第12話

 ああ嫌だな。こんな事言いたくなかった。

 どんな正論を吐いたところでこの子にとってボクは親の仇だ。人殺しでしかないし、ガドー家は怨敵だし、納得なんてできやしないだろう。

 誰に何と言われようと結局自分で落としどころを見つけるしかないんだ。


「君が僕を憎いと思う気持ちはよくわかるよ。誰だって大切な家族を殺されたら殺したやつが憎いものだよね。

 でもさあ、本当に申し訳ないんだけどさあ、堪えてもらえないかなあ。

 ボクは君に殺されてあげる訳にはいかないし、そんな事になったらまた戦争が起きかねないよ? 戦争が始まったら大勢の人が死ぬよ? 君みたいな人間がさらに増えるよ? それでもいいの?」


 少年はぐっと唇を噛み締めた。

 卑怯な言い方をした自覚はある。けど、事実だ。

 たしかまだ十五にもなってないはずなのに、そんな事など知った事かと叫び出さないだけこの子はひどく大人だ。ラドフォード卿は良い教育者だったみたいだ。


「ボクに何を言われたところで君にはなんの慰めにもならないけどさ、君のお父さんはすごい人だったよ。ありきたりな事しか言えなくて悪いね」


 ラドフォード卿は優秀な人だった。だから暗殺命令が下ったんだけど。優秀すぎるのも考え物という事だろう。

 ボクが彼にできる事は何もない。姿を消して二度と彼の前に現れないようにするくらいだ。

 だからボクは踵を返して通りに向かって歩き出した。


「じゃ、行くね。元気でやりなよ」


 ヒラヒラ手を振って通りに出ようとしたところで以外にも返事があった。


 ぐぎゅるうううう。


 腹の音だったけど。

 知らないふりをするべきかとも思ったけど、腹を空かせている子どもを放っておく訳にもいかない。

 そーっと少年を振り返ると顔を真っ赤にして腹を押さえていた。


「えーっと、よければオススメの食堂を教えてもらえるとありがたいんだけど。お腹減ってきちゃって。報酬は弾むからお願いできないかな」

「…………しかたねえから教えてやるよ」


 そろそろと差し出してみた塩は受け取ってもらえたようだ。ボクなんかからの施しなんて受けたくないだろうに、少年は本当に大人だな。


「……なんだよ」

「いや別に。お腹減ったなって。その店美味しいんだろうね?」

「へっ。うますぎてほっぺた落っことすなよ」

「わあ楽しみ」


 ラドフォード卿は本当に良い教育してたんだな。


***


 少年に案内された食堂はこの街では珍しく修繕が終わっていた。

 造りもしっかりしていて店構えもたいそう立派だ。きっとご両親が生きていた頃によく来ていた場所なのだろう。

 人の奢りでこんな高級そうな店を選ぶってイイ性格してるな。


「あ、待って。さすがにそのかっこうだと店の人に迷惑がかかるから、ちょっと目と口を閉じて鼻を摘まんどいて」

「はあ? なにいっ……がぶぉッ!!」


 ちょちょいと洗浄の魔術をかければほーらきれい。

 ボクは兄さんやルース達と違って水属性を持っていない。だから洗浄魔術を使うには水属性の魔力をこめた何がしかの触媒が必要になる。

 水属性の魔力が空になった魔石をしまう。また兄さんに充填してもらわなくちゃ。

 鼻と気管に水が入ったらしい少年が睨み上げてくる。なんだ、小綺麗にしとけばそれなりに美少年じゃないか。


「さあ身なりも整った事だし行こうか」

「げほっ、テッメェ……いきなりすぎるだろ。くっそ、高いの選んでやる……」

「あはは、これは覚悟しておいたほうがよさそうだ」


 幸い懐には余裕がある。フルコースでもなんでも頼むといいよ。

 いかにも高級料理店ですといった礼儀正しい従業員に案内された席は窓際で、外の景色がよく見える場所だった。正直、そこまで身なりのいい二人組には上等すぎる席だ。

 ちらっとだけ少年に痛ましそうな視線を送っていたのでたぶん、少年の事を知っているんだろう。

 少年はといえばそんな視線には気付かず、身なりから想像するよりずっと洗練された態度で注文していた。

 ボクが少年くらいの頃ってどんなのだったっけな。

 ………思い出すのはやめよう。

 ボクはフルコースを頼むほどにお腹が減ってはいなかったので、少年オススメのデザートを頼んだ。

 宣言通り店で一番高いフルコースを頼んだ少年はもりもりと食事を平らげていった。それでも上品に見えるんだからすごい。

 ほどよい甘さのアップルパイをつつきながらそんな少年を眺めていた。


「………なんだよ」

「なにが?」

「さっきからずっとおれのこと見てるじゃねえか」

「……そうだった? ごめん。

 君の食べ方が弟達と違ってきれいだから見ちゃってたかも」

「………あっそ」


 少年はまた食事に戻る。あの子達も生きてたらこんなふうに上品に食べられるようになってたのかな。……うーん、無理だよね! じっとしてるのは大の苦手だったし、体を動かすのが大好きだったし。

 まあ御役目には一生懸命な子達だったから言われればしぶしぶ修めただろうけど。


「そいつらっていくつなんだよ」

「生きてたら十五と十四だよ。でもきっと生きてたとしても君より上品に食べるのは無理かなあ」


 なんでだか少年が食事の手を止めた。美味しそうな魚料理なのに。

 ああ、ごめんごめん。食事の席で死んだ人間の話なんてするもんじゃなかったね。


「ところで君はデザートの追加は頼まないの? 胃袋に余裕があるなら頼んでおきなよ」

「……うん」


 食欲の落ち着いてしまった少年はそれでも背筋を丸める事無くデザートを三種類頼んだ。

 うわ、どれも美味しそう。一口食べたい。

 とはいえそこまで甘いものが得意という訳でもないので少年が食べる様子を再び眺める。お持ち帰りとかないかな。


「デザート各種がそこまで美味しそうとか聞いてない。お持ち帰りとかできる?」

「できないことはないけど賞味期限は今日中だし、兄ちゃん空間魔術使えるのかよ」

「使えるよ。でも今日中か……。そっかー。そっかー……」


 兄さんもそこまで甘いものは食べないしな。

 ルースはどうだろ。おおぐらい……健啖家だから大丈夫だよね。

 メニューとにらめっこしていたら弱りきった従業員の声が聞こえてきた。


「困りますお客様。どうぞ席にお戻りください」

「ええい、うるさいぞ。ワタシを誰だと思っている。西国から貴様ら無能を日夜守ってやっていたのだぞ!」


 どっかどっかと騒がしい足音が近付いてきた。

 メニューから顔を上げるとでっぷり肥え太った豚がテーブルのすぐ側にふんぞり返って少年を見下ろしていた。

 わあすごい。最近の豚は服を着て二足歩行ができるんだ。知らなかったなあ。


「これはこれはスチュアート様ではありませんか、お久しぶりですなあ。しばらく見ないうちに随分とお痩せになられた。お母様は元気ですかな? ああ、御夫君を亡くされたご心痛故に後を追われるように亡くなったのでしたか。これはこれは配慮が足りずに申し訳ありませんでしたな」


 なんとこの豚、流暢に人間の言葉まで喋りだしたぞ。どっかの狂魔術師マッドウィザートがオークでも魔改造したのかな? それとも凄腕死霊術師ネクロマンサーが豚と人間の屍体をかけあわせたのかな? 縫い目も見えないし相当腕の良い術師の仕業だね、こりゃ。

 とまあ冗談はこの辺にしておこう。

 この豚に見間違えてもおかしくないぜい肉の持ち主の名はデール・プロバード。

 ラドフォード卿の後釜に座った男だ。

 こいつのおかげで西国の被害が随分減った。すばらしき無能だ。個人的には感謝してやってもいい。

 けどもう停戦した訳だし、周囲の迷惑にしかならなくなった無能は害悪だから引退してもらったほうがいいよね。その辺はハゲタカ様に報告しておけばどうとでもしてくれるだろう。

 よし、決めた。


「すみませーん、マカロンとミルフィーユとチーズケーキとロールケーキとそれから梨のタルト、うーん、アップルパイも頼んじゃおう。アップルパイを一切れずつお持ち帰りでお願いしまーす」

「いやそれデザート全部じゃん。もうデザート全部くださいって言えよ」

「え、さすがにそれは恥ずかしくない?」

「どんな恥じらいだよ」


 延々と汚泥の様な戯言を垂れ流していた豚の口がぽかんと開く。

 おかげで雑音が消えたけど、今度はじわじわっと顔が赤らんで今にも噴火しそうな顔色になった。

 その口から罵詈雑言が吐き出されるであろう事は火を見るよりも明らかだったので、誤魔化すためにもボクは豚に笑いかけてみた。


「お話を遮ってしまってしまってすみません、プロバード様。お顔が赤いですね、お酒をお召しになられすぎたのでは? 日夜街の平和のために粉骨砕身していらっしゃるという事ですからお疲れなのですね、どうぞご自愛ください」


 つらつらっとお世辞を並べてみたけど効果はあったみたいだ。上辺だけの言葉で満足してくれるなんてなんとまあ扱い易い御仁だ。

 噴火寸前からニマニマとした気持ち悪い笑みを湛え始めた豚面はあんまり見たいものじゃないな。今更だけど豚に失礼だよね。

 豚はキレイ好きだし、円らでかわいい目をしてるもん。こんな醜悪じゃないよね。


「ワタシがどういう地位にあるのか正確に理解してくれる者に出会えて嬉しく思いますよ、美しい方。どうです、そんな子どもではなくワタクシの席に……」


 げえ。こいつ目と頭が腐ってるな。

 肩に手を置かれそうになったので避けて魔術で昏倒させた。痛そうな音を立ててたけど、たんこぶつくるくらいで済むよね。


「ウワー、コノ人メチャメチャ酔ッテタミタイダネー。君モ大人ニナッタラ飲ミスギナイヨウニネー」


 少年はジト目でボクを見ていた。

 ついでに窓の外からやつもボクを見ていた。


「用があるなら伝書飛ばしなよ」


 やつは疲れた様子で首を振った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る