第15話

 戦闘能力を考えればルースを他国に流出させるなんてとんでもない話だ。普通なら国王は許可しないだろう。

 しかし東国王は許可を出した。出さざるを得なかった。

 想像してほしい。

 自分の目の前にルースとその弟、その後ろには満身創痍のレイ一族がいる光景を。

 そして満面の笑みを湛えたルースが言う訳だ。


「西国のイヅチ・ガドーと結婚することに決めた! それ故許可を戴きたい!」


 こんなことを言われたら慌てるに決まってる。なんといっても世界最強の魔法騎士が他国に嫁ごうってんだから。

 王様はいろいろな考えを巡らせて、でもそんなものはおくびにも出さずに冷静に問うわけだ。


「うしろの者達はどうしたのだ? 怪我をしているようだが……」

「心配はご無用! ワタクシが結婚を報告した際に不躾にも求婚してきた者達だ。結婚の邪魔をしようとしてきたのでな、少しばかり叩き潰してしまっただけだ!」


 ズタボロの求婚者達を見て、少しの意味を考えるよね。辞書を引きたいくらいだったろう。


「それで、結婚の許可をいただきたいのだが!」

「ああうん。あげるよもちろん」

「さすが東国王わがきみ! 話がわかる!」


 というようなやりとりを経て結婚の許可をもぎとったルースな訳だけど。

 出さなきゃお前もボロ雑巾の仲間入りだぞって言われてるようなもんなのに、断れる訳ないよね。


「雪崩よりひどい。全てを押し流してるよね」

「まあ一族の者達を引き連れて行くよう進言したのは俺なのだが」

「汚い。さすが卑劣殿、汚い」

「国が亡ぶよりマシだ」

「そうだろうけども」


 どうせフラれて心身共にズタボロにされた求婚者達について行くよう脅しいったのもこいつなんだろう。

 人の恋路を邪魔しようとした自業自得とはいえ哀れではある。

 これからのことを思うと二人して頭痛が痛い顔で頭を抱えた。


***


 ボクはあの夜を思い出して深くため息をついた。

 ドレスのフィッティング中に動いてしまったので、ちょっと針子さんに恨みがましい視線を向けられてしまった。申し訳ない。

 え? なんでまたドレスを作ってるのかって?

 前回作ったドレスを使う訳ないと思って置いてきちゃったのと、ルースに


「この間のドレスの礼だ、ぜひ作らせてほしい!」


 って溢れんばかりの笑顔で言われちゃったからだよねー!

 ウルハシィ達に連絡すればドレスを取り寄せることができるけど、あの笑顔の前では言い出すことなんかできなかったよね……。はあ……。

 王族に嫁入りしたいか? なんて聞かれたってまっぴらごめんとしか言い様がないけど、だからってどうしてあいつのパートナーを務めなきゃいけないんだ。


パートナーにならないこうでもしなければ結婚話を打診されるぞ」


 って言われてもさあ。

 王族と結婚それ もヤだけど、パートナーこっちもヤなんだよね!


「ドレス持ってくればよかった……」

 体を動かさないよう独りごちる。後の祭りだけど。

 軍服は持ってきてたんだけど、戦争の名残を見せるなとか、レイ家がガトー家を懐柔可能だと思わせておけ、とかさー!

 逆だったら喜んでやってやったよね!

 兄さんはルースの尻にしかれるかもしれないけど、ボクはお前の言う事なんか聞きゃしないぞ!


 百面相するボクを見て見ぬふりして、針子は作業を手早く進めていった。


 兄さん達の正式な結婚披露も兼ねた舞踏会まであと一週間。ドレスはもうほぼ完成している。

 やはり西国の流行とは違うが。ボクの注文通り華美な意匠ではなくルースと比べれば地味に見えるものだ。

 よくよく見るとレイ家の紋とか入ってる気がするけど、気のせいだよね! 気のせいってことにしとく! ボクは何も見てない! 壁の花に徹してやる! ボクと違って兄さんとルースは派手だからできるできるやってやる!

 兄さん達は動き易ければどんな服装でも構わないようだ。かなり豪華な装いになっていたが、動きに支障がないと確認したらそれだけだった。

 そりゃ動き易さは重要だろうけどさ、当主業で注目されるのは慣れてるからかな。戦場以外では人目に鈍感な二人がうらやましい。

 ………もしかしたらお互いの事意外どうでもいいだけかもしれないけど。


 フィッティングは滞りなく終わった。

 時間に余裕があればこんなに穏やかに終わるものなんだなあ………。

 おばさんには慰労を込めてお土産をたくさん持って帰ろう。


「お疲れさまでした」

「ありがとう」


 弟君その二……ロニーがお茶を淹れてくれた。できた弟君だ。

 ルースがあれで、兄があれだから気を使えるようになったのかもしれない。ほわほわにこにこと茶を飲むさまは大変可愛らしい。

 これで仕事もできるってんだから今後を考えたら本当にうちに欲しい。冗談むりだけど。


「イズナさん。砂糖はいりますか?」

「大丈夫だよ、ありがとう」


 ボクは茶をすすった。努めて顔を作る。

 目の前のレイ家こどもに悟られてはいけない。きつく蓋を閉めたはずの胸の奥底から、どろりと溢れそうになるものがあるなんてことは。


「あまり甘いのは好きじゃないですね。兄さんと同じだ」

「はは、そうなんだ」 


 弟達は死んだのにレイ家こいつらは生きている。

 レイ家こいつらを許していいはずがない。許される訳がない。


「また西国むこうの料理を教えて下さい。イズナさんの料理はどれも美味しいから楽しみです」

「そう言ってもらえると嬉しいな。君は素直だし、飲み込みが早いからこっちも教え甲斐があるよ」

「イズナさんは姉上より姉上っぽいですね。姉様とよんでもいいですか?」

「ははは、ルースに悪いから遠慮しておくよ」


 弟達はボクの指示が間違ってたから死んだ。ボクが間違えたから死んだ。そんなボクが許されていい訳がない。幸せになっていいはずがない。

 イタビ。イスカ。

 兄さん達のことは許してやって。幸せを祈ってやって。ボクはぜったいにお前たちを忘れたりなんかしないから。


「残念です。でも姉上とイヅチさんが結婚すれば義兄弟になる訳ですし、そうなったら呼んでもいいですか?」

「あー………うん、いいよ。弟が増えるってちょっと不思議な感じだな」

「そうですね。姉さんが増えるって不思議です」


 雨に打たれ、血だまりに沈む弟達を幻視する。

 大丈夫。忘れてないよ。


 鍛えた表情筋は良い仕事をしている様だ。ロニーには不振がられることはなくお茶休憩は終わった。

 微妙に肩がこった。良い子なんだけどなあ。

 ロニーはずっとあいつの話をしていた。

 あいつがいかにルースを助けている有能な弟だとか、そんなんばっかり。あいつの好物とか無駄な知識が増えてしまった。

 弟君、兄貴大好きかよ。仲良いな。どうせなら弱点も教えてほしかったよね、ハン。


「なんか用か、卑怯卑劣殿」

「出会い頭に罵倒するな」

「なら気配を消して背後から近付くなよ」

「――ああ、そうか。それはすまなかった。癖になっていてな。

 ――どうした」

「お前、謝れたんだ」

「失礼だな」

「いや、うん。それは認める」

「――――」


 奴がなんとも言えない顔をした。おそらくボクも同じような顔をしているだろう。

 謝ったほうが良いのはわかってるけど、こいつに謝るのはヤなんだよね。でも謝らないのも負けたみたいでヤなんだよね。ぐぬう。


「…………………ボクも悪かったよ」


 めちゃくちゃぽそっと、蚊の鳴く声より小さかっただろうに、奴には聞こえたようだ。

 どんな耳してんだよ。


「気にするな。お互い様だ」


 そう言った奴の口角は薄っすら上がっていた。

 むかつく。

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