第19話

「そうかそうか! ルーシャンがイズナ嬢を娶るならばなんの心配もいらないな! いや天晴天晴、それならば安心だな!

 では会場に戻るとするか。はっはっは。むしろ二人の邪魔をした様ですまなかったな!」


 などと宣いながら東国王は上機嫌で去って行った。脛を盛大にぶつけてもんどり打って倒れて転がればいい。

 ボクはといえば、救護室で休む気分なぞではなくなったので外の空気を吸いに出た。

 東国王城の中庭はそれなりに趣のある、落ち着いた作りになっていた。代々王族やってきたくせ、成金趣味に走っている西国王城とはえらい違いだ。

 見上げる夜空はやっぱりきれいだった。ムカつく。


「――最善の手だと思うが」

「ハゲろ」


 こいつに言われるまでもなくわかりきっている事だ。

 兄さんとルースが結婚して最強の魔法騎士の二人が西国にいるようになれば、それを自分の力だと勘違いした豚は性懲りもなく戦を仕掛けるだろう。それを防ぐには多大な労力がかかる。

 兄さんの妹であるボクが東国に嫁ぐいくのが一番お手軽な平和への道で、ボクを制御する相手はレイ家が一番安全だ。

 ルースがガドー家うちに嫁ぐとわかってから、考えてはいた事だ。一族総出で西国を出奔しない限りは一番いい方法だろう。

 また血みどろの戦争を起こさない様、西国と東国の天秤を傾けないためにはそれが最良だ。わかっている。わかっては、いる。


「けどそれを実行に移せるかっつったらまた別問題だ!」

「そうか」


 そうだろうな、とやつは訳知り顔で肯いた様だった。


「ついてくんな!」

「そういう訳にもいくまい」

「ハゲろ!」

「禿げない」


 大股に、けれどドレスは汚さない様に細心の注意を払って庭を進む。


「お前馬鹿だろ、この大馬鹿野郎。東国王あいつにあんな事言ってもう訂正きかねえぞ。解消もできねえ、両家の不仲を疑われるからな。何を考えてやがる、切れ者じゃなかったのかよ卑劣殿」


 やつは黙ってボクの後をついてきた。


「兄さん達の様に上手くいくとでも思ってるのか? お目出たいな。それともお前より弱いボクなら簡単に御せるとでも? ハッ、舐められたモンだな」


 足の向くまま歩いていれば、月光蓮華の咲き乱れる場所に出た。

 月の光を受けた月光蓮華が風に揺れる。

 きれいな場所だった。どうしようもないくらい、きれいな場所だった。

 なのに思い出す。似ても似つかない場所なのに、あの雨の降りしきる戦場を思い出す。


 イタビとイスカが死んだ日と同じ様な雨の中、レイ家の子ども達が水溜まりに倒れ込んでいた。レイ家当主の後ろにいた子ども二人だ。

 幸か不幸か意識はない。あちこちに傷を作っているらしく、水溜まりにも薄っすら赤い色が溶け出していた。

 刃を握っていた手に力がこもる。

 首を掻き切ろうと子どもに近付く。胸が上下し、息がある事を示していた。

 かすかな呻き声が聞こえる。吐き気がした。

 今まで幾度となく敵に止めを刺してきたくせ、今更躊躇するのか。死んだ弟二人と年恰好が似ているからといって。

 殺せ。殺さなくては。

 だって、イタビもイスカも殺されたのだから、こいつらだって殺されるべきだ。殺したっていいはずだ。殺すべきなのだ。二人の仇を取るためにも。

 逡巡している間にも時間は刻一刻と迫ってきている。早くしなければ東国の奴らが来る。

 刃を持つ手が震えて、狙いが定まらない。

 深呼吸をする。

 人体の解剖図を脳裏に浮かべる。

 魔力を生成し、魔力回路に魔力を送る役目を果たす魔力炉は、人間の場合心臓だ。

 心臓を突こうとして、けれどできずに、ボクは刃をしまい、代わりに別の暗器を取り出した。

 小さく、細い、医療用に使われる事の多い、針の様な暗器を、倒れ伏す子ども達の身体のところどころに刺して回り、魔術回路を破壊した。

 魔術回路を破壊された痛みからだろう、子ども達の呻き声が大きくなっている。もうすぐ覚醒するのかもしれなかった。


「……ごめん」


 イタビとイスカに謝って、その場を離れる事しかできなかった。

 魔術がつかえなくなったのだから死んだのと同じだと言い訳をして。


 月光蓮華から視線を外す。やつはやはり物静かなつらでボクを見ていた。


「――泣いているかと思った」

「誰が泣くか」


 なんでお前がそんな顔するんだよ。澄ましてりゃきれいな面なんだからそのままでいればいいものを。


「――そこまで嫌ならば、別の案を考えてみるが」

「なら最初から戯言抜かすんじゃねえ」

「戯言ではない。お前となら婚姻を結んでも構わないと思ったから――いや、この言い方は適当ではないな。俺は――」

「黙れ」


 やつの言葉の先がどんなものかなんて、考えたくもない。何を考えているのか、考える必要もない。


「お前がボクとの婚姻に利益を見出しているのはわかった。ボクも最善だとは思う。ムカつくけど。

 でも当主にいさんに相談もせず決める訳にはいかない。この話はここで終わりだ。別の案とやらを煮詰めておけ」

「――お前は何をそんなに恐れているんだ?」


 やつの言葉を無視してきびすを返した。


「待て」


 隣を通りすがるときに腕を掴まれそうになった。危ねえ。避けてやったがな!


「その装いかっこうでその身のこなしはどうかと思う」

「うっさい」

「待たないのなら歩きながら話すが」

「聞く耳ねえよ」

「なら屋敷に着いてから話す」

「話さなくていいっつってんだろ」

「いや。お前とは話し合わなくてはならない」


 会場近くになって、並んできたやつに肩を抱かれた。魔術まで使ってやる事か。


「その礼装かっこうでその身のこなしはどうかと思う」

「婚約者をエスコートせずに会場入りさせるわけにはいかないのでな」

「あっそう」


 その夜の舞踏会は何事もなく終わった。

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