ソリーム学園漫研女子の日常

結城暁

【短編】ソリーム学園漫研女子の日常

 聖ソリーム学園。

 かつては貴族子女のみが通う由緒正しい学び舎であったが、今現在は身分に関係なくその門戸を開いている。だが、身分制度のなくなった今でもその気高さは失われていない。

 一部を除いて。


「ジャスミンさーん、十三ページのカケアミ終わりましたあー」

「こっちは十五ページまでベタ終わりました~」

「あ、じゃあインクが渇きしだいカケアミしてきますねー」

「こちらはカケアミが乾いたら写植をしていきますわ」

「はーい」

「ジャスミンさ~ん、ペン入れあと何枚ですか~」

「あと五枚……!」

「さっきから進んでないですねー。わたくしのやることがなくなってしまいましけどー?」

「あと五分っ! いえ、三分くださいっ! そしたらこのページ上がるから!」

「はーい」


 そこは戦場さながらの修羅場であった。

 壁にかかったカレンダーは翌日の日付に大きな赤い〆切!! の文字が書かれていた。

 今、鬼の形相でつけペンを握り、指先をインクでブチ模様に染めながら真っ白な原稿用紙を白黒の二色にしようと精魂をこめているのがジャスミン・エドモンズ。

 漫画研究会、略して漫研の初代創設者のひとりであり、会員のひとりである。きたる自己表現の祭典、学園祭に己の描いた漫画を出品しようとがんばっている真っ最中だった。

 髪は乱れ、目の下には隈が鎮座している。指先はもちろん、作業着にもインクが飛んでいた。


「まったくもう、どこの誰です。『文化祭まであと三か月もありますもの、今日くらい遊んでたって平気ですわ~』とか言ってたのは」

「ごめんなさいぃぃ、わたしですうぅぅ!」


 シンディー・バントックが写植をしながら呆れを滲ませた声を独り言ちた。それにジャスミンが泣きながら返す。

 漫研に所属する会員は現在女子ばかりが四人。そのうちの三人、つまりジャスミン以外が全員文化祭に出品する原稿を仕上げていた。すでに印刷所に送り済みであり、つまり脱稿している。

 そしてそれ故に締め切りに追われ、原稿の死神に鎌を首にかけられているに等しいジャスミンの原稿を手伝えているのだった。

 ちなみにカケアミ担当がアナ・コンクエスト、ベタ担当がボニー・レッシングである。


「でもひどいですわっ! みんな遊んでると思ったらちゃっかり脱稿して! なんでわたしだけこんなことに……!」

わたくしたちは家に帰ってからちゃんと原稿していましたわー」

「家に帰って『猫かわいい』とか『宿題やってて気付いたら朝だった』とか『アヴァロン先生の新刊ヒャッホー!』とかやってたらそりゃ落とすよね~」

「『今日は気分が乗らないなー、寝よう』というのもありましたわねー」

「うぐう!」


 アナとボニーのからかいにジャスミンがダメージを受ける。シンディーが手を叩いてそれをたしなめた。


「はいはい、手を動かしてくださいましジャスミン先生。先生がペン入れをして下さらないとわたくしたちもお手伝いができませんわ」

「ううう、すみません。はい、十六ページ目上がりましたぁ!」

「了解ですわ」


 インクが早く乾くように、と部屋に張り巡らせた紐に洗濯ばさみで原稿をはさんでぶら下げる。


「これに懲りたのならスケジュール管理をきちんとなさることですわ。徹夜で作業しても効率が落ちるだけでしてよ?」

「肝に命じますぅぅぅ……!」


 原稿用紙に線を引いていくジャスミンの手の動きに淀みはない。

 まったく、とシンディーはこっそりため息をついた。

 エンジンがかかればおそるべき集中力と技術でもって、会員の中で誰よりも早く原稿を完成させられるくせ、ジャスミンはそのエンジンがかかるまでが長かった。

 いわゆるスロースターターなのだが、言い換えれば尻に火がつくまで動かない人種である。

 ソリーム学園で出会ってからジャスミンの制作過程を見てきたシンディーだが、制作過程の半分以上をだらだらとすごし、もうやばいかな? いやまだいけるなどと言っている姿は崖先にどこまで近付けるのか度胸試しをしているようにしか見えなかった。

 毎回毎回締め切り間近になると発狂寸前になりながら原稿作業をするジャスミンの姿は短い漫研活動のなかですでに風物詩になりつつある。

 一回で懲りればいいものを、ギリギリとはいえ毎回脱稿できているからか、この悪癖が治る気配はなかった。

 ジャスミンはこれ見よがしにため息をついてみせる。


「はあ。いっそ一回くらい原稿を落としてしまえばギリギリでやる気を出すのに懲りるのでは?」

「あははー。そうかもしれませんわねー」

「わたくしたちの本で漫研としては十分体裁が整ってるもんね~」

「イヤァァァァァ! わたしから脱稿じんけんを奪わないでぇぇぇぇぇ! 反省してますからぁ! 十七ページ目上がりましたぁ!」

「はいはい」


 十七ページ目を干して、インクの乾いた十六ページ目をベタ担当のボニーに渡す。

 今回の漫画は本文が二十ページであるので、あと三枚だ。しかし下校時間はとうに過ぎている。夕食も終えて、いつもならばあとは就寝するのみである。

 しかしながら、今日はまだ寝るわけにはいかない。なぜなら作業が終わっていないからである。


「今日は泊まり込みですね~」

「ええ。宿泊届けは出しておきましたから安心して作業していてくださいな」

「シンディーさん、いつもありがとうございますー」

「どういたしまして。

 ジャスミンさん、原稿に鼻水が垂れますわよ」

「はいぃぃ………」


 涙ぐみながら原稿を描いていくジャスミンを見て、三人は顔を見合わせ微笑みを交わした。


***


 ひぃひぃ、と額に熱を冷ますための冷え冷えスライムくんを貼り付けながら、ジャスミンは最終ページを描き終えた。


「お、終わりましたぁ……」

「はい、お疲れさまです。ベッドの用意はできていますからすぐ寝て下さいましね」

「あい……」


 よろよろと仮眠室に入っていくジャスミンを見届けてシンディーは気合を入れなおした。

 時刻はすでに夜の十二時を回っていて、締め切り当日だが、この調子ならばなんとかなる。


「アナさん、ボニーさん。もうひと頑張りしましょう!」

「はーい」

「は~い」


***


 朝日が昇って暫く経った午前五時。

 シンディーはぼんやりと目を覚ました。

 もともと眠りの浅いシンディーであったが、ほんの数時間前まで起きて作業をしていたとは思えないほど早く起きた自分に疑問を抱く。

 眠かったが、ベッドから起き出した。正直なところ二度寝したかったが、こういう時はなにかある、とシンディーの経験が囁いていた。

 下がりそうになる瞼を瞬かせ、作業場を見渡す。別段変わった様子はない。

 灯りを点け、湯を沸かす。その間に今朝がた完成した原稿の入った封筒を手に取った。

 実を言えばシンディーはジャスミンの描く漫画のファンなのだ。だから毎回見捨てず原稿を手伝っている。ジャスミンの漫画を一番先に見られるならば次の修羅場も付き合ってしまうのだろう。

 シンディーは原稿を読み進めて行く。今回の漫画も素晴らしい出来であった。話の進み方、コマ割り、キャラクター、どれをとってもシンディーの心に響いた。

 良いものを見させてもらいました、と一回原稿を机に押す。沸騰した湯を使いコーヒーを淹れて頭をすっきりさせてから、再び原稿を手に取り読み直しの体勢に入る。

 今度はミスの確認だ。

 写植に誤字脱字はなかった。ページも順番通りに数字がふられている。ベタの塗り残しもなくカケアミも美しい。どれも問題はないはず………。


 バン!!


「ジャスミンさん!!!」

「んえぇ?!」


 仮眠室の扉を勢いよく開けて己の名を呼ぶシンディーの声に寝入っていたジャスミンは飛び起きた。

 遠慮のないシンディーの声は泥の様に眠っているアナとボニーには届かなかったようで、そのまま寝ている。


「ありませんわ!」

「な、なにが?」

「表紙が! ありませんの!」

「え」


 ざあ、と血の気の引く音が聞こえた。

 あまりの衝撃に固まるジャスミンをシンディーは作業部屋に引きずっていく。


「ほら! 見てくださいまし!」

「………………」


 青褪めた顔のままジャスミンは無言で原稿を確認していく。すべてのページを確認し終え、絶望しきった顔でぽつりと呟いた。


「表紙がない………」

「ですわよね?!」


 ズッシャア、とジャスミンは崩れ落ち、床に膝をついた。


「あとでやろうと思ってて……」

「そのまま忘れてしまったのですね?」

「ハイ……」


 震え出したジャスミンに両肩を支え、揺さぶる。


「落ち着いてくださいまし、ジャスミンさん。まだ十分間に合いますわ、まだ朝の五時半ですもの。

 さ、ラフを書いて下書きをしてペン入れをして着色いたしましょう。いいえ、時間がないんですもの、モノクロでも致し方ありませんわね……ジャスミンさん?」

「……カラーにしたいです……」

「……本気マジですの?」

「ハイ……」


 ため息を吐いたシンディーはいつも携帯している通信魔道具を起動させる。


「じいや? 朝早くごめんなさいね。馬車を出せるかしら。いえ、今すぐでなくていいの。ジャスミンさんの原稿が上がったら印刷所に直接入稿すると話していたでしょう? 少し遅れそうなの。ええ、ありがとう。たぶん八時間後くらいだと思うわ。上がりそうになったら連絡するわね。ええ、お願いね」


 魔道具を停止させて座り込んだままのジャスミンを立たせる。


「呆けている時間はなくてよ、ジャスミンさん。印刷所の原稿受付終了まで約十時間! いつものように仕上げられれば余裕ですわ!」


 締め切り当日という時点ですでにギリギリのギリギリなのだが、ジャスミンを元気付けるためにもシンディーは努めて明るく振る舞った。


「なんでわたしのカラー一枚の完成時間を把握して……?」

「いつも通信魔道具で逐一進捗報告をしてくださる誰かさんのおかげですわ」

「あう……」

「さあまずは朝食をお取りになって。糖分の足りない頭ではろくに回転しませんわよ」


 前日に頼んでおいたケータリングを冷蔵庫から取り出し、箱型加熱魔道具で温める。


「ありがとうございます。持つべきものはお金持ちの友達だあ……」


 もっしゃもっしゃと朝食を腹に収めていくジャスミンの口の周りを拭ってやりながらシンディーも朝食を取った。タンパク質と炭水化物とそれから糖分をたっぷり取る。食物繊維はこの修羅場を乗り切れたら摂取することにする。


「表紙のイメージくらいは頭の中にありますわよね?」

「え、うーん、うん……。こう、ボヤーっと?」


 大丈夫だろうか、と一抹の不安を抱えながらもシンディーはアップルパイを飲み込んだ。


 そして時刻、午後五時。


「やったー! できたー!」

「おめでとうございます」


 漫画と違って人に手伝ってもらう箇所はないため、昼近くまで寝ていたアナとボニーには昼食のあとに帰ってもらっていた。

 ラフをかき上げ、下絵を描くまで四時間かかったジャスミンは、昼食えいようほきゅうや休憩をはさみ、表紙の色塗りをようやく終えた。

 火属性の魔石を使い慎重に、けれど手早く完成したばかりの表紙を乾かしたシンディーは念のため原稿とは別の封筒に入れる。こんなこともあろうかと特注しておいた防水性の封筒だ。

 部屋を出るシンディーにジャスミンも続いた。

 待たせていたバントック家の馬車は二人が乗りこむと印刷所へとひた走る。


「ありがとう、シンディーさん。今回もお世話になりました」

「いいえ、どういたしまして。ここが王都で助かりましたわ。印刷所まですぐですもの」


 地方ではアマチュアの原稿を印刷してくれる印刷所が少ないらしい。というか、印刷所自体が少ないらしい。

 都市部の印刷所とやり取りして、原稿を送って、と目当ての日時よりひと月も前に原稿を上げるのが当たり前だと聞いた。

 ジャスミンさんには無理ですわね、と王都に住む者の利便性をかみしめていると、シンディーの袖が引っ張られる。


「あの、ごめんね。今回も迷惑かけて」

「まったくですわ」

「あう」

「ですが」


 全力で海底に沈みこんだような落ちこみようを見えるジャスミンにシンディーはやわらかく笑いかけた。


「漫画も表紙も素晴らしいものでしたわ。ジャスミンさんの漫画の一番の読者になれるのなら少しくらいの迷惑には付き合いましてよ?」

「シンディーさん……!」


 瞳に涙を溜めて感動に打ち震えるジャスミンに、それでもシンディーは釘を刺した。びよーんとジャスミンの頬を伸ばす。


「これほどギリギリの進行はもう二度とごめんですわよ? 次からはわたくしにきっちり監督させてくださいましね」

「え、でもそれだとシンディーさんが漫画を描く時間が」

「貴女、どれだけよそ見をするつもりですの……。

 なにも漫画を描くだけが漫画研究会の活動ではありませんわ。貴女の担当編集としてスケジュール管理をするのも立派な会員活動ですもの」

「ヤダ!」


 馬車内に強く響いた拒否の言葉にシンディーはぱちくりと目を瞬いた。そんなに管理をされるのが嫌なのか。


「シンディーさんの漫画を読めなくなるのはヤダ~~~!! 次回はちゃんとするから~~! だから漫画描くのやめないでぇぇぇ!」

「ジャスミンさん……」


 泣きつかれたシンディーは原稿に皺が寄らないように頭上に避難させた。


「部室で本を読むのも控えめにするし、家でもちゃんと作業するからぁ~~! もう余裕こいてお菓子食べながらゴロゴロしないし、お風呂入って眠気に負けたりしないからぁ~~!」

「睡眠はきちんと取ってくださいまし」

「急に思い立って部屋の掃除始めたりしないし、いつもはしない予習復習に精を出したりしないからぁ~~!」

「締め切り明けのテストの点数が妙に良いのはそういうことでしたのね……」


 ジャスミンの完璧な現実逃避ぷりにシンディーは呆れるしかない。鼻水まで垂らし始めたジャスミンの顔を拭ってやり、その情けない顔を両手で挟んでやる。

 つぶれたアンパンのようなジャスミンに笑みをこぼしつつ、シンディーは努めて眉尻を上げた。


「わかりました。ジャスミンさんがそこまでおっしゃるのなら専属担当編集になるのはやめます」

「シンディーさぁん……っ」

「ですから次はわたくしと一緒に作業いたしましょうね」

「ゑ?」


 潰しアンパンを伸ばしアンパンにして、シンディーは続ける。


「毎回毎回貴女の修羅場に付き合うのはごめんですわ。見てくださいな、この肌。ここ数日の不規則な生活が祟って荒れてしまいましたわ」

「えー、いやー、シンディーさんはいつでもきれいですよ?」

「おべっかは結構ですわ」

「ひゃい」

「貴女が余裕ぶっこいて前半遊び惚けていなければ回避できたのですよ?」

「シンディーさん、言葉遣い……イエナンデモ。仰る通りです」

「締め切りに余裕をもって原稿を上げたわたくしたちがなぜこのような修羅場を経験しなくてはならないのでしょうね? それも何回も」

「わたしのせいです……」

「自覚がおありのようで何よりでしたわ」


 しゅん、と肩を落として反省するジャスミンを見てシンディーはため息ひとつで溜飲を下げた。なんだかんだ推し作家には甘くなってしまうものだ。


「次は冬の祭典に参加なさるのでしょう? 印刷所から帰ったら忘れないうちに手続きをしましょうか」

「はい!」


 馬車の速度が緩んできた。もうすぐ印刷所だ。


「明日からネタ出しいたしましょう。一週間以内にネームまで進ませますわよ。今回三日でネームを完成させた貴女ならできますわね?」

「ウ……ハイ……」

「よろしい」


 背もたれに体重を預けて、シンディーはようやく肩の荷を下ろした気分になった。

 次もジャスミンが修羅場に突入するようなら今度こそ専属担当になろう、と静かに決意しながら。

 馬車が止まる。

 しかしおかしい。窓から見える景色は印刷所の近くではあるものの、未だ少しばかり距離がある。


「あれ? 印刷所ってこの先だよね?」

「ええ、そうですわね……」

「お嬢様大変です!」


 いつも落ち着き払っているじいやが泡を食った様子で馬車の扉を開ける。それだけで異常事態である、と察したシンディーは毅然と問い返した。


「なにがありましたの?」

「それが、そこの十字路で貨物を乗せた馬車たちが横転したそうで、通行止めに……!」

「ひぇっ」


 ジャスミンの魂が抜けたが、シンディーは冷静に馬車の窓から十字路を覗いた。たしかに何台もの馬車が立ち往生している。


「歩行者は通行できますわね」

「……! ええ!」

「けっこう」


 シンディーの問いかけに察しの良いじいやはすぐに肯きを返し、すぐに馬車の外へと姿を消した。


「念のために自転車を乗せてきて正解でしたわ。急いでいる時に限ってトラブルは起きやすいもの。転ばぬ先の杖は何本あってもよいものですわね」


 原稿と表紙の入った封筒を携え、シンディーはさっそうと馬車を出た。じいやが馬車からおろした自転車のカゴに封筒を入れる。あとは印刷所に向かってペダルをこぐだけだ。


「待って、シンディーさん! わたしも行く!」


 ようやく我を取り戻したジャスミンが転がる勢いで馬車から出てくる。


「残念ですけど自転車は二人乗りが禁止されていましてよ、ジャスミンさん。ここはわたくしに任せて――」

「ヤダ!」


 自転車にまたがりハンドルを握るシンディーの両手に自分の手を重ね、ジャスミンは訴えた。涙の膜が張られた瞳がゆらめく。


「だって、今回もわたしのせいで直接入稿になっちゃって、シンディーさんたちにたくさん手伝ってもらって、それなのに全部シンディーさんに任せるなんて無責任すぎるもん!」

「適材適所という言葉をご存じ?」

「知ってるけど知らない!」


 シンディーは懐中時計を取り出す。現在時刻は十七時三十五分。

 馬車なら印刷所まで十分、自転車なら十五分ほどだろう。ぎりぎり間に合うはずだ。


「わかりましたわ、ジャスミンさん。どうぞお乗りくださいな」

「う゛ん゛っ! ありがとうシンディーさん!!」


 シンディーは自転車のカゴに入れた封筒を取り出し、じいやが差し出した鞄の中に丁重にしまった。そしてそれを背負う。


「……シンディーさん?」

「さあ行きますわよジャスミンさん!」

「え?! ま、待ってシンディーさん! はやっ!」


 こんなこともあろうかとシンディーは走りに特化した運動靴をはいてきたのだった。制服のスカートの下も機能性を重視したズボンである。故にスカートがどれだけめくれようとちっとも恥ずかしくない。

 クラウチングスタートで走り出したシンディーを自転車をこいで懸命にジャスミンはおいかけた。

 かくして十五分後、シンディーとジャスミンは無事に原稿納入に成功した。顔見知りになってしまった印刷所の職員からは「今回も見事なギリギリ入稿だったね!」と良い笑顔つきで言われてる始末。

 印刷所を出て未だ通行止めになっているだろう場所を目指して二人は歩いていた。


「ごめんね、シンディーさん。けっきょく最後まで大迷惑を……」

「あら、通行止めは仕方ありませんわ」

「うん、それはそうなんだけど。もっとわたしが早く、せめて昨日のうちに原稿を上げていれば……」


 背を丸め、とぼとぼと自転車を引くジャスミンの膝は赤くすりむいていた。スピードを出した自転車で転んだわりには軽傷の部類だろう。

 ジャスミンが転ぶことを予測してシンディーは原稿を自ら背負って走ったのだった。

 悄然とするジャスミンの額をシンディーの指がはじく。いわゆるデコピンである。

 急なことに自転車のハンドルから放して額を押さえるジャスミンから自転車を受け取ったシンディーは鮮やかな笑みを作った。


「後悔ではなく反省してくださいませ。失敗は次に生かしてこそ、ですわよ? それに終わり良ければ総て良し、間に合ったのですから良いではありませんか。次はきちんと締め切りを守って下さるんでしょう?」

「うん……」

「でしたらなんの問題もありませんわ。三日後の文化祭のためにも英気を養いましょう。きちんと睡眠を取ってくださいましね」

「う゛ん゛っ……!」


 瞬く星空に見守られ、どちらともなく手をつないで歩いていく少女たちは知らない。

 冬の祭典用の締め切りを余裕で守れたジャスミンが二冊目の原稿に手を出すことを。

 そしてそれが原因で再び修羅場になることを。

 今はなにも知らない二人は笑いあってほのかに灯りが灯り始めた道を歩いていくのであった。

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ソリーム学園漫研女子の日常 結城暁 @Satoru_Yuki

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