木を舐めて、赤々とした色に変えていく。
「兄と離れたらお前はいつ泣くのだろう、と思った」
「兄さんがいたって泣きませんけどお?」
こいつ、人をなんだと思ってるんだ。
「そうか。それなら尚更だな」
ひたり、とヤツの眼がボクに向けられた。
ぶ厚く凍った氷が割れ目からのぞかせる色とよく似ていた。真冬に積もった雪の青白さとよく似ていた。
「俺はお前が泣ける場所になりたい」
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