#58 忘れよう、まずはそこからだ
突然ダンジョン内で崩れ落ちた俺を見て、女性陣はなにか攻撃を受けたと思ったようだ。
即座に警戒態勢がとられ、一時ダンジョン探索は中断された。
「ジミチさん、どうしたんです。大丈夫ですか!?」
「あ、あぁ……」
全然大丈夫ではない。
しかしなぜ大丈夫ではないかは言えない。
「敵の攻撃受けましたか?ジーナさん、ヒールの準備を」
「……大丈夫。……怪我はないから、少し待って」
俺はしばし目をつぶる。
こういうときの対象方法は心得ている。
俺は社会にでてから、様々な経験からこういう場面でどうすればいいかを学んでいた。
それは実に簡単なこと。
"全て忘れてしまえばいい"
心を苛む現象は、全て俺の心が生み出す錯覚だ。
物理的な攻撃があるわけじゃない。
全て忘れてしまえば、俺の心を責めるものは存在しない。
(よし、なにもなかった!)
俺は、目をカッと開け立ち上がる。
「大丈夫、ちょっと昨日の疲れが出ただけだから! もう治ったから平気!」
「えぇぇ……疲れとかそんな崩れ落ち方じゃなかったんですけどぉ……」
ペルノさん、崩れる瞬間を見ていたからな。
でも、俺の前を歩いていた2人はごまかせる。
「大丈夫! さぁ、探索を続けよう。といってもさっきから見てると俺必要なさそうだ。8階でもこんな感じなの?」
俺は強がりつつ、無理矢理話題を変えた。
もう余計なことを思い出すきっかけはいらない。
「あ、はい。敵が増えるので、ジーナさんがカバーに入ることは増えますが基本変わりません」
クロモリさんは指を頬に当てながら答える。
ジーナはそれを聞き、釘をさす。
「ここよりもかなりギリギリだな。敵が増えて接近されることが多い。加えてクロモリが対処できない敵がいるから、私が守りを離れないといけなくなる」
「9階は?」
「遠近両方の攻撃ができるマッドゴーレムが増える。こちらも今のクロモリでは処理できない敵だ。数も多いから怪我をする可能性も高い。私は9階は反対だ」
「クロモリさんは、マッドゴーレムはどうするつもりだったの?」
6階を見る限りでは、対処方法さえきちんとしているなら、問題ない気がする
「石のゴーレムと違って核があると聞いていたので、そこを打ち抜くつもりでした」
「クロモリ、マッドゴーレムの核は埋もれていてわかりにくいぞ。他の方法も持っておいたほうがいい」
「他の方法ですか? いくつか考えはありますが……会ってみてからですね」
「う~ん、考えがあるみたいだし、4人いるうちに9階を見に行くのはアリじゃない?」
俺はジーナをみた。
「ジーナも、9Fはまだカバーできるんだろ?」
余裕があるなら、わざと怪我をする余地もある。
「一応は。10階より下のうちはなんとかなる」
「ペルノさんもいいかな」
「はい。ジーナ師範が問題ないなら、私は大丈夫です」
「じゃあとりあえず9Fにいきましょう」
ダンジョン内でゲートを開くのは危険なので、いったん俺らは広場に戻る。
時計塔を見ると、まだ9時前だった。
「クロモリさん、ダンジョンの前に朝食にしないか? 今朝は食べる時間がなかったからお腹が減ってるんだ」
「そうですね。誰かさんが逃げないなら、それでもいいです」
スルリと魔法のロープが俺の首に巻き付いた。
まだ信用されていないらしい。
「わかったわかった、この状態でいいから近くのカフェにいこう」
クロモリさんは、俺につながったロープをもってご満悦だ。
見ようによってはペットとご主人様。
プレイのいっかんにしかみえない。
「こういう関係もあるんですね」
ペルノさんは、俺らを見て何か勘違いしているようだった。
断じて違うのだが、訂正する気にもならない。
周囲の反応も少々痛かったが、俺はそれを全部無視してカフェに向かった。
ちなみに、いつも利用しているところとは別の場所だ。
おのおのメニューを頼み、腰をおちつける
クロモリさんはロープの関係上、俺の隣だ。
ニコニコしながら、メニューを頼むクロモリさnは片時も手からロープを離さない。
(そろそろロープなんとかしてくれないかなー)
横に座ったクロモリさんが目に入った。
今日、彼女はショートスカートをはいていた。
生足が眩しい。
(あれ、クロモリさんってスカート履いてたっけ?)
会った時からこちら、今日以外はパンツだった記憶しかない。
こんな風に生足を出す服は今日がはじめだ。
(これって完全に5日前の・・・・・・)
俺は一瞬、余計なことを思い出しかけて身悶えする。
「ジミチさん、どうしました?」
「い、いや、なんでもない。あれ、クロモリさん痩せた?」
はじめて見た日はふっくらしていたのだが、今、改めて見直すとだいぶすっきりしている。
「はい! 最近ずっとダンジョンに潜ってるから、だいぶ体重落ちました」
すらっとしたクロモリさんは、よく見ると整った目鼻立ちをしていた。
「ジミチさんも、前より精悍になってますよね。トレーニングしてるんですか?」
「トレーニングはしてないよ。バイトのせいじゃないかな?あそこ割はいいけど重労働だし」
「そういえば、ジーナさんが褒めてました。すごく丁寧に働いてるって。他のバイトの人たちが嫌がる作業を率先してやってるから、重宝されてるとか」
「あ~、バイトの話はまぁいいや。俺からはなんとも言えないし。これからの話をしよう。ちょっと気になったんだけど、6階であれだけの速度で戦えるなら、あそこでも相当効率がいいんじゃないの? なにも危険を冒してまで下に進む必要ないように思うんだけど」
「実は、あれって消費DPを代償に、殲滅力を上げてるんです。だから6Fの敵だと全然稼げなくって。たぶんあのまま続けても1日やって10000届かないかも……」
「だから、下の階に突き進んでたのか。8階だと稼げるの?」
「そうですね、昨日の感じだと15000くらい増えてました」
「う~ん、効率が悪すぎる……。だけどアドバイスしようがないなぁ」
燃費の悪さを代償に、圧倒的な殲滅力で敵を駆逐し数で稼ぐ。
楽しさを優先した結果なのだろうが、俺とクロモリではあまりにスタイルが違いすぎて、なんと言っていいかわからなかった。
「とりあえず、一緒に9階に潜ってみてから考えよう。ボスにいくかは別にして」
「ジミチさんはついてくるだけでいいですよ。ボスは私が倒しますから」
う~ん、本当に保険としか見られてない……。
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