第3話

 世の女性に対してひどい誤解をしていたやつが考えを改めたのは良い事だけど、その原因が近日中に嫁いでくる事が確定しているイズナだよ。

 みんなー、元気ー? ボクはうんざりー。はあ。


「真面目に君んとこの弟君達ちょうだい。兄さんとルースの今後が不穏すぎる」

「考えておこう」


 知ってる。それ答えはいいえだよね。くっそー。


「くれないなら何か考えてよ。ちょっと間違えば世界を滅ぼしかねない二人の上手い舵取り方法をさ。卑怯卑劣なハゲタカ様なら朝飯前だろ」

「無茶を言うな。あと露骨な悪言はやめろ」

「はいはい」


 戦場で罠を張ったり謀略を巡らせたりなんかは日常茶飯事だ。

 けど、こいつは度を超して汚かった。西国こっちで卑劣卑怯と言えばこいつの事を指すくらいには、こいつは謀が上手かった。


「姉上達の事は一旦脇に置いておく。言って聞く人達ではないからな。」

「確かに。なら、やっぱりまずは周りからかあ」


 東国の王族がルースを取り込もうとしたのだから、おそらく西国(こっち)の王族もそれは考えてるかもしれない。

 兄さんが壊滅的にモテなかったから余裕ぶっこいてたんだろうけど、相手ができたんなら今頃慌ててるんじゃないだろうか。

 そうだとしても西国王には息子しかいないし、遠縁の娘(こ)を探してきたとしてもルースに敵う訳もないから問題なさそうだよね。

 問題があるとしたら親戚面してる奴らくらいか。

 モテなくても兄さんはガドー家当主だもんね。甘い汁吸えるとか思ってるやついそう。

 ………めんどう。こいつに全部放り投げたくなってくるのも仕方ないよね。


「………式の日取りとか聞いてる?」

「いや。だが、講和のあとだろう。流石に」

「そうだよね。いくらあの二人だって講和もしないうちに式は挙げないよね」

「――――」

「…………」

「――一応、確認しておくか」

「……そうだね」


 やつが二人を呼びに行ったので、昼飯の配膳を請け負った。

 茶を注いでいると、ルースが走り込んできた。


「すまんな、ワシも手伝うぞ!」

「あ、ありがとう……ございます」


 落差が激しすぎる。これに慣れる日なんてくるの? あいつよく慣れたな。

 女神もびっくりものの容姿なのに言動がまるっきり親父だよね。一人称がワシってびっくりすぎて言葉が出なかったよね。

 髪もサラッサラで世界が嫉妬する髪って言われても納得できるのに、一人称がワシって……。


「おね……ルース、さんはお茶を配ってください。もう昼飯は出来上がってるので」

「おお、わかったぞ!」


 笑顔も花が開くか、宝石かってくらいにきれいなのに……。残念なお義姉さんだよね……。

 兄さんは自分の席に座って傍目にはわからない程度にそわそわしていた。

 そっかー。うちにルースがいるのが嬉しいんだねー。自分のお茶をルースから受け取れて嬉しいんだねー。

 二人の世界に入られる気配を察知し、スープを運ぶべく厨房に戻った。ただの撤退じゃないよね。戦略的撤退というやつだよね。


「確認した?」

「――まだだ」

「あっそう」


 同じく戦略的撤退をしてきた男にスープを持たせて配膳する。

 ウッ。まだ二人の世界だ。

 今度はパン。今度は肉。今度はサラダ。

 とトレイに乗せて持っていけばいいところを、ワザワザ手だけで運んでちまちま往復したというのに、二人の世界は終わりを見せなかった。

 スープはほどよく冷めていた。

 鏡を見なくても自分が死んだ魚の目をしているのがわかる。隣にいる男も死んだ魚の目をしているからだ。

 兄さんが戦闘に関する事意外、わりとダメな人だってわかってたけど、こういう方向にダメだったとは。知りたくなかったよね。

 ルースの弟であるこいつも同じような事を思っているのだろう。

 ボクらは二人そろってため息を吐いた。


***


 二人の世界から帰って来なさそうな二人は放っておいて、ボクらは今後の計画を話し合っていた。庭の手入れをしながら。

 昨日はとりあえず見られるようにしただけだからね。細かい所まではぜんぜん手が届いてないんだよね。


「あ、それ抜かないで。いろいろ使えて便利なんだよね」

「誰を毒殺するつもりだ」

「そりゃおまえだよ」


 なーんてね。じょーだんじょーだん。

 やつが抜こうとした毒草は致死量以上を使えばもちろん死ぬ。

 けどそれ未満の、ごくわずかな量であれば鎮静剤に仕えるんだよね。

 ガドー家はそこそこ毒や薬に詳しいから材料はそこかしこに植えてある。

 この庭に生えてるものは木の実や葉はもちろん、樹皮、樹液、根に種なんかも使えるんだよね。

 容量を間違えば即死、なんてのもあるから要注意。


「おまえん家(ち)にだってあるだろ。毒草のひとつやふたつや百くらい」

「そこまではないし、我が家で育てるのは主に薬草だ」

「へー」


 ぶちぶちと毒にも薬にもならない草を抜いていく。

 根っこから引き抜けとか細かいやつだよね、もう。


「――おい」

「わかってるよ」


 この感じは分家じゃなくて親戚面だね。

 うちの魔術ってこの辺だとちょっと珍しい系統だからすぐわかるんだよね。だからこの隠形魔術はガドー家じゃないってすぐわかる。

 昨日分家に説明したばっかりなのにお早い事で。

 兄さんの相手を見に来たんだろうけど、さすがにルースの弟がいるとは予想していなかったに違いない。

 隠れてるんだからそんなに動揺してちゃダメだよね。気配どころか場所まで丸わかりになっちゃうよね。

 兄さんも気付いてるだろうし、ルースとの時間を邪魔された! なんて言って暴れ出さないうちになんとかしないとね。


「とりあえず話してくるから草むしりやっといてよ」

「いや俺も行こう。どれを抜いていいかわからんからな」


 おまえだけ草むしりから逃れようったってそうはいかんぞみたいな顔しやがって。毒にも薬にもならないのを抜いててくれればいいんだけど!


「いやーほら、いきなり戦場の卑怯(ハゲワシ)さんと対面とか感動に打ち震えすぎて相手が畏縮しちゃうし、待ってなよ」

 仕方ないから東屋を親指で示す。

 休憩してていいよ。クソ。


「――わかった。何かあったら呼べ」


 誰が呼ぶかー。

 でも水の魔術で手を洗わせてくれたのには感謝してやってもいい。

 やっぱ便利だよね、水属性が扱えると。兄さんは扱えるのになー。

 あー。めんどう。

 親戚面してるのは生粋の西国育ちで、女がドレス着てないと顔をしかめるようなやつらなんだよね。

 草むしりするのにあんな動きにくいの着てられるかっての。

 まああっちが何を思ってようが表立って文句言ってくるような度胸のあるやつなんていないんだけどね。


「情報収集ご苦労様。兄さんに骨を砕かれたくないならさっさと姿を現したほうがいいよ」


 機嫌がいい時ならそれで済むけど、悪ければ半死半生……いや、死ぬ一歩手前までいきそうだよね。


「おとなしく出てくるならこっちも渡せる情報があるし」


 出て来ない場合はお帰り頂くだけだよね。空の向こうまで飛んでけーって。

 ややあって、隠形魔術を解いた親戚面が出てきた。


「お久しぶりです、イズナ様」

「カルビンか」

「カルヴィンです」


 カルビンは親戚面の中でも付き合いやすい子だ。素直な良い子だもんね。どっかの誰かと違って。ボクがドレスを着てなくてもあからさまに嫌な顔しないし。

 今年で十八だっけ? 親とは違って人間ができてるよねー。


「久しぶり。元気だった? 背が伸びたね」


 弟達も生きていればこれくらいだったかも。


「は、はい。あの、イズナ様。イヅチ様が伴侶を娶られたと聞いたのですが……」

「あーうん。まだ婚約中だけどね。そう遠くないうちに娶るよ」

「お相手はどなたですか? 東国の人間だと聞き及びましたが……」

「うん。東国の人間だね。名前はルースって言うんだけど」

「……………」


 カルビンが絶句して固まった。

 わかるわかる。びっくりするよね。


「まさか、ルース・レイ……ではないですよね……?」

「そのまさかなんだよね」

「………………………」


 カルビンはかわいそうになるくらい青褪めた。

 わかるわかる。どうしてそうなったって思うよね。


「兄さんはルースにベタ惚れでルースも兄さんに惚れてるみたいだから邪魔だけはするなって君の父親達に伝えておいて。


 どうしても邪魔したいってんなら、仕方がない。兄さんを怒らせたらたぶん国が亡ぶだろうけど、それでもいいなら邪魔してごらんよ」

 まあ、そんな事態にならないようにボクが邪魔するやつらの邪魔をするんだけどさ。

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