第18話

「ホンット最悪だよね! ハゲろ!」

「禿げない」


 体調不良を言い訳に会場を抜け出したボクは救護所に向かっていた。

 マルコム・シェパードと訳の分からん言いあいを始めたかと思えば言うに事かいて人の事を婚約者だァ?! ふざけるのも大概にしろ!

 ここが城じゃなかったら最大攻撃魔術をブッ放してたよね!


「了承を得なかった事については謝る。だが、他にシェパードを迅速にあしらう方法が思いつかなくてな」


 ぜっっったい他にも方法あったよね! めんどくさがりやがって!


「お前の体調があまり良くない様子だったからな。話を素早く切り上げたかった」

「……ハゲろ」

「禿げない」


 ボクはいつまでも人の腰に回している奴の無礼な手を思いきり抓って外させた。


「いつまでも触ってなじゃねー、このスケベ野郎」

「――心外だな。せめて救護所までは病人を労わった方が良いと判断したまでだ」

「ハイハイ」


 原因は何にせよ、気分がすこぶる悪かったのは間違いないので、しばらく休む事には賛成だけど。でもそれならこいつのムカつくすまし顔が見えない方が治りが早いと思うんだよね。


「ボク一人の方が回復が捗るから戻んなよ」

「パートナーを置いて会場に戻ったとなればいらん勘繰りをされるからな」

「あっそう」


 ボクに今必要なのは救護所に行く事じゃなく、外の空気を吸って頭を冷やす事じゃないだろうか。こいつをぶん殴らないように。



「やあ、良い夜だね」

「…………どうも」


 開けた救護所の扉を勢いよく閉めてそのまま周り右したくなった。

 なんで東国王がここにいるんだ。


「これは国王陛下。ご機嫌麗しく。パーティーの主催がこのような場所にいらっしゃるのは感心できかねますな。どうぞ早急にお戻りを」

「大丈夫大丈夫。影武者をおいてきたから。ちょっとイズナ殿に相談したい事があってね。会場を出て行く君達を見て慌てて追いかけてきたのさ」


 大丈夫じゃないだろう。

 随分軽薄な王だな。油断はできないけど。

 あの豚王とは比べ物にならない知性が目に宿っている。まあ、あのヒトモドキと比べれば大抵の人間は賢いんだが。


わたくしへの相談との事ですが、ガドー家当主である兄を通していただきたく存じます」

「ああ、そういう堅苦しいのはいいよ。ここには私個人のお願いをしに来ただけだから。君のお兄さんに言うと殺されそうだし。国は……ちょっとは関係あるけど、嫌だったら断っていいよ」

「はあ。それならお言葉に甘えて。で、そのお願いっていうのはなんです?」


 隣の仏頂面の眉間の皺皺が増えたが、知った事か。

 対照的に東国王は子どものように表情を輝かせた。顔はいいな。兄さんには負けるけど。


「話が早くて助かるよ! いやあ実はね、君の結婚相手の事なんだけど」

「はあ」

「どうかな、東国うちにお嫁に来ない?」

「はあ。嫌ですけど」

「あ、やっぱり?」


 ボクの返答は予想していたらしい。怒るでも落胆するでもなく、引き続き人のよさそうに見える笑みを湛えている。

 なるほど、兄さんが効けば怒り狂うかもしれない内容だ。


「だってさ、このままだと西国王君調子に乗りそうなんだもん」


 もん。この人いくつだ。


「東西合わせた最強魔法騎士の一位と二位が自国にいるんだよ? 絶対に調子に乗るでしょ?」

「あー。乗るでしょうね、あのおうは」

「でしょー?」


 東国王は肩をすくめた。


「目先の私欲にしか目を向けない御仁だからね。おまけに次代にも期待できないし」

「わかる」

「私が生まれる前から戦争やってるし、もう疲れちゃって」

「わかる」

「戦中でも平和でも問題は山と出てくるけど、どうせなら平和な問題で頭を悩ませたいじゃん?」

「わかる」


 じゃん。目元に小皺があるのになあ。

 東国王と肯きあう。

 隣の男は不敬だ、というような目でボクを見下ろしている。


「という訳で、改めてどうかな。私の息子、けっこういい子だよ。ルーシャン殿には負けるけど顔もいいし、ルーシャン殿には負けるけど魔力もあるほうだし、ルーシャン殿には負けるけどけっこう強いし。

 第二夫人くらいなら社交に出なくていいし、跡継ぎを急かされたりもしないし、気楽だよ?」

「好条件ですね」


 聞けば聞くほど美味しい話でしかなくて、かなり怪しい。何を企んでるだ、この王様。


「もしくはレイ家とガドー家で新しく国を興すかだけど、その時は東国うちとの同盟を是非」

「国を興すのは面倒なんで遠慮しておきますね」

「そう?」


 やはりセジウィック家が革命でも起こしてくれないものか。もしくは事故か病気で西国王族が死に絶えたりしないだろうか。あの子猫ちゃん、もう少し放っておけばよかったかな。

 子猫悪魔のきれいな土下座を思い出し、無理だなあ、と頭を振った。


「陛下。おふざけになるのはそこまでにしてください」

「はっはっはっ。ルーシャンはいつでも真面目だな」


 たぶん東国王がふざけすぎているだけだろう。臣下であるやつの眉間には更に深い皺が刻まれた。

 もしやこいつ、普段からこの王に振り回されているんじゃないのか。はははは、ザマーミロカワイソーに

 ふいに東国王が真顔になった。

 へえ。やっぱり豚とは違うや。賢王っぽさが全面に出てきてる。

 西国を出たら聖獣様の森に居候させてもらえないものか。あそこなら豚も東国王もおいそれと手を出さないだろうし。

 ……出さないよな?

 聖獣様のところに逃げこむのは最後の手段にしよう。

 だとしたら、やっぱり東国王に恩を売っておいたほうが得策か?

 しかし王族と縁続きとか面倒になる予感しかしない。

 かといって、本家の女はボクだけだし。ガドー家から王族に見合うを出すってのもなー。こんなんが義父とかかわいそうにも程が。

 いったん兄さんに話を持ち帰ろう、と決めて口を開こうとすると、邪魔が入った。ハゲろ。


「せっかくの申し出ではござますが、彼女には既に婚約者がおりますので」

「ほう。だがそれは西国の者だろう? 残念だが破棄してもらうしかないだろう」


 平和の為だからな、と為政者は笑った。

 うーん、殴りたい。嫌だったら断ってもいいって言ったのはどの口だ?


「御心配には及びません。婚約者は私ですので」


 よし。まずはこいつを殴ろう。

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