第9話
「ずびばぜん。調子に乗りました。ごめんなさい。許してください」
「謝んなくていいってば。そういうのはいいからさ、黒幕が誰だか教えてよ。国王を呪ってるのは誰?」
「で、ですから、我、いえワタクシが憑依していたこの女でゴザイマスデス、ハイ」
「はいはい。で、ジャニス嬢を操ってたのは?」
「エ、デ、デスカラ、ワタクシデス、ハイ」
「うーん。それだと君が黒幕って事になっちゃうけど、それでいいんだ?」
「ヒェッ。アッアノスミマセン、ゴメンナサイ、ユルシテクダサイ」
「だからそういうのはいいってば」
「スミマセンスミマセンスミマセン」
やたら震え続ける悪魔を尋問して事の経緯を聞き出した。
この悪魔は後宮のドロドロっとした空気に惹かれてやってきて、取り憑きやすそうなジャニス嬢を言葉巧みに篭絡した。
と、言えばかっこいんだけど、実際は二つ返事で憑依させてくれたらしい。どんだけ後宮生活に嫌気が差してたんだ。
それからジャニス嬢の意識はずーっと眠りっぱなし。そのジャニス嬢の魔力を少しずつもらい、さらに力を得やすくするために腕輪を手に入れた。悪魔通信販売でけっこう楽に手に入るらしい。
それなりに力を蓄えたら今度は後宮にいる人間からも魔力を得るようになり、後宮を掌握したあとは徐々に王の周囲を洗脳していく。王は毎晩後宮を訪れていたらしいので従者達も近衛たちもすぐに洗脳できたらしい。
そうなればあとは無防備な王を狙うだけだ。実に簡単だ。これならボクのひと蹴りで沈む下っ端悪魔でもできるよね。
終戦直後とはいえ、こうまでお手軽に国のトップ達が洗脳されるのはどうかと思う。
「本当にすみませんでした。おとなしく出ていきますのでどうか命だけはお助けください……。貴女様のように強いお方がいるとは知らなかったのです。お許しください、この通りです」
きれいな土下座をきめている悪魔には悪いが自業自得だよね。
「下調べが足りないんじゃない。この国にはボクより強い人が少なくとも三人はいるけど」
悪魔はたぶん顔を青くさせたんじゃないだろうか。ものすごい絶望顔だよね。皮ふの色が濃すぎてよくわからなかったけど。いっそうひどく震え出して、雨風にさらされた子猫みたいになっている。
やっぱり情報って大事だよね。
「まあボクの頼みを聞くっていうなら見逃してあげなくもない」
「何なりとお申し付けください!」
即答だったよね。
悪魔ってプライドが高い個体が多いと思ってたけど、そんなこともなかったよね。もみ手までしてる。
さて、さっさと国王に結婚証明書を書かせないと。
いちおうあいつにも伝えとくか。
ボクは風伝書を取り出した。
黒幕を押さえたので舞踏会場の外に集合……っと。
いちおう隠形術もかけとくか。これでよし。さあ飛んでけー。
子猫悪魔が感心した様な間抜けな声をだして伝書を見送った。
「すごい……。人間はいつの間にかここまで進歩していたのですね……」
いつの時代の話をしてるんだこいつ。調べが足りなさすぎない? 見た目よりそうとうなおじいちゃんだよね。
+++
「――お前は何をやっているんだ」
集合場所へ子猫悪魔を連れて行けば腹の立つ呆れ顔に迎えられた。
「何って、黒幕捕まえただけだよね。中ボスかと思って蹴り倒したら、まさかの黒幕だったってだけだよね」
なんでそこまで呆れられなくちゃなんないわけ?
「――何かあれば飛ばせと言っておいただろう」
「だから飛ばしたよね」
今度は疲れ果てたように顔を手で覆って
「こいつ下っ端だけど精神汚染と洗脳が使えるから証明書を書かせようと思ってつれてきた」
「――そうか」
「王子達のほうは?」
「―――」
そこでやつは言いよどんだ。口を真一文字に引き結ぶ。
もしかして手遅れだった? いやーそれはなんともごしゅーしょーさまだよねー。残念残念。惜しい人達を亡くしたよねー。
「死んでないぞ」
「露見が早まるので殺すのは最後です、ハイ」
あっそう。
冗談だよ冗談。王宮に参上するたび絡んできてウザイなとか思ってないよ。
母親似に生まれてよかったね、とは思ってる。中身は父親そっくりだけど。
「王子達のほうは軽度の精神汚染と衰弱だ。大した問題はない」
「へえヨカッタネ。
じゃあ気を取り直して国王を連れ出そうか。早くしないと舞踏会が終わっちゃうよね」
「――そうだな」
まだ
悪魔には待機を命じておいて、会場に足を踏み入れた。
うわあ、目がチカチカする。
光源なんか蝋燭くらいのものなのに暗闇が光に照らされている。
そう錯覚してしまうほど会場は煌びやかさが満ちていた。
いつものボサ髪じゃなく、きちんと梳かれて髪を整えられた兄さん。やっぱりすごくかっこいいよね。
超特急だったのによくぞここまでの衣装を作ってくれたよね、ありがとうエノーラさん。すっごく兄さんに似合ってる。
屋敷で泥のように眠っているであろうロドニー商会のみんなには特急料金以外のボーナスを出そう。
きっとボクの貯まっていった報奨金は今日のためにあったんだ。間違いない。
隣のルースも女神が裸足で逃げ出すくらいに神々しい。
純白のドレスがそれに拍車をかけている。とてもじゃないけどボクのとお揃いとは思えないよね。
ヨカッタ、ボクのドレス色だけでも黒にしてもらえて。あの女神と並べられたら蒸発する自信があるよね。
……もしかしてこれからあの二人の近付かなきゃいけないの?
え、いやだ。合図送るだけでいいよね? うん問題ない。
やつのほうもそれで納得したらしい。大勢に囲まれているあの二人に近付くには戦場にいる時並みの胆力が求められるよね。
兄さんもルースもうなずいて玉座に向かうボクらを見送ってくれた。
問題は近衛や従者に囲まれているボンクラをどうやって人目に付かせず連れ出すか、だけど……。
軽く認識阻害の術をばらまくだけで事足りた。
精神汚染されて洗脳されて思考能力がなくなってるんだから、こんなもんだよね。
会場の外で悪魔と合流し、ボンクラをキリキリと執務室まで追い立てて兄さんとルースの結婚証明書を発行させた。
「子猫ちゃん。せっかくだし空になるまでこいつの魔力持ってけば?」
「こねっ?! エ、ア、ハイ。ではお言葉に甘えまして……」
「ろくに魔力のない国王だけど」
「あ、本当だ。ハア……。
それではワタクシはこれでお暇させていただきます。ご迷惑をおかけしました」
「今度はちゃんと下調べしなよ」
「ハイ。それはもう肝に銘じます」
言うが早いか、悪魔はそそくさと姿を消した。
なかなか良い奴だったよね。悪魔にしては。
「悪魔に助言する奴がいるか」
「ここにいるよね」
白目むいてるボンクラの椅子を蹴り起こした。
悪魔の記憶操作で記憶を今日を含めた二、三日の記憶を消しておいたので、適当なあらましを教えておいた。
悪魔を退治した褒美に結婚証明書をいただきましたと言った時の顔は死にかけの豚そっくりだった。
……豚に失礼か。
西国王に兄と義姉を祝福してくださり光栄のいたりですとか、さすが西国王様お心が広くていらっしゃるとか為政者の鑑ですね、とか持ち上げたらすぐに上機嫌になるあたりチョロイ。
このままその上機嫌が続くといいよね。
再び会場に戻るとダンスの時間になっていた。
悪魔がいなくなったおかげで、少しばかり清浄になった会場のあちらこちらで男女が踊っている。
ルースはといえば持ち前の運動神経を発揮して、なんとも優雅に見えるダンスを披露していた。
ここ最近の苦労が報われた……っ! 良かった、基本だけでも覚えてくれて……っ!
会場の人間はにこやかに踊る兄さんとルースの顔面に釘付けだから、足元の踏むか踏まれるかの大戦争に気付いていないに違いない。
ルースが兄さんの足を踏みそうになれば兄さんが避け、逆に兄さんがルースの足を踏みそうになればルースが避ける。
卓越した運動能力と反射の成せる技だよね。
これからは兄さんの相手をしなくてもいいんだ……。ありがとう、がんばれルース。
「……なに」
「ダンスの腕前を見せてくれるのではなかったか?」
ボクの隣にいる男が口の端を片方だけ釣り上げ、ふてぶてしく笑いながらボクに手を差し出してきた。
ふん。何年ボクが兄さんの相手をしてきたと思ってるのさ。お前が転びそうになったってフォローできるよね。
しかし、兄さんより何倍もダンスの上手かったやつをフォローする事はなかった。
リードされっぱなしで腹が立ったので、ヒールでやつのつま先を踏ん付けてやろうとしたけど避けられた。くっそー!
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