#53 土精霊(小)

 ドワーフと話して、俺は精霊使いの指輪から土精霊を召喚することを決めた。

 精霊使いの指輪【土精霊(小)限定】は120万。

 今なら6日で稼げる額だ。手持ちも400万DPある。

 チャレンジするにはいい頃合いだろう。

 俺は手早くリストから指輪を購入すると、精霊を呼び出す場所を考える。

 いきなりダンジョンはやめておきたい。

 地上が良いが、自室だと精霊が暴れたときの損害が気になる。

 

(リュシルならいい場所を知っているかな?)

 

 隣にいたリュシルくんに良い場所がないか尋ねると。

 

「郊外に大きな公園があるよ!」


 と手頃な場所を教えてくれた。

 魔法の実験にもよく使われる場所らしい。

 

「どのへん?」


「こっち、ついてきて。俺も精霊みたい!」


 ドワーフの話はなかなか面白かった。

 リュシルくんも精霊に興味を抱いたみたいだ。

 俺は彼に「皆にはないしょな」と口止めをしてから、公園に向かうことにした。



  *



 リュシルくんの案内してくれた郊外の公園は、木々の生い茂る、なかなかに良い場所だった。

 あたりには、家族が数組。

 穏やかな午後を楽しんでいる。

 そんな中、林の中に踏み入る男と少年。

 不信ではないだろうか。

 少々心配になりながら奥に踏み入り、実験の準備に入る

 カタログリストのマジックアイテムは、身に着けると使い方がわかる。

 精霊使いの指輪は、念じれば精霊を呼び出してくれるようだった。

 

(こい!)

 

 指輪を見つめ、ただ念じる。

 それだけで指輪からは光が放たれた。

 

パアアアアア

 

 あまり強い光ではないが、注目をあつめるには十分な光量。

 木々に守られているおかげで目立たないが、街中で使わなくて良かったと思う。

 少しすると光は指輪から離れ、俺の目線の高さくらいで静止した。

 指輪は、この光が精霊だと俺に伝える。

 

(え、これなの?)

 

 俺は小さな人型を予想していたのだが……。

 

(思っていたのと違うなぁ)

 

 しかし、リュシルくんは違ったようだ。

 魔力の波動から察したらしく、その小さな光をみて。

 

「わあああぁ、これかぁ」

 

 とキャッキャッ喜んでくれた。

 精霊にもその様子は伝わったようだ。

 指輪から俺に、精霊の《嬉しい》という感情が伝えられる。

 リュシルくんが喜んでくれたことが、嬉しい。

 精霊使いの指輪は精霊の気持ちの伝達&翻訳も行ってくれるようだった。

 

「リュシルも精霊みたのは初めて?」


「うん、この街に精霊いないし!」


 精霊自体は、森や山にいけば珍しくないらしい。

 しかし、外の世界は魔法を使う獣のうろつく危険地帯だ。

 リュシルくんの年齢では街の外にでることはまずない。

 そら目にすることもなかっただろう。

 俺からすると、ミニライトが浮遊しているだけだが、リュシルくんからすると得難い体験のようだった。

 

(まぁ、喜んでくれたのなら良かった)


 精霊はすっかりリュシルくんが気に入ったようだ。

 彼の周りを飛び回り好意を示している。

 リュシルくんも精霊を追いかけてクルクル回り楽しそうだ。


 木漏れ日の中、光と戯れる美少年。

 絵になる光景だった。

 その絵を前に困惑するおっさんこと、俺。

 召喚主なのに一番邪魔とはこれいかに。


(さて、どう話しかけたものかな)


 指輪は感情を伝えることでコミュニケーションがとれることを教えてくれる。

 しかし、なんの感情を伝えれば良いのだろう。

 俺は呼び出して3分で途方に暮れていた。


(感情のコミュニケーションってなんだ?)


 言葉とは違うのだろうか。

 俺はためしに「はじめまして」と指輪に念をこめてみる。

 それに対して、精霊から帰ってきたのは。


《???》


 困惑。全然理解されなかった。

 精霊に挨拶はないのか?

 

(ふむ、わからん。どうしたらいい?)

 

 俺は傍らでふわふわ浮かぶ、小天使に目を向けてみる。


「テンシ、精霊とコミュニケーションとる方法わかる?」


【挨拶を送って困惑される、あなたよりは】


「テンシ、精霊とのコミュニケーションは、まずどうすればいい?」


【歓迎するなら喜びを伝えてください】


 なるほど、リュシルくんが正しかったか。

 変にこねくり回すより、子供みたいに素直な反応のほうが良いらしい。

 しかし、俺はひねくれた大人。

 これはコミュニケーションに骨が折れそうだ。

 

(ただ喜ぶって、案外難しいよな)

 

 リュシルくんを見ると、楽しそうに精霊を戯れている。

 実にほほえましい。

 光を追いかけて、くるくる、くるくる回る。

 ただ、少々回りすぎたようだ。

 めまいを感じたらしく、あるタイミングでリュシルくんは姿勢を崩した。


「あっ」


 俺が止める間もなく、リュシルくんは躓き、体が宙を浮く。

 とっさに手が出るが届かない。


(危ない!)


 そこに精霊は答えた。

 

モコモコモコ、ばふっ

 

 柔らかな土が下からせり上がり、クッションのようにリュシルくんを抱きとめる。


(おぉー)


 リュシルくんは、土だらけになったが、怪我はない。


(なるほど、精霊に魔法を使ってもらうとはこういうことか)


 俺はやっちまったと笑うリュシルの土を払ってあげながら、精霊使いの要訣を少しつかんだ気がした。

 

 おそらく、困ったら純粋に助けてと頼むのが正しいのだろう。

 そして、おそらく、助けてもらったらありがとう。これだけでいい。

 

 俺は土精霊に「助けてくれてありがとう」と感謝を伝えると、《嬉しい》とだけ返ってきた。

 

 助かって嬉しい。感謝があって嬉しい。

 伝わった『嬉しい』は一つだけだったが、そういう意味合いがあることを指輪は教えてくれる。

 120万するだけあって、翻訳機能はなかなか優れている。

 ただ、他の120万するアイテムと比べると確実にしょぼい。

 カスタマイズしないままだったら、4000万だ。

 

(これは買われないわけだなぁ)


 わかっていたこととはいえ今後どうやって活用していくか、俺は静かに頭を悩ませるのであった。

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