第4話
「そこまでだ」
カルビンをおどし……げふん。カルビンにお願いしてたら休憩してるはずのやつに止められた。
ボクより背が高いからっていい気になるなよ。あと猫を摘まみ上げるような持ち方やめろ。首がしまるんだよね!
抗議のつもりで睨んだら睨み返された。人を見下ろすのもやめろ。
というか、何をそんなに怒ってるんだこいつは。
「――近すぎる」
言われてみれば、ボクはカルビンを木の幹にまで追いつめていた。これじゃカルビンは後ろに下がれない。
その上、さっきまで顔の横に手をつかれてガンをつけられ……うおっほん。もとい睨まれていたのだからさぞかし怖かったことだろう。
ごめんカルビン。悪気はなかったんだ。脅す気はあったけど。
哀れカルビンは涙目で真っ赤になって震えていた。
……ボクの顔ってそこまで怖かった? 兄さんよりはマシだと思うんだけど。……兄さんを引き合いに出す時点でダメか。
「ごめんねカルビン。そんな訳でうまく伝えておいてくれると嬉しーな」
「か、カルヴィンです」
まだ冷や汗はひどかったけど、いつもの調子を取り戻しつつあるカルビンはボクの後ろに立ってる男を見やった。
そりゃ気になるよね。戦場に立った回数が少なくても東国のレイ家の特徴は覚えてるもんだよね。
ルースとよく似てるけど、少しずつ違う色彩を持った男は黙ったままカルビンを見下ろしている。愛想笑いくらいしろよ。
「ルースが心配で付いてきた弟だよ。大丈夫、顔は怖いけど兄さん程じゃないし、兄さんと同じで噛みついたりはしないから」
たぶん。
兄さんみたいにいきなり魔術ぶっぱはしなさそうだけど、怒らせるとねちねちした方法で仕返ししてきそうだなとは思ってる。
ボクがそう考えたのを察したようにカルビンが震えた。
「じゃ、報告よろしくね」
「は、はい。あの、イズナ様……」
「なにかな」
「本当に大丈夫なのですか……?」
カルビンはボクとやつをせわしなく見比べる。
失礼な。確かにボクはこいつに勝てなかったけど、兄さんは勝ってるし、兄さんより強いルースは裏表がないからこいつが何をしようとも何の問題もないよ。
けど負けっぱなしは腹が立つから何か勝てるものを探さないとね。……こいつにできないこととかあんの?
「心配いらないよ。兄さんが強いのは知ってるだろ。
あ、そうそう。もう君のとこに情報あげたんで、その他は追い出すから。怪我しても知らないよ」
一番手がカルビンでよかったよかった。
ボクの忠告に従わずに隠れてたやつらが一斉に庭から気配を消した。
ちょっと威圧しすぎたかな。まあ躾のなってない無礼者だし、いっか。
「ほら。君も行った行った」
「う、は、はい……」
カルビンの頭をなでて帰るよう促す。くるくるした金髪が猫みたいだ。
猫。猫かあ。戦争が終わるんなら飼ってみようかなあ。
何やら興奮した様子のカルビンは拳を握って張り切っている。
「ありがとうございますイズナ様! おれ、がんばります!」
そっか、がんばれ。報告よろしく。
去って行くカルビンを、なぜか微妙な面持ちで見送る男がいた。
***
「先程のカルヴィンとやらはいくつだ?」
「たぶん十八になったんじゃない?」
庭の手入れついでに採取した毒草と薬草を仕分けしながら眉間に皺を増やした男が聞いてきた。
なんでイラついてんの? 嫌なら手伝わなくたっていいんだけど?
「十八なら立派な男だろう。みだりに近付くべきではないと思うが」
一般論ではそうだろうね。けど、こちとら物心ついた頃から戦争に参加してたし。男だから女だからなんて言ってられなかったよね。
紫色の花がとてもキレイだけど根っこがわりと凶悪な毒になるこいつを粉末にして目の前の男に飲ませたくなってきたよね。
「近々王城に呼ばれるのだろうから、一般論に慣れておくべきだろう」
……ちっ。こいつの言うことにも一理ある。
あのぼんくら……失礼。先の事を考えられない国王なら十分にありえる。
兄さんを西国に縛り付けておくためむしろ確実に呼びつけてくるだろう。
そこで褒美をちらつかせながら正妻や第二、第三夫人を斡旋するとか、ルースを取り込もうとするとか、大馬鹿なマネしそう。
戦場に出た事なんてないから兄さんの怖さを本当にわかっていないだろうし、マナー面で難癖付けて恥をかかせたつもりになってああしろこうしろとか命令してきそう。
考えただけで頭痛案件だよね。
「あの豚(ひと)たちに付け入られる隙を見せないのには同意してやらんでもないけどさあ」
「王族を豚扱いはやめてやれ。確かに何故あそこまで肥え太れるのかは謎だが」
え? ボクちゃんとひとって発音しましたけどー。豚扱いしてるのはおまえだと思いまーす。
「ああもう今から面倒だよね。ボクらは軍服でお茶を濁すとして、ルースのドレスって持ってきてる?」
「姉上はドレスを持っていない」
「堂々と言い切れることじゃないよね!」
ボクは仕分けておいた毒草を効能別に干しておくように言って急いで自室に戻った。
伝書用の紙になるたけ早く、できれば明日にも屋敷に来てくれるよう記すと超特急で飛ばした。魔力を食うし、文句も言われるだろうけど仕方がない。
宛先はガドー家の服の仕立て一切を取り扱っているロドニー商会だ。特別料金を上乗せされるだろうけどそれは別にいい。戦功を立てまくった兄さんとボクだけど、使い道がなかったので報奨金はほとんど手を付けていない。持ってけドロボー!
「兄さん! 明日以降ルースを借りるよ!」
まだ二人の世界に浸っていたらしい兄夫婦(まだ結婚してないけど)が二人揃って首を傾げた。仲いいよね。
「どうしたイズナ」
「? 何かあるのか?」
ドレスがないんだよ!
「兄さん、たぶん近日中に王から呼び出しがあるからそれまでにルースのドレスを作ったりしなくちゃなんだよね!」
ドレスがないってことは着る機会がなかったってことで、ダンスもしてこなかった可能性大!
ダンスを覚えてないなら基本のパートくらいは覚えてもらわなくちゃいけないし、マナーの確認もしなくちゃいけないし、あああやることいっぱいでもうイヤになってきたよね!
「ドレスか。いいな。ルースに似合うものを作らせよう」
「えっ?! い、いやワシはドレスなぞ着たことがないし、遠慮するぞ! 式典用の礼服なら持ってきたし」
それ、男装するって意味だよね? この美人義姉は兄さんの嫁になるって自覚あるの?!
思わず叫びそうになったボクはいきなり肩を叩かれてめちゃくちゃ驚いた。
おっまえ、気配消して背後に立つなよ!
「毒草は干しておいたが後で確認しておいてくれ。
姉上。イヅチの婚約者として出席するのに軍服はマズイだろう。イズナが姉上とお揃いのドレスを着たいそうだからおとなしく纏ってやれ」
はあああああ? 何言ってんのこいつ? 殴られたいの? 殴っていい? 許されるよね?
「そ、そうなのか? 今さら女子(おなご)の恰好をするのはいささか照れもあるのだが、イズナと一緒なら心強いな」
「ああ。俺も嬉しいぞイズナ。ルースのドレス姿を見られるのはもちろんだが、お前のドレス姿を見られるとはな」
満面の笑みで抱きついてくるルースと、喜色満面の兄さんにどうしてイヤだの違うだのが言えるだろうか。
ボクは笑顔で肯いたし、なんなら楽しみなどと言ったりもした。
ああああ二人ともめちゃくちゃ嬉しそう。
人の断りなく勝手なことを言いやがったやつは盛大に睨んでおいた。
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