#54 瘴気と精霊

 ダンジョンについて調べていると、たびたび目にする瘴気という単語。

 こちらでは、当たり前になっている存在だが、そもそも瘴気とはなんなのだろうか?


 気体?

 イメージとしては赤紫色をした毒々しい空気か。

 体に悪影響を及ぼしそうな毒ガスみたいなものを、連想しがちかもしれない。

 しかし、こちらの世界の瘴気、気体はありえない。

 ダンジョンという風通しの悪い場所で気体がまともに循環するわけもないし、もし気体なのであれば、ダンジョンから瘴気を吸い出してしまえば、事は終わりだ。それだけで魔物は発生しなくなることであろう。

 なので、気体ではない。

 瘴気とは、ダンジョンの壁を貫通し、地下から均等に周囲の大地を汚染するもの。

 すなわち"魔神によって汚染された魔力の波動"に他ならない。

 

 この瘴気だが、場所によって濃さ薄さがある。

 当然魔神から離れた場所ほど薄いわけだが、それを計るアイテムに『瘴気計』なるものがある。

 この街では温度計くらいメジャーなもので、ダンジョンの入り口には必ずおいてある。

 0から50までメモリがついていて、この街ではだいたい16前後が基本。

 魔神の力が強くなれば、この値はどんどん上がっていくそうで、25まで達すると地上にまで魔物があふれ出すと言われている。


 つまり、ダンジョンの上に立つこの街自体にも薄く瘴気は漂っている


 これを今日契約した精霊は非常に嫌った。

 呼び出した公園は郊外にあってマシな場所だったらしい。

 しかし、街中に入ると耐えられなかったようで、《嫌!嫌!》と騒ぎ出したのだ。

 小さな光が激しく飛び回り上下する。 

 これには、俺もリュシルもびっくりして、慌てて指輪の力を使って、元の場所に戻すはめになった。


(瘴気が嫌いか、これは困ったな)


 ダンジョンはもろに瘴気の発生源だ。

 この様子ではまともに使い物になるかどうか。


「う~ん、これ、ダンジョンに連れていけるかな……」


「う~ん」


 リュシルくんも俺と一緒に首をかしげ悩んでくれる。


「無理じゃない?」


「かもなぁ。ちょっと試してくるよ」


「ダンジョンいくの? キットにしては珍しいな!」


「俺だってダンジョンには潜ってるんだよ……」


 まぁ、リュシルくんは俺がカフェにいる姿しか知らないから無理もないか。

 さすがにリュシルくんをダンジョンに連れていくわけにもいかない。

 ここで今日はお別れとすると、リュシルくんと手を振って別れた。



  *



 結論、精霊はダンジョンでは使い物にならない。


「全然だめだ……」


 俺は自室のベットにバフっと倒れこんだ。

 こちらのベットは柔らかくないから、ちょっと痛い。


「まさか、逃げるなんてなぁ……」


 精霊はダンジョンで呼び出した途端、街中に入ったときと同じように《嫌!嫌!》と騒ぐとダンジョンの天井に消えてしまった。

 こちらが何か頼む暇もない。完全に失敗である。

 これは売るしかないかもしれない……。

 DP消費がないから便利に思えたのだが、完全に目測を誤った。

 街中の使用すら危ういから、精霊便りで土建の仕事も受けられない。

 かろうじて、街の外の魔獣退治が考えられるくらいだ。


「一応、今度の魔獣退治まではとっておくか」


 人目に触れさせたくはないので使う場面は限られる。

 が、売るのはいつでもはできる。

 多少は様子を見てもいいだろう。


「誰も買わないわけだなぁ」


 伊逹に800年放置されていない。

 考えてみれば、ドワーフもエルフもダンジョンに潜っているのだ。

 ダンジョンに精霊が有効ならば、すでに効果は実証されていただろう。

 ドワーフと話したときに、そこまで踏み込んで聞いておくべきだった。


「この指輪、命令機能まで備えてくんないかなぁ」


 RPGであれば、大体はこちらの指示通りに動くから、こんなに困ることはない。

 思った通りに動いてくれない、望んだ連携ができない。

 ゲームでは簡単にできることが、リアルではこんなにも難しい。


「う~ん、あらかじめ話し合っておければワンチャンあるかも……」

 

 事前に言い含めておくことさえできれば、道はある。

 難易度は高いが、もしできたならダンジョンにおける初の精霊使いだ。

 俺は試しに自室で精霊を呼んでみる。


 パアアアア


 光と共に俺の指元に精霊は現れると、ダンジョンとは違い、逃げることなくふわふわ浮いていた。

 自室は2階。

 どうやら、地上から離れると、多少は落ち着くらしかった。

 俺は室内で光る精霊を見つめ、なんと感情を伝えるか考える。

 呼び出しはしたものの、なんと伝えるか自分の中に答えを見つける事ができなかった。


「はぁ、どうしよう……」


 俺はしばし、ぼーとしながら光を見つめる。

 精霊も呼び出されたものの、何の接触もないから、少しとまどっているように見えた。

 部屋のなかをあちこち、ふらふら~ふらふら~と飛び回る。

 どうにも目的のない浮遊に見えたが、部屋の隅までいったときに急に動きが変わった。

 何かを発見したみたいで、急に俊敏になり、俺の荷物の一つに飛び込み動かなくなった。


 ……?


 俺の部屋には、たいしたものは何もないはずだが。

 急な反応に驚き、俺も部屋の隅に足を運ぶと、精霊はスマホにくっついていた。


《好き好き!好き好き!》


 初日目に電源を切って以来、部屋の隅に置きっぱなしのスマホ。

 なにか精霊の琴線にふれるものがあったらしい。

 それは何かはわからないが、俺がスマホを手に取ると、精霊はそこについてきた。

 スマホをポケットに収めると、精霊もそこに収まり大人しくしている。

 これはもしや……。


 俺は試しにそのまま1階に降りてみる。

 昼の様子をみる限りでは、精霊は騒いで止まらなかった。

 しかし、今回スマホにくっついた精霊は静かで、昼のような反応はみせない。

 ポケットの中に納まり、《好き好き!》とスマホ愛だけを主張し続けている。


「いける!」


 俺は慌てて部屋に戻ると、再びダンジョンに潜る装備を整える。

 そして、勢いのままダンジョンに向かって駆け出した。

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