第14話
夕飯を作りたがるルースの相手を任されたボクは、お土産のケーキをいっしょにつまみつつ、世間話をしていた。
ルースの側を珍しく離れた兄さんは、何やらあいつに話があるらしく、いっしょに厨房で夕飯を作っている。
何を話しているんだろう。
兄さんの事だから、
スチュアートと別れたのはもうすでに陽が傾いていた頃だった。
このままではルースが張り切って厨房に入りかねなかったので、ボクらは急いで馬車ごと時空間魔術で転移するハメになった。
魔力を消費しまくるし、時空酔いになるしで、ボクはあんまり転移は好きじゃない。悔しいけど、時空間魔術はあいつの得意分野だ。
案の定、時空酔いでまともに歩けなくなったボクはルースの相手を頼まれた訳だ。
弟君達は馬の世話やら、買ってきた物の整理やらをしてくれている。
まったく。余裕を持って昼を食べたらすぐ街を発とうと思ってたのに。あいつが余計な事を言ってくれたお陰で予定が狂ったんだよね。
だから時空間魔術を使わなくちゃいけなくなったんだから、ボクの時空酔いはだいたいやつの所為だ。
やつのせいなのに、抱き上げられて運ばれて、それを兄さん達に見られるという辱めを受けるとか、納得できないよね。ハゲろ。
「美味いのう。イズナはもう食べんのか?」
「うん。一口ずつで十分だよ。夕飯があるし」
ルースは買ってきたケーキの大半を胃袋に収めているけど、それでもまだ夕飯がはいるらしい。すごいよね。
兄さんと同じく甘いものはそこまで得意じゃないし、ルースみたいに胃袋が大きい訳でもないので、夕飯前はこれくらいで本当に充分なんだよね。
幸せそうにケーキを頬張るルースを見ながら、借りた死霊の読み込みを再開させる。
「美味いのう……美味いのう……」
忘れてはいないらしい。
資料をちらちらと見ながらケーキをちびちびと食べている。
現実逃避をしてもほんの山は消えないよね。がんばれルース。
***
兄さんとあいつの作った料理は意外とまとも、且つ美味しかった。
兄さんは見た目によらずそこそこ器用だけど、あいつもそうだったらしい。
ボクは夕飯前にいろいろ食べてしまったので量を少なくしてもらい、早々に食べ終わり食後のお茶をもらっている。
ケーキのたいはんを胃に収めてもまだ山盛りの夕飯を食べられるルースと、胃袋はふつーより少し大きいくらいの兄さんが、うまくやっていけるのか今さら心配になってきた。
どこかで、食生活があわない人間と暮らすのはしんどいって聞いた気がする。毎日のことだし、当たり前だよね。
ルースの好きな茶葉くらいは仕入れよう。万が一、ルースに逃げられたら兄さんに次はないよね!
それにしてもレイ家は皆大食らいらしい。ルースよりは少ないけど、やつも、弟君達もすごく食べてる。胸焼けしそうだよね。
「食後の散歩してきます」
「ああ。気を付けろよ」
「うむ! 庭の外は危ないからな、出てはいかんぞ」
「はーい」
敷地内であれば自由に歩いて良いという事だろう。
弟君達に手を振って、ボクは食卓を離れた。
東国でも見上げる星空は変わらない。
聖獣様のいる方角に祈りを捧げた。
このまま兄さんとルースが無事結婚できますように。
明日からは、東国の礼儀作法を頭に入れて、レイ家の敵対勢力を確認して、ルースにダンスを教えて、舞踏会を待てばいいんだよね。らくしょーらくしょー。
……そのはず、なんだよね。
庭に設えられていた木の長椅子に腰掛ける。
東国王は西国王より頭がいいし、レイ家の力も兄さんの恐ろしさもわかってるはずだ。
それなのに、なんだろう。
この、ザワザワと落ち着かない感じ。
胸騒ぎ……とは違う、生まれて初めての感覚に落ち着かない。
溜息を吐いて袖内から取り出した暗器を投げた。
小さな両刃のそれは、丈夫で軽く、切れ味も良い。毎日手入れしてるからね。
なのにあいつは難なく受け止めやがった。しかも片手。ハゲろ。
魔力を欠片も流してなかったとはいえ、あそこまで軽々と止められるのは腹立たしいよね。ハゲろ。
「人に向かって刃物をいきなり投げるな。危ないだろう」
「はいはいすいませんでしたー。気配もなく忍び寄ってこられたんでつい投げましたー」
「――手を出せ」
厚手の布で暗器その一からその四を受け取って、元通り袖内に戻した。今日は念入りに手入れしよう。
「何か用?」
「――ああ」
「あっそう」
うわー。めちゃくちゃ嫌な予感がする。
「ボクには無いから部屋に戻るよ」
「――待て」
長椅子から立ち上がって立ち去ろうとしたボクは腕を掴まれ、長椅子に引き戻された。
「……放せ」
「――話があると言っているだろう」
「ボクには無い」
「俺にはある。
――姉上達の事だ」
「………あっそう」
やつの手を振り払って長椅子に座りなおした。
兄さん達の話なら仕方ない。聞いてやらんこともない。
「姉上が王太子への輿入れを打診された、というのは話しただろう」
「断ったんだよね」
「ああ。しかし、それで諦めたとは限らん。良くも悪くも賢しい方なのでな」
「小賢しいとか狡賢い方か。面倒そう」
「――否定はできんな。だが先王よりはるかに先見のある方だ」
「ふうん」
そういえば東国王は少し前に代変わりをしたんだっけ。
表向きは老齢が理由って事になってるけど、違うんだろうな。
詳しくは情報が入って来なかったけど、未確認情報は息子の現王に脅し取られたというのが一番多かった。
現王は、聖獣様の出現に合わせてジン族に休戦協定の準備をした人だから、まあ頭は良いんだろう。
ガドー一族が総出で根回ししまくってやっと協定を結ぶ気になったもんなあ、あの
次代にも期待できないし。あ、もしかして西国終わってる?
「えーと、東国王は正妃が一人、側妃は無し。二人いる王太子のどっちにも正妃、側妃共に無し。王女は婚約者候補の一人に西国の王太子が上がってる」
あの豚二世のどちらかに嫁がなくてはならないかもしれない、とか王女様かわいそうすぎるよね。
「ああ。輿入れを断ったのでな。婚姻許可証を盾に取られて、恐らく他の面倒事を依頼されると思う」
うーん面倒くさそう。
「だから気をつけろ」
「わかってるよ。万が一ルースもなんかあったら国が滅ぶ」
国が滅ぶだけならまだいい。いやよくないけど。
兄さんが本気になったら世界を滅ぼせる。止められるのはたぶん、ルースだけだ。
何が何でもルースだけは守らなきゃ、と拳を握っているボクに、やつは呆れたような溜息をついた。
「――お前だ」
「? なんでボク?」
「お前が王太子妃に、と言われる可能性があるという事だ」
ボクは夜空を仰いだ。
少し雲が出てきたけど、それでも細く白い月はきれいに輝いていた。
「マジか」
「マジだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます