第6話

「せっかく終戦したってのにアンタっては。髪はバサバサ、肌の手入れもなっちゃいない。珍しくアンタからドレスの依頼があったと思やあ地味にしろだあ? ふざけんのも大概にしな。天下のエノーラ・ロドニー様がそんな注文を受けるとでも思ってんのかい? まーったく昔っから仕立て屋をなめてくれてるよ」

「………ハイ、スミマセン、ソノ通リデス」


 今のボクに許されているのは「はい」か「すみません」か「その通りです」の三つの言葉だ。

 それ以外はエノーラおばさんの説教が倍以上になって返ってくる。

 だからヤだったんだよ……。特急料金をふんだくられるのはいいけど、お説教は逃げられないんだよねえ……。採寸中とか、仮縫い中とか、ぜったい無理なんだよねえ……。

 逃げたら逃げたでさらに倍になるし……。

 ドレスの作り手がいくらすごい腕の持ち主ですごいドレスを作っても、着る人間がそれに見合わないのはダメだっていうのはわかるけどさ、それで恥をかくのはボクなんだし、ほっといてくれてもよくない? なんて言ったら今日中にドレスの本縫いまで進んでくれない。

 早ければ今月中に舞踏会が開かれるだろう事は確実なので、なるべく早く仕立ててもらうに越したことはないんだよね。

 王族が変な思惑を巡らせずに準備期間を設けて予め知らせてくれればこんな苦労をせずとも済むのに。

 セジウィック家あたりがクーデターでも起こしてぼんくら王と取って代わってくれないかなー。


「エノーラさーん。ボクの体は見慣れてるんだし、ルースのほうを見てきたら?」

「バカ言うんじゃないよ。アンタみたいなじゃじゃ馬を他に任せておける訳ないだろ。あっちは素材がべらぼうに良いんだ、マーゴに任せておくくらいで丁度良いんだよ」


 エノーラさん以外なら言いくるめて地味にできるのバレてるよねー……。


「マーゴさん、ようやくお客様の前に出られるようになったんですねー。ヨカッタヨカッタ。息子さん、十歳でしたっけー」

 マーゴさんはエノーラさんの三人の子どものうちで仕立てが一番上手いらしい。けど、お客の前に出せないと言って今まで名前しか聞いたことはなかった。

 エノーラさんは鼻を鳴らして待ち針をどんどん刺していく。おっと藪蛇だったか?


「まったく誰に似たんだか、腕は良いのに中身がてんで甘ちゃんで困ったモンだよ!」


 エノーラさんを手伝っている針子達がびくついた。


「顔の良い客にはからっきしだし、商売がわかっちゃいないんだよあのは!」


 うん、藪蛇だった。

 エノーラさんは鼻息荒く待ち針を刺していく。肉までさされないかドキドキもんなんだよねー。エノーラさんの腕前なら刺されないってわかってるけどさ。

 怒りに任せて鋏を振るっているように見えるけど、しっかりドレスになってくんだからすごいばあさんだよね。


「何か言ったかい」

「イイエナニモ」


 鬼に逆らっても良い事などひとつもないのでうんうんと肯いておく。エノーラさんの機嫌はほどほどに良いのが一番だ。


「そんな面食いな人をルースのとこに置いてきちゃってよかったの?」

「大丈夫だろ、イヅチがいるからね」

「あー……なるほど、それなら安心だー」


 兄さん。言っとくけど、ふつーは旦那さんと言えども立ち入り禁止だからね。

 エノーラおばさんはあっちを切ってこっちを縫いつけ、フリルやレースや布を当てたりと忙しく動き回ってようやくドレスの仮縫いを終わらせてくれた。

 たぶん他の仕立て屋より早いんだろうけど、疲れるよね……。


「さて、一回ルース様のほうも見てバランスを見ないとね」

「ハーイ……」


 ええー、いいよめんどーい、などと思っていても言ってはいけない。

 あーあ。ルースみたいな絶世の美女と並ばなくちゃいけないなんて憂鬱にも程があるよねー。はあ。でも兄さんのためだし、ガマンガマン。


「ほら行くよ! シャキっとしな!」


 五十近いのにかくしゃくとしてるエノーラさんのあとを追ってルース達がいる部屋へ向かう。

 ルースはどんなふうになったのか楽しみだよねー。


「げえ」

人の顔を見たとたん嫌そうな顔をするな」


 いや、するでしょフツー。

 どーせ人の恰好みて鼻で笑うんだろ。へっ。笑えばいいさ。ボクは君のお姉さんみたいに女らしくないから仕方ないよねー! だ!

 おばさんに続いて部屋に入ろうとしたら止められた。おい腕を持つな。声をかけろ声を。


「しばらく待っていたほうがいいぞ」

「なにソレ」


 理由を聞こうとしたら部屋の中から理由が飛んできた。


「こンの馬鹿娘ェ―――――!!」

「だっておかーさん!!」


 なるほど入るのはまだ止めておこう。感謝してやらなくもない。


「イヅチは言い寄るマーゴ殿を止めたが服飾に関しては門外漢だからな。あっさり言いくるめられていた」

「ああ、想像つくよね、それ……」

「そして姉上はそもそも服飾に興味が無い」

「わあ似た者夫婦」


 わかってたことだけど!

 これならボクとルースは同じ部屋で作業した方が良かったのかもしれない。


「馬鹿を言うな。いくら血縁者とはいえ、異性に肌を見せられる訳がないだろう」

「うんまあ、それはわかってるけど」


 戦場でケガして手当してもらったことなんて星の数ほどあるし、今更と言えば今更なんだよね。

 ……兄さんを出禁にすれば解決するんだけど、難しそうだよねえ……。

 部屋の中からは絶え間なく母娘の言い争いが続いている。兄さん達大丈夫かな。


「――似合っている」

「……ソレハドウモ」


 今の貴族子女の間では肌を見せるのが最先端の流行らしいけど、傷だらけの体を見せつける訳にはいかないので、ボクのドレスのデザインは流行遅れと言っていいものなだよね。

 それが似合ってるって……。これは怒るべき? まあいっか。どうでもいいし。


「お前が望むなら治癒術を施すが」

「お断りするに決まってるよね」


 察しの良い事で。東国の卑怯卑劣様は今日も絶好調なようですねー。


「そもそもあんたはそこまで治癒術は得意じゃないでしょ」

「――まあな」


 それでも適正がないガドー家よりはできるんだろうけど。ガドー家は治癒術が使えない代わりに薬学が発展してきたんで!


「そろそろ収まったか?」

「みたいだね」


 ようやく燃え草がなくなったらしい母娘ゲンカが下火になってきた。

 部屋を覗くと、ぜえはあ息を荒げて肩を上下させる母娘と、ソファに座って眠りこけてるルースと、うんざりしている兄さんがいた。


「エノーラさーん、終わったー?」

「ああ゛? 終わる訳ないだろうこの馬鹿娘は帰ったら躾のし直しだよまったく! ここまで勝手するたあ思わなかったよ予想以上の大馬鹿だよこの娘(こ)は!」

「お母さんひどい! ルース様はこんなにおきれいでお美しいんだから着飾るべきじゃない! 美の女神だって許してくださるわ!」


 誰だよ、美の女神。

 隣を見たが首を振られた。

 西国独自の神様なのか? ボクはぜんぜん心当たりないんだよね。聖獣様ってことにしておこう。


「だから言ってるだろう。今回はイズナ様とお揃いにするんだからルース様をこんなに華美にしてどうすんだい! バランスを考えな、バランスを!」

「ならイズナ様も豪華にすれば良いのよ! イズナ様だってこんなに美少女なんだから着飾らないのは罪よ罪!」


 罪なのか。

 いつもより豪華だなって思ってたこれ以上にされるのか。それは勘弁だよね。

 あと美少女って誰。ボク二十歳超えてるんですけど。


「あのー、予算もあるのでちゃんと折り合いつけてくださいねー」

「わかってるよ!」

「わかってますけどお!」


 おばさんはともかくマーゴさんヤバイな。実はお金がわりと余ってるのはぜったい秘密にしておこう。

 おばさんのデザイン画から逸脱しまくったルースのドレスは大半の布とレースとフリルが取り払われた。その後、寝ていたルースを起こして二人で並んでバランスをぐるぐる見られてようやく仮縫いが終わった。

 最終的におばさんの手でぐるぐる巻きの簀巻きにされたマーゴさんは自腹でもいいのでドレスのグレードアップをさせてくれと訴え続けていた。

 これからもおばさんが働く限りはおばさんに仕立てを頼もうと決めたボクだった。


「使者が王からの招待状を持ってきたぞ」

「なんで客のアンタが我が物顔で受け取ってるのかがわからないよね……」

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