第16話

 兄さん達の結婚披露を兼ねた舞踏会は無事に開催された。

 特に目立った嫌がらせや妨害もなく始まり、終わろうとしている。

 何もなくてよかったよね、本当。

 けどこれってボクが出席しなくてもよかったよね? 兄さん達だけでよかったよね?

 あー、めんどーい。兄さん達が注目を集めてる間に情報収集したーい。


「するなよ」

「さすがにしないよ」


 動きにくいし。

 会場に入ってからずーっと張り付かれてるのでするヒマもなかった。


「動き易かったらしてたのか」

「人の考えを読むなよ」


 今夜何杯目かのワインを飲み干す。

 さすが東国。良いワインだった。

 せっかくの美味しいタダ酒を飲まない手はない。やつはグラスを持ってはいるが、口をつけようとしなかった。

 もったいないな、美味しいのに。


「あ、すごいなあの人。下心見え見えでルースに近付いてく。自殺志願者かよ」


 酔っ払いは命知らずすぎる。

 幸いにも不慣れな人への対応に懸命な兄さんはまだ気付いていないが、それもあと数秒の事だろう。

 隣にいた男は地を這うような溜息をつき、歩き出した。


「ここにいろ。動くなよ」

「わーってるよ」


 ああいう前後不覚になった酔っ払いは男女関係なく絡むものなので、ボクが行って絡まれても兄さんが怒って会場をクレーターに変えてしまうかもしれないので、おとなしくしておくに限る。

 酔っ払いは会場外へ連行されていった。

 兄さんは少し気分を害したようで、眉間に皺を寄せ、更にルースを抱き寄せた。

 ヒューヒュー。熱々だよねー。

 やっぱり美味しい生ハムやチーズをつまみつつ、ワインを飲む。うん、美味しい。

 おばさんに持って帰りたい。


「よい飲みっぷりですね。私も貴女の隣で参加させていただいても?」


 知らんがな。勝手に飲んでろ。

 と、言ってやりたいが騒ぎになるのはまずいので、とりあえず肯いておいた。場所変えよっかなー。


「ありがとうございます。……美人と飲む酒はまた格別だ、とても美味しいです」

「はあ」


 げえ。

 顔を上げて目に入ったのは見覚えのある騎士の顔だった。

 ドンパチやってる戦の真っ最中に何かと絡んできたやつだ。そこそこ力量のある奴なんだろうけど、名前は知らない。

 魔力量はそこそこ、魔術の威力だってあったのに、馬で空を飛べないようで魔法騎士ではなかった。

 こいつに見つかると騒がれて、しつこく追われて、挙句卑劣殿達に見つかるという最悪の状況になる事が多かった。

 幾度か殺そうと魔術をぶっ放したり、切りかかったりしたけれど、防御力が異様に高いんだ、コイツ。固い外皮を持つ地竜ですらもう少し簡単に殺せると思う。

 まあつまり、ボクはこいつが嫌いなんだよね。今すぐ回れ右して帰りたい。

 会いたくないなあと思ってたやつに話しかけれらるとか、運がなさすぎだよね?


「失礼しました。私はマルコム・シェパードと申します。貴女の名前を伺っても?」


 ……?

 黒目黒髪といえばガドー一族だと思ってたんだけど、実はそんなに浸透してなかった? 西国では常識なんだけど、東国ではそんなでもなかったのか。もしくはお礼参りの相手を確定させたいとかか?

 ここは名乗るべきだろうか。名乗るべきなんだろうな。でも知り合いになりたくないな~~~。


「ほほほほ。名乗るほどの者ではありませんわ。失礼致します~~」


 扇子で顔を隠しつつ、距離をさりげな~く取っていく。

 暗にてめえと顔見知りになるなんざ真っ平御免なんだよ、と言ったつもりなのだが、脳ミソ丸ごと筋肉っぽいこいつに伝わるかどうか。


「そんな事はありませんぞ。夜空に輝く星のように美しい貴女の名を私は是非とも知りたい!」


 ほっとけって言ってんだよこっちはよ~~~。大声出すんじゃねえ目立っちまうだろうが。


「すみません気分が少々悪くなってきましたのでこれで失礼させていただきます」

「なんと。それは一大事! ささっ、どうぞおつかまりください!」


 失礼させろってつってんだよこっちはあ~~。二回目なんですけど~~? 耳詰まってのか~~?

 この脳筋話をちっとも聞きやがらね~~~。

 仕方ない。会場を出たら気絶させよう。最大出力ならいけるだろ。

 一般の淑女相手なら間違いなく痣ができるであろう力でこっちの腕を握る脳筋に引きずられていく。

 笑顔での対応もいい加減疲れた。こいつぜったい嫁さんもらえねーわ。


 会場の隅、もう少しで出口というところまで来てボクは盛大にため息を吐いた。

 いや、遅いよね? 来るならもっと早くか、会場の外にしてくれ。


「失礼ですがシェパード殿、どちらへ? その女性は私のパートナーなのですが」


 常にないやつの顔に盛大に舌打ちをしたくなったが、堪える。

 どこに政敵がいるのかわからないこの場所でこいつが感情を露わにするなんて、珍しいにも程がある。

 普段であれば指をさして大笑いしてやるところだが、ここではダメだろう。

 こいつに弱みがあると思われることは、ルースに付け入るための隙があると宣伝しているようなものだ。

 けれどボクの心配は無駄だったようだ。

 奴の表情はすぐに戻った。真冬の凍った泉のような無表情に。

 まったく、誰かに見られてないだろうな。ルースになにかあったら兄さんがヤバイんだぞ。すぐに人の顔色を読んでくるくせ、読まれてんじゃねー。


「ルーシャン殿、いや、貴殿の知り合いだったとは露知らず。その、こちらのご婦人にご気分が優れぬと言われたので休める場所にご案内しようと……!」

「ああ、救護室ですか。貴殿はよく世話になっていると聞き及んでいます」

「ははは、面目の立たぬことではありますが……」


 おまえよく怪我するもんな、と言われて脳筋は頭を掻いて苦笑いした。

 その隙に緩んだ手から腕を抜けば、今度は腰に手を回された。

 ただし、相手はいけすかない卑怯卑劣殿だった。放せや。

 しかしここで騒ぎ立てる訳にはいかない。脳筋が大声を立ててくださりやがったおかげで、周囲に注目されまくっているので。

 任務中でなければこいつらに暗器を投げつけていたよね!!!

 ああああ兄さんにも見られてるううあああ……いっそころせ。

 そうだ、これは仕事これは仕事……。鍛え抜かれたボクの表情筋よ、がんばれ!!

 ボクが表情筋を鼓舞している間にヤツと脳筋が何かを話していたけれど、無視だ無視。

 ボクは何も見てない聞いてない!

 だから気のせいだ。全部、気のせいだ。

 口の中がカラカラに乾いているのはワインを飲めばいい。

 腰にまわったあいつの手はこれを乗り切ったらすぐ外せばいい、

 大丈夫だ。何でもない。気のせいだ。

 ヤツが焦ってたのはレイ家の客人であるガドー家が心配だからだ。親類になるんだから無視はできないだろう。

 だから焦っていたのだ。腰に回されたヤツの手が熱く感じるのもそのせいだ。急に動くからだ。

 もしくはワインを飲み過ぎたかだ。

 だから違う。絶対に、大丈夫だ。

 やはりワインを飲み過ぎたらしい。未熟にも呼吸を乱し始めたボクの肩をヤツが抱いた。


「救護室へはパートナーである私が連れていきましょう。それでは失礼します」

「あ、ああ。良い夜を」

「貴殿も」


 脳筋と離れられたのはいけど、今度はこいつと一緒か。チッ。

 自分市場最高に飲み過ぎたらしい。胸が苦しいような気がして、胸元を掴む。

 痛みはちっとも引いてくれなかった。

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