第10話

 西国王から結婚許可証が発行され、いよいよ兄さん達の結婚が現実味を帯びてきた。

 ここだけの話、先に取得しておいて欲しかったけども。

 まあ仕方ないよね。 ぐずぐずしてたらボンクラとかがまた戦争を始めるかもしれないし。なるべくなら穏便に済ませたいよね、ウンウン。


「だからってなんでボクが東国に行かなきゃならないのさ!」

「姉上のためだ。ひいてはお前の兄のためでもある。こらえてくれ」


 舞踏会が終わって、エノーラさんに料金も払って、ようやくのんびりできると思ったら、今度は東国からレイ家に招待状が届いたとルースの弟さんたちから伝書が飛んできた。

 ご丁寧に兄さんを同行させるように、との事だ。助かるのはちゃんと準備期間が設けられているところか。

 兄さんはルースの婚約者だから当然なんだけどさ。でもだからってボクまで同行しなくてもよくない?

 東国むこうには優秀なルースの弟が二人も残っているわけだし? うちの屋敷が無人になっちゃうし? ボクは残っててもいいよね?

 って言ったらルースには


「イズナにもワシらの生まれた国を見て欲しいぞ!」


 って言われちゃうし、兄さんは


「お前を一人で残しておくわけにはいかん」


 って言うし。ボクもう子どもじゃないんだけど。

 やつは


「あの夫婦の面倒を俺一人にさせる気か」


 とか言ってくるし。

 できればやつ一人で世話してほしいんだけど、まあ無茶な話だよね。

 ルースは西国で英雄扱いだから言い寄るような大馬鹿が一人でもいたら兄さんが西国城を破壊し尽くすかもしれないし。

 仕方がないので屋敷はしばらく分家に任せて西国に行く事に決めた。

 ドレスはせっかくエノーラさん達が死ぬ気で仕立ててくれたものなので今回は新しく仕立てたりはしない。

 新しく仕立てたら仕立てたで東国との扱いの差がどうのこうのどっかのボンクラが文句を言ってきそうだし。

 ボクは軍服で出るし、今回は気楽でいいよね。

 準備期間を含めてひと月も向こうにいるのは兄さん達が何かやらかさないかちょっとばかり不安もあるけど、なんとかなると信じるしかないよね。何も起きませんように。


「じゃあ行ってくるね、三人とも」

「ハイ!」


 ウルハシィ、カムトケ、ユゲイが元気良く肯いた。ホラ兄さんも。


「留守を頼む」

「ハイ!」


 兄さんてばもう少し威圧感を減らしなよ。カムトケもユゲイも怯えてるよね。ウルハシィは気丈だなあ。

 馬に乗って空を飛ぶいく

 どんな弱い魔法騎士でもできる魔術だ。逆にどれだけ強くても馬と空を駆ける事ができなければ魔法騎士の称号を授与される事はない。

 ……あ。ヤな事を思い出しちゃったよね。

 そういえば東国の騎士にすっっっごくめんどくさい奴がいたっけ。

 卑怯卑劣ハゲタカさんと比べれば扱い易かったけど、ひたすらうっとおしかったよね。会わないよう祈っとこう。

 ……無理だよね~~。ぜったい舞踏会で会うよね~~。

 ぶっ飛ばさないように気をつけよ……。


***


 戦争中は東国に足を踏み入れるなんて考えた事もなかったよね。

 ルースのおかげで驚くほどあっさり入れたけど。

 レイ家の屋敷もうちと同じく国境近くにあるから当然か。関所も何もないもんね。

 聖獣様の住まう森が西国と東国を分断していなければがどちらかが滅んでいたのだろう。戦争を止めてくださった事といい、感謝してもしたりないよね。

 お供えのひとつやふたつくらいして祈りを捧げたかったけど、聖獣様は聖域に人を入れるのがお好きではない、と兄さん達に聞いたので、残念だったけどやめておいた。お礼位言いたかったな。


 レイ家はうちの屋敷より古くて大きかった。庭木もしっかり管理されてるし。

 三代前に西国に流れ着いたガドー家と違ってレイ家は初代東国王の時代から仕えてきた由緒正しい魔法騎士の家だもん、当然だよね。


「レスリー、ロニー、今帰ったぞー!」

「お帰りなさい姉上」

「無事でなによりです」


 自分の馬の手綱を放り出して、ルースが迎えに出てきていた少年達を抱きしめた。わしゃわしゃかいぐりかいぐりすごい可愛がりようだ。

 たぶん弟君たちなのだろう。二人とも利発そうな顔をしていた。


「ルースの弟って大変だよね」

「―――」


 姉の放り出した手綱を引いて、やつは無言で屋敷の裏手に歩いて行く。厩に行くのだろう。

 ボクは兄さんにちゃんと挨拶するように言ってその後ろをついていった。


 馬を繋いで客間に行くと弟君達に恐縮された。


「ご挨拶が遅れました。レスリー・レイと言います。どうぞお見知りおきを。

 すみません。客人であるイズナ様に雑用をさせてしまって」

「ロニー・レイと言います。

 次からはちゃんとお世話させてください」


 ルースによく似た素直な良い子達だ。年は十五と十四。かわいいよね。やつに似なくて良かったね。


「様なんて付けなくていいよ。ボクからすれば君達は弟みたいなものだし、人手が足りないなら親でも使えって言うしね」


 笑ってそう言ったらびっくりされた。


「気が使える……? 女の人なのに?!」

「姉上と口調が違う……? 女の人なのに?!」


 ここにもルースの被害者が……!

 ここにいるひと月で世間一般の女の人とルースは違う生き物も同然なんだと教えてあげなくちゃだよね。できるかな……。

 あとルースは気は使えるよね。空回る事の方が多いけど。

 死んだ弟達を思い出しながら弟君たちに構っていたらやつに止められた。


「未成年とはいえ男に軽々しく触るものではないだろう」


 品位を疑われるぞって言いたいわけ?

 これみよがしにため息つかれたけど殴らなかったボクはエライよね! こんなんでも弟君達の兄だもんね。ガマンガマン。

 というか人に触るなって言っておいてじゃあボクの腕を掴んでるお前の手はなんなんだと言ってやりたいよね。

 折る気? やめろ。お前の弟君達に手を出す気なんかまったくないよね! ただうちに連れて帰って兄さん達のサポート役にしたいだけだよね!


「ハイハイ。わかったから放してよね。

 それじゃ二人ともまた後で。夕飯楽しみにしてるね」

「ハイ!」

「がんばって作りますね!」


 めちゃくちゃ素直。かわいいよね。

 さて、ボクは何をしよう。

 兄さんはルースに連れられて屋敷の案内に行っちゃったし。荷物整理をしたらやる事ないよね。昼寝でもしてようか。


「……何か用?」

「――いや」


 用がないならなんでさっきからボクを見下ろしてくるのさ。ケンカ売ってんの? ……だから!お前の弟君達に手を出す気はないよね!!


「――そうだな、屋敷を案内しよう。お前がよければだが」


 別に不都合はない。

 滞在する場所の事はいくら知っておいても損はないよね。案内人がこいつだって事を除けばだけど。

 どうせなら弟君たちに案内して欲しいところだけど、夕飯の支度もあるだろうし仕方がないからこいつで妥協してやるよね。


「なら行くぞ」

「ハイハイ」


***


 中庭で当然の如くイチャイチャする兄さん達をスルーして案内は順調に終わった。

 部屋数は多かったけど特に変わったところはなかったし、隠し部屋になんかは案内されなかったので、そっちは滞在中にこっそり調べようと思う。

 夕飯まで本でも読んでるわ、とやつと別れて自分に割り当てられた部屋の扉を開けたボクをやつが引き留めた。


「――明日、一緒に街へ行かないか」

「いいけど、買い出し?」

「――まあそのようなものだ。

 では朝食を終えたら向かうのでそのつもりでいてくれ」

「りょーかいりょーかい」


 うちと同じで使用人のいない屋敷なので買い出しはやっぱり自分達で行くしかない。

 弟君達は戦争中に負った怪我が元で魔術が使えなくなってしまったので、ルース達がいない間は買い出しも大変だったろうな。

 弟君達がうちに来たら使用人を雇おうと決めたボクだった。

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