第11話

 ルース家から一番近い町は馬を飛ばして一時間も行けばすぐに到着した。

 イズナは馬を預けて見慣れない街並みをルーシャンと共に歩く。

 戦場近くであったわりにそこそこ大きなこの街は修繕中の家屋が多く見られた。加えて、誰も彼もが包帯を巻いていたり杖をついていたが、修理をしている職人達や街行く人達の表情は明るい。

 イズナはそれらを見ても今更胸を痛めたりはしなかった。

 戦争をしていたのだから仕方がない。お互い様だ。生きているのであれば良い方だとすら思う。

 復興が進んでいるのなら何よりだ。心からそう思う。


 もともと、自分達が破壊工作を行った街だけれど。



***


 いくら停戦中で、もうすぐ講和がなされると言ってもガドー家の者ですと丸わかりの容姿で歩くのは憚られたので、魔術で髪と瞳の色を変えた。どこにでもいるような茶髪と緑の目だ。

 やつもレイ家の人間だと露見すると騒ぎになるので同じような色合いにしていた。

 そのせいか行く先々で兄弟と間違われたよね。

 こんなやつと兄弟なんて冗談でも勘弁してほしいよね。兄さんはこいつより断然よく笑うし! ……笑顔が怖いって言われるけど。


「あらあ、アーネストじゃない。歩けるようになったの? 良かったわねえ!」

「おう。まだ杖が要るがな。家の下敷きになった時はもうダメかと思ったぜ」

「ルース様とルーシャン様が西国の連中を追い払ってくれたおかげで助け出されたんもの、感謝しなくっちゃねえ。というわけでこのリンゴお供え物にどお? 安くしとくわよお」

「ガハハ。あいかわらず商魂逞しいばあさんだな! じゃあ一個もらってくぜ」

「ケチくさいね、十個くらい買ってきなよ」

「バカ言うない。こちとら無職だぞ、ケガが治るまでツケといてくれや」

「バカ言ってんのはアンタだろ!」


 ガハハ、アハハと笑いあう人達。仲が良いみたいでヨカッタヨカッタ。


「――大丈夫か」

「ああうん大丈夫、まだ持てるよ。次は何を買うの」

「――」


 仏頂面が微妙に歪んだ。

 こんな事もあるんだ。いつも澄ました顔してるくせに。なーんでそんな顔するんだか。

 見たくなかったから目を逸らした。

 この市場も活気があるよね。出店もたくさん、人もたくさん。みんな楽しそう。大勢の人が笑ってる。

 あの髪飾りキレーだなー。ルースに似合いそー。

 帰ったら兄さんに入れ知恵しとこう。ボクが買っていっても喜んでくれるだろうけど、兄さんにもらったほうが嬉しいだろうから。


「――少し休むか」

「りょーかいりょーかい」


 やっぱり修繕中の食堂のテラス席を選んであいつが座ったので、ボクもそれに倣う。

 ちょっと早めの昼食を頼んで、それを食べ終えて、食後のお茶が提供されてもやつは喋らなかった。

 ボクも黙っていた。喋るとヤブヘビになりそうなんだよね。できればこのまま恙なく買い出しを終えたい。

 しかし、卑怯卑劣のハゲタカ様はそんな気は無いらしい。だから嫌われるんだよ。


「先程はすまなかった。みな停戦が嬉しいのだと思う」

「別にお前に謝られる事じゃない。気にしてないし、戦争が終わるかもしれないだから嬉しくて当然だろ」


 言って、茶を飲む。ちょっと薄かった。でも行軍中の泥水に比べればずっとマシだ。


「――だが」

「東国でレイ家が英雄視されるのも、西国が敵国なのも当たり前の事だろ。何をそんなに取り乱してるんだ。落ち着けよ」


 お前はいつだって冷静だったろう、と視線で問う。

 あいつは押し黙った。

 そうそう。そのまま黙っててくれ。

 いろいろ仕方がなかったんだ。どうしようもなかったんだ。お前が謝る必要なんてないし、ボクだって謝らない。

 あれは戦争で、国に仕えているボクらには他の選択肢なんてなかったんだから。

 まったく。なんで今更どうしようもない過去の事を蒸し返そうとしたんだか。今のままで兄さん達は十分幸せそうなんだから、それでいいじゃないか。

 このままここにいたくなかったので、ぐいぐいと茶を飲み干して席を立った。


「ちょと市場のほうを見てくる。用があれば伝書を飛ばしてくれ」

「――ああ」


 別に買い物だけならあいつだけでよかったんだ。

 わざわざボクまで連れ出したのは何かしら理由があるからだろうとは思ってたけど、まさか、こんな事をほじくり返すためじゃないだろうな。

 だとしたら、……だとしたら。おとなしくついて来るんじゃなかった。ついて来なければよかった。

 鬱々とした気分で出店を冷かす。

 人を簡単にこんな気分にさせられるってすごいよね。さすがハゲタカさんだ。

 こっちの舞踏会が終わるまでまだ何日もあるのに、どうして持ち出すかな。明日からどうしよう。

 ……別に気にしなくたっていいか。あいつは腹の立つやつだけど、頭はいいら。


「おっとごめんよ」

「こっちこそごめんな兄ちゃん!」


 歩いていたら少年とぶつかってしまった。少年はそのまま走り去っていく。

 うーん。いちおう注意しておくか。

 人混みをするする避けて走っていく小リスのような後ろ姿を追う。なかなかすばしっこいな。

 薄暗い路地に入り込んだとろこでその肩に手をかけた。


「ちょっといいかな。おやつを返してほしいんだけど」

「な、なんのことだよ、兄ちゃん!」


 見事に目を泳がせた少年の腕を捻りあげて、兄さん達のお土産に買ったクッキーの入った包みを取り返す。


「ダメだよ、こういう事しちゃ。相手がボクだったから良かったけど、他の人だったら殴られても文句言えないよ」

「うるせー! ちゃんとぼんくらそうなの選んでるに決まってるだろ! 兄ちゃんがボケっと歩いてるから教えてやったんだよ!」

「ああそう。それならいいけど」


 人懐っこそうだった表情はどこへやら、生意気さが全面に押し出されている。


「人の事をボンクラ呼ばわりは止めたほうがいいよ」


 選んでるならいいか。兄さん達のお土産も取り戻せたし、小リス、じゃなかった、少年の腕を解放した。


「じゃ、ボクは行くね。路地裏なんて物騒なとこにいないで君もさっさと帰ったほうがいいよ」

「……家なんてねえよ。西国のやつらに壊された」


 少年は俯いて絞り出すように言った。生意気そうな表情も隠れて見えない。もしかしたら泣いてるのかもしれなかった。

 よくよく見れば少年の服装はお世辞にもきれいだと言えるようなものではなかった。ちょっと無神経だったな。


「ああそうなんだ。ごめん」

「……軽いな兄ちゃん」

「深刻になっても意味のない事ってあるだろ。ボクが同情したところで君の家が元通りになる訳でもないし」

「そりゃそうだけどよお。……兄ちゃんて変なやつだな」

「それはどうも?」


 褒められたんだか、けなされたんだか。少年の気分が上向いたようだし、どっちでもいいか。

 ちょっとばかり笑った少年と今度こそ別れようとしたら、路地裏の奥から染み出る様にゴロツキが湧いて出た。

 停戦して就職先の無くなった傭兵崩れってところかな。とっとと冒険者ギルドに登録して冒険者にでもなればいいのに。体のあちこちにケガをしてるからそれも難しいんだろうけど。


「おうおう、兄ちゃん達ちょうどよかった、オレらに酒代を恵んでくれやあ。酒が切れちまってよォ」

「おめェが飲みすぎるからだろォ」

「違ェねェや」


 ギャハハハと下品に笑うゴロツキ共に怯えたらしい少年が後ずさりしてきた。ホラ、路地裏なんて入るもんじゃないだろ。何が要るかわかったもんじゃないよね。


「よォく見りゃキレイなツラァしてんじゃねェか、どうよついでに酌でもしでぐぶぇッ!!」

「なにしやぎゃッ!!」

「お、おたずげゃッ!!」


 あんまりにも見るに堪えないし、聞くにも堪えなかったので早々に夢の中へ退場していただいた。

 靴が汚れてしまったのでもちろん魔術で洗浄する。


「さ、面倒にならない内に行こうか、少年。……少年?」


 路地裏を抜けて通りに出ようと少年を振り返ると、少年は目を見開いてボクを見ていた。

 驚愕の表情からそれは憤怒に染まっていく。


「おまえ……、おまえは……! あの時の……!!」


 あの時がどの時かはわからないけど、だいたい予想はつく。

 ゴロツキをのしただけで正体がばれるとは思わなかった。仕事を見られていたとも思わなかった。

 この子はたぶんボクが前に行った破壊活動を見ていたんだろう。夜中でしかも嵐だったのによく見えたな。


「よくも、よくも父さんを……!」


 少年の取り出したナイフを取り上げる。うわ、錆びだらけだ。

 父さん、か。それならきっとこの子はこの街の司令塔だったラドフォード卿の息子だ。


「申し訳ないけど戦争だったんで諦めてくれない? 君には悪いとは思うけど、ボクらは命令されたならやらないと。

 こっちも君のお父さんにはたくさん殺されてるから君みたいに恨み骨髄って子も珍しくないけどさ、だからってその恨みをお好きに晴らしてくださいなんて言えないだろ? そんな事ばっかりしてたから戦争が終わんなかったんだから。

 ボクだって思うところはあるけどさ、せっかく聖獣様が収めてくださったんだからさあ」

「うるさい! そんなこと知るか! おまえになにがわかるんだよ!!

 父さんは街を守ってたすごいひとなんだ! それなのに、それなのに……! か、母さんだって、父さんが死んで、どんどん元気がなくなって……! ぜんぶおまえらのせいだ! なのに、なんでおまえらは生きてるんだよ!

 ルース様はガドーの死神に嫁ぐってうわさだし、おまえらがルース様になんかしたんだろ! でなきゃあんなに強くて西国のやつらを殺しまくってたルース様がおれたちを裏切るわけないんだ!!」


 ルースを道具……いや、これは兵器扱いか。そういうの止めてくれないかなあ。ルースが喜々として人殺しをしてたとでも言いたいの?

 戦場での二人を見てなきゃ思い至りもしないだろうけど、あの二人はさ、きっとずっと我慢してきたんだと思うよ。今にして思えばってやつだけど。

 だって、あの二人はお互いの事しか見てなかった。他には見向きもしてなかったんだ。


「あのさあ、ボクの事はどんなに悪し様に罵ろうったって構わないよ。慣れてるし。恨むなとも言わない。

 だけどルースの事を裏切者呼ばわりとか止めてくれる? ルースは君達に都合の良い道具でも兵器でもないただの人間だ。ルース・レイはちゃんと自分の意志でイヅチ・ガドーに嫁ぐんだよ」


 君だって何もわかっちゃいないじゃないか。

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