第5話

「信っじらんないよね! よくもいけしゃあしゃあとあんな嘘っぱちを言えたもんだよねこのハゲ!」

「タカを省略するな。俺は禿げてない」

「うっさい!!」


 こいつがあんなことを言わなきゃボクは軍服で参上する腹積もりだったのに~~!!

 しかもルースとお揃い! 黒髪に銀髪、黒目と銀目、地黒と色白でボクとルースじゃ色がぜんぜん違うんだよね!

 化け猫おばさんにぜったい文句言われる!


「くっそこのハゲ足の小指ぶつけて悶絶しろ」

「地味に嫌な事を願うな。あと俺は禿てない」

「髪の色素が薄いやつは将来ハゲやすいんだってさ!」

「――それはデマだろう。髪の色素は個人が持つ潜在魔力の特徴が元で――」

ハゲろうっさい


 今日の夕飯はボク特製のグラタンだ。オーブンがなくても簡単にできるよ。そう、火の魔術ならね。


「――そんなにドレスが嫌なのか」


 嫌なのか? 嫌に決まってるよね!

 まだ父さんが生きてたころに仕立てられて、仕方なく着て王宮に参上したら訳のわからない言いがかりはつけられたし、不躾にじろじろ見られるし、踊りたくもないダンスを申し込まれるし、さんざんだったんだよね!!

 兄さんにだって迷惑かけちゃったし。だからもう二度と着るもんかって思ってたんだよね。思ってたんだよね……。


「ハゲろ」

「禿げない」


 暴れまわりたいくらいに腹が立ってるけど、火の魔術を料理に使うなら心を平静に保たなきゃいけない。

 こいつのグラタンだけ真っ黒焦げにしてやろうか。


「―――すまなかった」


 …………………はい?


「お前がそこまで嫌がるとは思わなかった。――すまない」


 ………空耳かな? それとも幻聴?

 あの卑怯卑劣で傍若無人が服を着て歩いてるハゲタカさんが今なんて? すまない? 謝った? 誰に? ボクに?


「毒草つまみ食いでもした? 解毒する?」

「お前は何故そうまで失礼なんだ」

「いやあ、だって……」


 怖いものはルース以外ありません、みたいな顔と態度だった男が決まり悪げにボクから視線をそらしている。


「姉上を即決させるためとは言え、何の相談もなかったのは俺だって悪いと思っている。思っているが、お前だとてドレスを着ない訳にはいかないのではないか?

 ――嫁入りがどうとか言っていただろう」

「ああ、まあね」


 あんまりにも意外なものを見たおかげで、頭に上っていた血はすっかり下りてきていた。

 初めて見た、あんな顔。


「言ったけどさ、さすがに王族にお呼ばれされた先で探す気はないよ。|ガドー家(うち)は戦争功労者だけど、西国には三代前に住み着いた新参者だからね。血筋がどうの、家柄がどうのとうるさいんだよね」

「――そうか」


 だから面倒事を減らすためにも軍服で参加しようとしてたのにこの男は……。

 まあ過ぎたことをいつまでもぐちぐち言ってても仕方ない。

 エノーラばあには一見お揃いに見えてもボクのは地味、かつ動き易いのにしてもらおうっと。

 ルースのは動きにくくても兄さんがべったり張り付いてるだろうからいいよね。

 はあ、めんど。

 さーて、グラタンはいい感じかな。

 サラダもスープもパンも準備万端。また二人の世界を作ってるだろうけど行きますか。


「グラタンは熱いから火傷しないでよね」

「――ああ」


 なんせうちには治癒魔術ができる人間がいない。超攻撃特化な一族なんだよね。

 まあこいつにはいらない心配か。

 今度はトレイを使ってちゃっちゃと運んでしまう。

 いつまで経っても二人の世界は形成されたままだから時間の無駄でしかないと悟った訳だ。

 目が合うだけで幸せそうに微笑み合う二人だけど、そんなにいいもんかねえ。ボクにはわかんないや。

 戦争中の暗い兄さんを見てるよりは何百倍もいいけどさ。

 二人の世界を中断させるのは申し訳ないし面倒なんだけど、夕飯の時間なので声をかけた。

 食前の挨拶すら見つあう……だと。

 うー~~ん、今なら砂糖を吐けそうな気がする。


「イズナ」

「ん? なに?」


 ボクと同じくビミョーにしょっぱい気分に陥ってるだろうと思ってた男はなぜだか深刻そうな顔をしていた。なんだ。便秘か。

 んん? というか、今、名前……。


「王宮ではお前のパートナー役をつとめようと思う」

「ンゴフッ」


 予想外の言葉に飲んでいた葡萄酒が気管に入った。

 ハ? 今、なんて?


「おお、それはいいな! ワシがイヅチを独り占めしてしまうからイズナのパートナーは誰になるのか気になっていたところだったのだ」


 嘘つけ。ずーっと兄さんとイチャイチャしてただけだろ。


「まあ、手近にイズナと釣り合う奴がいないからな。丁度いいとは思うが……」


 いやいやいやいるよね? 探せばいるよね? 分家のカムトケとかユゲイとか。

 年とか近いし丁度良くない?


「イズナのドレス姿はさぞ美しいだろうからな! いいか、ルーシャン。イズナをちゃんと守るのだぞ!」

「わかっている姉上。言われるまでもない」


 う、うわ~~。

 ルースがめちゃくちゃ嬉しそうだよね~~。


「イズナも安心してくれ。ルーシャンはこの通り解り難いし仏頂面だが、自慢の弟だ! 大船に乗ったつもりでいてくれ!」

「あ、ありがとゴザイマスお義姉さん……」


 これ断れないやつだよね……。

 ぺろっと出ちゃったお義姉さん呼びにもめちゃくちゃ喜んでる……。喜びすぎて兄さんにたしなめられてる……。

 隣で涼しい顔してるやつに逆襲するべく机の下にある足を踏もうとしたけどよけられた。クソ。ハゲろ。

 明日からやつの食事に脱毛剤でも仕込んでやろうか。


***


 兄さんに風呂焚きを頼んでボクは後片付けをするべく厨房にいる。


「なんでお前がここにいるのか疑問なんだけど。ルースとゆっくりしてれば」

「姉上を厨房に入らせる訳にはいかないからな」

「あっそう」


 だからと言って居間に一人にさせるのは大丈夫なのか。


「姉上には西国(こちら)の事を少しでも早く覚えてもらわなくてはならないからな。教書を|積み上げ(わたし)ておいた」

「へーえ」


 兄さんが風呂焚きから戻ってくるまでは涙目でそれを読むんだろう。

 こいつもよくルースの弟やってるなあと思うけど、ルースもよくこいつの姉をやってるよね。


「で? なんであんなこと言ってくれやがったの? 有難迷惑にも程があるよね」

「お前がドレスを着る羽目になったのは俺の所為だからな。責任は取る」


 それはどーも。頼んでねえよこのハゲ。


「それに男女ペアでいた方が話しかけられ難い」

「…………」


 それは考え付かなかった。

 確かにこいつは黙って立ってればルースとよく似て造形の整った顔をしてるし、中身を知らない面食いお嬢様達なら話しかけてくるのかも。こっちからしたら正気か?! って思うけど。

 ボクもこいつも目的は兄さんとルースのボロが出ないようにフォローしまくることにあるんだからそっちのほうが都合はいいよね。

 都合は……いいけど……。


「お前とダンス踊るのはイヤだなあーー」

「我慢しろ。それとも目も当てられない程下手なのか?」


 鼻 で 笑 わ れ た 。

 ………ははは。


「兄さんのパートナーをつとめられるくらいには上手いけど?!」


 言っとくけどリードが下手くそな兄さんのパートナーがつとまるのはボクくらいだったよね!

 厨房で言い争うボク達の声を聞いたルースが子犬のじゃれ合いを見ているような笑いをこぼしていたなんて、その時のボクは知らなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る