#57 SAN値ぴんち切腹

 ズルズルズル。

 俺はクロモリさんに簀巻きにされて引きづられていた。

 ダンジョンまで、この状態で連れていかれるらしい。

 朝8時。人通りは少ないとはいえ、これはかなり恥ずかしい。

 

「ジミチさん、逃げようとしましたよね」


 なんで読まれてるかなー。

 クロモリさんのプロファイリングが恐ろしい。

 ちなみに、ジーナも脇で苦笑しながらついてきている。

 彼女は俺が逃げようとするとは思いもしなかったみたいだ。


「ちゃんと行くから解放してくれない?」


 普通はここまでやられたらもう逃げないでしょ?

 そう主張してみる。


「そういって逃げる人だからダメです」


 なぜ見抜かれているのだろう。

 確かに隙があれば俺は逃げる。

 俺は助けてくれないかなーとジーナを見るが、彼女には首を振られてしまった。

 大人しくこのままダンジョンまで連れていかれろということらしい。


(う~ん、ジーナからの信用も失ってしまったなぁ)


 ならばと、俺は今回追加された護衛ペルノさんに視線を送ってみた。

 彼女とはまだ挨拶しかしてないが、見た目から常識人っぽい。

 助けてくれる可能性がある気がする。


「あの~、私がマークしますから解放してあげませんか」


 ギロッ


「部外者は黙っててください」


「ひっ、ふ、ふぁい!」


 残念、常識人すぎて対抗力がなかったみたいだ。

 実際のところ部外者じゃないから発言権はあるはずだが、完全に気迫に飲まれてしまっている。

 マークされていようと、トイレに逃げ込めれば勝ちだったのになぁ。


「こ、怖いよぅ」


 ペルノさんはダンジョンにもぐる前から半泣きだ。

 そして、俺は簀巻き。

 大丈夫だろうか、このパーティー。

 しかし、そんな不安もよそにクロモリさんはずんずん進み、やがてダンジョンの入り口まで到着してしまった。


「さっ、着きましたよ」


 俺がいつも利用しているダンジョン2番口は、人は少ない。

 人が少ないということは、見通しがいいわけで。

 簀巻きの堕ち人(男)と、それを引きずる堕ち人(女)。

 俺らのパーティはすごく注目を集めていた。

 入り口前の人たちは全員こちらを見ている。

 すごく恥ずかしい。


「じゃあ、6階へゲートを開くから少し待っててくれ」


 今回、ダンジョンの下の階へは『転移扉(ゲート)』の魔法を使って移動する。

 多くの冒険者が使っている方法で、ダンジョンの階層を移動する方法としてはとてもメジャーなものだ。

 龍脈という大地に流れる魔力の河を利用するため、こうして利用可能な場所まで出向く必要はあるが、そこを込みにしても、あまりにメリットが大きい。

 使っていない俺はかなり異端な部類に入るだろう。


 ジーナさんはまずゲートを小さく開くと慎重に中の様子を探る。

 ゲートを開いた場所に魔物がいた場合は非常に危険だ。

 ゲートは一方通行なので、広間に魔物が出る心配はないが、転移した直後に襲われてしまう愚は避けたい。

 

「問題なさそうだ。行こう」


 ジーナさんはゲートの大きさが2mくらいまで広げると、ペルノさんが飛び込んだ。

 先に飛び込んで障壁を張り巡らせてくれるらしい。

 続けて俺が簀巻きのまま放り込まれて、クロモリ、ジーナと続いた。


「イタタタ」


 ダンジョンの中でやっと拘束が解除される。

 腕を見ると、縛られていたところが、完全に痣になっていた。

 3人はきっちり装備を整え周囲を警戒しているだけで心配もしてくれない。

 プロの冒険者としては正しいけど、女性としてはどうだろうね。

 俺もゴーグルをかけあたりを見回すと、1Fと変わりない洞窟がそこには広がっていた。


「それじゃ、どうする」


 俺は、6F用の索敵リングと念動リングを購入し装備すると、3人に準備が整ったことを告げた。

 今回は、精霊なし。

 念動リングでのサポートに特化する予定だ。


「とりあえず、周囲を見てみましょう」


 そういうとクロモリさんは、右手をさっと払った。

 同時に飛び出す光。


 バシュ


 俺の索敵リングから敵の反応が消える。


(ん?)


 クロモリさんは、スタスタ歩く。そして手を振っては光を飛ばす。


 バシュバシュバシュ


 次々と索敵リングから敵の反応が消えていく。


(もしかして、あの光。マジックミサイルじゃない?)


 今回、クロモリさんとパーティは組んでいないので、撃破メッセージはない。

 あくまで索敵リングの反応を見る限りだが、彼女は敵が察知する前に、索敵範囲外から次々とマジックミサイルで屠っていた。

 息を吸うように自然な撃破ができている。


(クロモリさん、マジミサ使いこなしてんなー)


 いともあっさり敵を屠っているが、ここは6階。

 かなりすごいことだ。

 曲がり角の先も、どうやっているかわからないが、綺麗にマジックミサイルを誘導して倒している。

 俺よりも確実に使い方が上手い。


「クロモリさん、どうやってマジックミサイル当ててるの? 俺のよりすごい曲がってるんだけど」


「マジックミサイルは操作性を向上させれば、かなり自由に制御できるんです。敵の位置を念視で調べておけば、まず外しません」


 念視、なるほどね。

 索敵リングと合わせて、正確に位置を把握しているわけだ。

 離れていても対象を正確に把握できるとは、良い魔法を見つけたものだ。


(……ん?)


 昨日の捕縛劇を思い出す。

 『離れていても、対象を正確に把握できる』魔法。


(あー……。昨日これで見られてたな)


 ちょっとぞっとする。

 俺はあと数日で、ギルドから宿泊料金をとられるようになる。

 この瞬間、魔法阻害のある良い宿に移ることを決心した。


(そういえば……)

(ここ最近、部屋で物思いにふけることも多かったのだが、大丈夫だろうか)


 やばいなぁ、最近平均3回くらいやってた憶えがある。

 ひじょうに嫌な予感しかしない。

 俺は、唐突に叫びだしたい衝動にかられた。

 

(う、うわああぁ、大丈夫なわけないじゃん! 昨日だけなわけないじゃん!)

 

 やばい、気づいてしまった。

 SAN値ぴんち。正気度が足りない。

 健全な男だもの、仕方ないじゃない。


(う、うわあああああぁ)


 恥ずかしい、恥ずかしい。

 最近一番やばかったやつを思い出す。

 たしか、5日前に……。


(うおおおおおおおおおおお891hjくぁ8s7)


 あ、あれを見られていた場合、切腹するしかない。


「あ、あの! ジミチさん! 突然くねくねしてどうしたんですか」


「あ、え、あ……。だ、大丈夫です」


 俺は体を押さえ、必死に叫びだしたい衝動をこらえていた。

 俺の後ろを守るペルノさんからはひどく奇怪に見えたことだろう。

 しかし、ダメだ、ダメなんだ。

 気づいてしまった以上、正気ではいられない。

 なにか、なにか正気に戻る方法はないか?

 

「く、クロモリさん。念視っていくらぐらいするの? 俺もそんな風に使えるようになりたいんだけど、いつから使いこんでる?」


 せめて2,3日前と言ってほしい。

 傷が浅くなるように。


「え?念視ですか。金額はカスタマイズにもよりますけど、20万くらいです。前にイハルさんと3人でお昼食べた日あったじゃないですか、あの日に買いました」


 10日以上前!

 俺は地面に崩れ落ちた。



―――――――――――――――――――――――


■魔法解説「念視(スクライング)」

系統   :魂

呪文構成 :認識

対象   :任意の物体一つ

消費魔力 :10+α(認識レベル)

時間   :5sec+α(認識レベル)


概要:

 術者は離れたところから対象を知覚することができる。距離的な制約はなく、対象をどれだけ知っているかが重要。情報が不足している場合は失敗することもある。

 生物と無生物で成功率が異なり、無生物のほうが容易。

 一般的には、失せ物探しによく使われる。

 魔法の中でも、非常に阻害効果を受けやすく知覚されやすい部類に入る。中級以上の魔法を扱える人物にはまず間違いなく察知されるし、妨害を受けると考えたほうがよい。

 まれに犯罪に使われることがあるが、その場合は物品を対象に周囲を見ていることがほとんどである。怪しい気配を感じたら、悪意探知の魔法を使うか、教会に相談すると良いだろう。



■アイテム解説「魔法のロープ」

 所有者の思い通りに動くロープ。ロケートオブジェクトの魔法がかかっており、数メートル程度の距離なら離れていても操作することができる。

 自在に動かせるとはいえ、きつく結んでしまった場合はほどく力はない。

 また、ロープより重たいものを持ちあげたり、動かしたりすることもできない。

 狭い場所や高い場所に届かせるために使うのが一般的。



■魔法解説「軽量化」

系統   :物理

呪文構成 :変化

距離   :5M+α(生成+操作レベル)

対象   :任意の物体一つ

消費魔力 :10+α(認識レベル)


概要:

 対象の重さを一定時間軽減する魔法。軽減する割合は術者の力量によって異なる。

 魔力を多く使うことで効果を上げることができるが、その場合は継続時間に注意が必要。この魔法は徐々に元の重さに戻るのではなく、とけた瞬間に元の重量になるので、容易に事故を引き起こす。

 自分が持てない重量を扱うときには、必ず軟化等の保険となる魔法を併用するべきである。

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