第7話
王宮からの招待状はやっぱり舞踏会へのそれだった。
開催日は一週間後。ふざけんな。
くっそー。もうこれ他の家に間諜でも潜り込ませようかな。そしたら余計な気を回さなくても済むし。
でも人手が足りてないんだよね。どうしたもんか。
……護衛と称して王城にしのばせとくか? 考えとこ。
はあ。うちってなんでこんなに人手が足りないんだろ。少数精鋭にも程があるよね……。
だいたい戦争のせいだけど。
エノーラさんは舞踏会の開催日時を聞いて血管をはち切れさせんばかりに怒り狂ったあと、ボクに伝書を飛ばさせてロドニー商会から人と物を取り寄せた。
そして「あのクソハゲデブ王め、××××××××!!」などと不敬罪間違いなしの悪口雑言を呪詛のように吐き捨てながら、忙しく動き回っている。
怒り心頭すぎて顧客から得た情報を流してくれることになった。
ロドニー商会は西国王都で五本の指に入るくらいには腕の良い仕立て屋だから、お得意さんに貴族が多い。
その貴族からドレスの注文が増えたら舞踏会が開かれるかもしれない、という目安になるし、世間を知らない箱入りから情報を聞き出す事くらい朝飯前なのだそうだ。
ウワーコワーイ。
エノーラさんを敵に回すとかやっぱりあの王様ボンクラすぎだよね。
情報をもらうだけじゃ申し訳ないし、やりとりをスムーズにするためにもうちから一人見習いを出すことになった。
ある時は針子、しかしてその正体は、ってやつだ。分家に手先の器用な子がいたからその子を派遣しよう。戦闘にはぜんぜん向かない子だけど、魔術ができるから伝書を飛ばすくらいはできる。
「あああどうせならじっくり時間をかけて着飾りたかったのに可能な限り手を入れたいのにボンクラめ考えなしめ××××××××」
こちらも不敬罪待ったなしの恨み言をブツブツと呟きながら作業してるマーゴさんだ。コワイ。目が据わってる。
エノーラさんみたいな勢いはないけど、その分怒りの深さがとんでもない気がする。
エノーラさんは短気だけど、その分あと腐れはないんだよね。
このままいくとこの深くふかぁーく怒ってるマーゴさんがロドニー商会の後を継ぐわけでしょ。
ウワー……。そう遠くないうちにクーデターが怒ったりしてね、ハハハ。……笑えないよね。
本当に起こりそう。変な家が王族になりそうになったら逃げよう。国外逃亡なら
見た目に似合わず神経質で人見知りなところのある兄さんは他人が屋敷の中をうろついているのが落ち着かないんだろう。ひどく気が立っていた。
戦場よりはマシなんだけど、ボクたちのドレスを仕立ててくれてるんだからもう少しくらい愛想良くして欲しい。わりと切実に。
若い針子達の間で兄さんが怪談になっているのを知った妹の気持ちも考えて欲しいよね。
そんな兄さんに屋敷をうろつかれて更に怪談を増やす訳にも、これ以上針子達を怯えさせる訳にもいかないので、マナー違反には目をつむって四六時中ルースの側に引っ付いていてもらった。
ありがとう、ルース。今初めてルースが兄さんの嫁で良かったって心から思えたよ。
フツーの娘さんならあんなピリピリした兄さんには近付けもしないよね! 顔見ただけで卒倒するよね!
ボンクラ王のおかげで膨れ上がる予算やかかる手間に頭を痛めながら帳面とにらめっこしていると、目の下に濃い隈を作ったマーゴさんが部屋に飛び込んできた。
確か今はドレスの仕上げ作業中じゃなかったっけ?
「イズナ様! どうかどうか、ぜひ、ぜひとも! もう二着作らせてください!」
なんて?
舞踏会まであと二日ですよ? 今日を入れても三日ですよ? その今日だってもうすぐ終わりますよ? なのにドレスをあと二着? 正気か?
あ、正気な訳ないよね。
招待状が来てから毎日徹夜してるようなもんだもんね。仮眠しか取ってないもんね。光属性が扱える魔法騎士がいるおかげで夜の光源には困らないもんね。
魔法騎士でもない人間がそんな事を続けてたら気が触れるのも仕方ないよね。エノーラさんもマーゴさんを止めきれないくらい疲れてるんだろうな。
全部あのボンクラの所為だよね。
「マーゴさん、連日の作業で疲れているのはわかりましたけど、落ち着いてください。あと二日でドレスを二着は無理です。無茶です。
今作っているものを完成させてゆっくり休みましょう?」
「違いますううう! 違うんですうううう!」
年上とは思えない狼狽ぶりで縋り付かれた。泣きたいのはこっちなんですけど。なんでそんなに鬼気迫ってるんですか。
「イヅチ様とルーシャン様の軍服を拝見させていただきました。あれはあれで格好良いですし、お二人に似合ってますけど、今回のドレスを着たイズナ様とルース様の隣に並ぶと少しばかり違和感が……!」
「少しくらいなら良いじゃないですか。男物は女物より装飾が少ないとはいえ、大変な事に変わりはないんですから止めましょう?
えーーーと、ホラ予算にも限りがありますし、ね?」
「自腹でも良いですからああああ! むしろ払わせてくださいいいい! 完璧に仕上がった皆様を見られるのなら安いものですうううう!」
「マーゴさんが良くても他の針子達は大変なんですよ? それにエノーラさんの許可も得てないですよね?」
ぎくうっ! とマーゴさんが固まった。
案の定だよねー。
エノーラさんにもマーゴさんのような『美しいものを愛でたい欲』は少なからずあるけど、ちゃんと採算が取れるかどうかを考えている。自腹なんて絶対切らない。考えなしのマーゴさんとは違うのだ。
「マーゴさんが疲れているのは本当によくわかりましたから、少し寝ましょうか。寝れば頭がすっきりしますよ」
「う、うううううう」
大丈夫か、この人。子持ちにあるまじき事になってないか。あれか、これが話に聞く赤ちゃん返りというやつか。
泣き崩れたマーゴさんの背をさすっていると、しばらくして安らかな寝息が聞こえてきた。やっぱり疲れてたんだなあ……。
ボンクラは自分の都合で振り回される人達の事も考えろってってんだ。
ああ、そんな事ができたらボンクラ呼ばわりされたりしないか。だからボンクラなんだよあの肉塊は。
本当、夜逃げの準備だけはしておこう。うっかり堪忍袋の緒が切れてついついやっちゃうかもしれないし。
本格的に寝入ってしまったマーゴさんを横抱きにして、仮眠室となった客室に運ぶ。魔法騎士だからね、これくらいお茶の子さいさいだよね。
空き部屋だからけだった屋敷はそこそこ埋まっている。今も針子達のうちのいく人かが気絶するように眠っていることだろう。
「げえ」
「もう少し表情を取り繕ったらどうだ」
任務中なら当然取り繕いもしますけどお? アンタには今のボクが任務中にでも見えるんですかあ?
あんまりうるさくしてもマーゴさんが起きてしまうかもしれないので、睨むだけにしておいた。
やつは戸惑いがち? というか、遠慮がちかな。マーゴさんを運ぶかと言ってきた。
「いや、マーゴさん既婚者だし」
だからといって未婚者にしていいかと言ったらそんな事もない。衆目のある場所でそんな事したらあらぬ噂の的になる事間違いなしだ。
「――やめておいたほうが賢明だろうな」
わかってるなら言うなよと言ってやりたいところだけど、こいつなりに気を使ったんだろう。いちおうボクも女だし。大きなお世話だけど、気持ちは受け取っとくよ。
戦場ではわかりようもなかった事だけど、こいつは変なところ常識人だし、気を遣うやつなんだよね。
このいけ好かない男がただの卑怯卑劣冷酷冷血なだけじゃないやつってわかっただけでも、兄さん達の結婚には意味があったのかもしれない。
仮眠室にマーゴさんを寝かせて部屋を出ると、無表情の男が突っ立っていた。なんだろ。なにか話でもあるのか。
「――」
特にないんかーーい。
ボクに一瞥をくれただけで、やつはくるりと背を向けて歩き出した。
ボクがさっきまでいた作業部屋に向かってだ。……? なんのつもりだろ。やっぱり話でもあるのか?
しかしボクにはないので黙って歩く。やつも黙ったままだった。
ボクの作業部屋に着いてもやつは黙ったままだった。けど、何か言いたげだ。
他に聞かれたらマズイ話か?
なら仕方ないか。もう少し帳面とにらめっこしたら寝たかったんだけど。
「エノーラさーん。何かご用ですかー」
眠たいので手短にー、と言外に伝えたつもりだけど、伝わったかどうか。エノーラさんは伝わっていても自分の都合で無視するし。
曲がり角の向こう側から姿を現したエノーラさんはマーゴさん以上に隈が濃くて、ひどい顔をしていた。
いつもきっちりまとめている髪もとろこどころほつれてるし、これじゃ化け猫おばさんを超えて鬼ババアだ。イエ、ナニモ言ッテナイデス。
「ルーシャン……ちょいと面ァ貸しなァ……」
敬称が抜け落ちてる……だと……。
やばい。かつてないほどお疲れだ。これは強制的に眠らせたほうがいいかもしれない。
そう思って魔力を体に巡らせたら、泣く子も昇天しそうな目付きで睨まれた。
エノーラさんが若い頃は騎士でブイブイ言わせてたって言われたらボクは信じるぞ。
「余計な事ァするんじゃないよ。時間が無ェンだ、さっさとしな」
「ど、どうしたのさエノーラさん。もうボクらのドレスは完成間近なんでしょ? こいつは関係ないんじゃ」
「大アリだよ。今回仕立てたドレスを着たイズナとルースの隣に立つんならあの服じゃちょいと荷が重いのさァ。
ここまできたなら完ッ璧に仕立ててやらなくっちゃねェ……」
あのボンクラに吠え面かかせてやらあ! という気迫がまざまざと伝わってくる。よほど腹に据えかねているようだ。
「ええー……。いや、でもエノーラさん、予算がですね、ほらもうだいぶオーバーしてまして」
「エノーラ様を舐めンじゃないよ。アンタが貯め込んでンのは知ってるンだよイズナ。安心しな、足りなくてもある時払いの催促なしにしてやるよォ。
ホラさっさと来な。イヅチのほうは終わったからね、あとはアンタだけなのさァ、ルーシャン」
なんとボクが作業部屋に籠っている間にそんな事になっていたのか。ぜんぜん知らなかった。
言われてみれば夕飯の時の兄さんは心なしか元気がなかったような?
いつも通りルースにべったりだったから特に気にしなかったけど。
エノーラさんは本気だ。本気の目だ。逆らったら殺される目だ。
エノーラさんがここまで本気なら仕方ない。ボクはおとなしく帳面とにらめっこする作業に戻ろう。
ぶっちゃけ見世物が増えるのは喜ばしい。ぜひとも会場の視線を独り占めにして欲しいところだ。
ルース似の美貌とエノーラさんの服が合わさったら大丈夫、きっとできるよね。
「こうなったエノーラさんは誰にも止められないからがんばれ。話があるなら明日以降に聞くよ」
「――ああ」
どことなく哀愁を漂わせて、やつはおとなしくエノーラさんのあとについていった。
なんでか屠殺(とさつ)場につれて行かれる牛か豚が見えたような気もしたけど、きっと気のせいだよね。
できた礼服はボクが見てもわかるくらい素晴らしい出来だったけど、エノーラさんとマーゴさんを筆頭に、ロドニー商会の皆さんは生ける屍と化した。
今後、王族はひっそりとした嫌がらせを受けると思う。
ボクは分家にも夜逃げの準備をしておくように通知しておいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます