#51 少年に介抱される

 29日目、昼のカフェ。

 俺は2日酔いでテーブルに突っ伏していた。


「キットは本当に馬鹿だなぁ」


 頭痛い。俺はおえぇと嗚咽を漏らすと、リュシルくんが背中を撫でてくれた。

 彼の介抱が身に染みる。ほんとリュシルくんはいい子だ。


「ううぅ、気持ち悪い」


「部屋で大人しくしときなよ」


「今日はちょっと予定があって、この辺にいないといけないんだ」


 俺は昨日のドワーフを探していた。

 おぼろげながら、彼もこのカフェのある2番口を使っていると言っていたのを記憶している。

 そして今日ダンジョンにいくとも。

 できれば、早いうちに彼には話を聞いておきたい。

 あと、ついでではあるが、酒場のマスターと来月のバイトについて打ち合わせも入っている。


「キットに用なんてあるの」


 この子は、俺に何の用事も入らないプーと思っているらしかった。

 印象がひどすぎる。


「俺にだって予定が入ることだってあるよ」


「ふーん。大事な用?」


「あぁ、それなりに」


「じゃあ、俺が治すよ!」


 リュシル君は目をキラキラさせて手を挙げた。

 彼は中級魔術師だ。

 これまでの学習過程で回復魔術もやってきたという。


「うぅ……、ならお願いしようかなぁ」


「まかせろ!」


 そういうと、お医者さんごっこよろしく、リュシル君は俺の服をまくると、小さな手を俺の心臓の上に置いた。

 そして目をつぶり、左手を自分の心臓の上に置く。


「……」


 彼は声にならない音で、何かごにょごにょ呟くと、カッと目を見開き呪文を唱えた


「ヒール!」


 その瞬間、胸の当たりからほわんほわんと暖かな波動が広がった。

 胸に優しい気持ちがあふれてくる。

 しかし、効果はそこまでで、頭痛が止む様子はなく、気持ち悪さが消えることもなかった。

 

「効いた? 効いた?」


 リュシル君は目をキラキラさせて、「どうよ」と問いかけてくる。

 結構自信ありげだ。あまり効かなかったけれども。

 俺は少し逡巡して、無難に返すことにした。


「あぁ、効いたよ。完全に、とはいかなかったけど。だいぶ良くなった」


 必死のやせ我慢。

 なるべく優しい笑顔をうかべ、くしゃとリュシル君の頭を撫でる。


「ほんと! やった、俺あんまりヒールの成績良くなかったのに!」


 得意じゃないんかい。

 なんで自信ありげなんだろうね、この子。


「残ってるなら、もう一度! ヒールヒール!」


 リュシルは、1度でダメなら2度とばかりにヒールを連発する。

 再び心に暖かな波動が伝わり、すごく優しい気持ちになる。

 頭痛は酷いが、彼のために我慢しようという気持ちが強くなった。

 ……このヒール、心に作用する魔法なのでは?


「あぁ、良くなったよ。ありがとう」


 なでなで。

 リュシル君は満面の笑みだ。

 エヘヘヘと笑いながらくっついてくる。


「ニーナはいつも俺のヒールはなってないって怒るんだ。でも姉ちゃんはよく効くって言ってくれるし、キツトも褒めてくれたぁ」


 ニーナはすごく正しい。

 ほんとはそっちのほうがリュシルのためには良いのだろう。

 本当にヒールが必要な場面で困るからな。

 しかし、リュシルくんのこの笑顔を見て、釘をさすことなんてできようか。

 俺にはできない。

 俺は、ただただリュシルを誉め感謝を伝える道を選んだ。


「ヒールで2日酔いが治るんだな。知らなかったよ」


 ポーションが効くのは知ってたが、あれは特別性だしな。

 一般に売られるポーションにそこまで汎用性はないし、効きもよくない。

 普通の魔術師が使うヒールもそうだと思っていた。


「ヒールはなんでも聞くよ。でも悪いところが見えないといけないんだ!」


 なんでも、ヒールの重要な要点は、治す所を認識することなんだそうだ。

 相手の魂を感じて、何を直すのか認識し、治療する。

 その認識ができないと、ヒールは効果を発揮しないのだと。

 そこが非常に難しいから、ヒールの使い手は少ないのだとリュシルくんは言った。


「俺もヒーラーになれるかも!」


 目をきらきらさせながらリュシルは夢を語る。

 ヒーラーは需要が高い。

 教会をはじめ、どこにでも就職できる高給取りだ。

 ヒール一本で老後までいける人気職、リュシル君も憧れているらしい。

 しかし、彼のヒールは効果がない。

 やんわりと諦めさせなくては。

 確か彼はあまり魔力量が多くなかったように記憶している。

 数がこなせないあたりをつつくことにしよう。


「よし、そのためには、もっと練習しないとな」


「ヒールヒールヒール」


 ほわんほわんほわん。俺の胸がすごく暖かくなる。非常に心地よい。


(う~ん、少しぐらい効き目がなくても問題ない気がしてきた)


 なんだかエルフも許せる気がする。


(……しかし、心が優しくなるこの感じ、なんだろう?)


 ヒールは『相手の魂を感じて、何を治すのか認識し、治療する』。


(何を治すのか認識し?)


 ……あれ?


(リュシル、俺の心が悪いと感じてない?)


 !?

 俺は衝撃の事実を前に、リュシルを見ると彼はニコニコしていた。

 俺が元気になったことが嬉しいのだろう。

 そこには悪意の欠片は一切見えない。

 

 リュシルくんは、自分の胸に手を置いてヒールを唱えていた。

 確かに、自分の魂の波動と比べて、俺の魂の悪いところをみたら、二日酔いよりも心が悪く見えるかもしれない。

 

(それは注意出来ないよなぁ……)

 

 俺はただただ愕然としながら、彼が見ていないところでポーションを飲み、二日酔いをごまかすのだった。




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■魔法解説:「ヒール」

系統   :命+魂

呪文構成 :生成1+変化1+認識3以上

距離   :接触

目標   :魂を持つ対象1つ

消費魔力 :100+α(治癒すべき内容により変化)


概要:

 あらゆる怪我不調を直す万能の回復魔法。

 ただし、効果は使い手の力量に大きく左右される。

 ヒールが治せるものは、対象の問題ある個所。術者が問題ある箇所を上手く認識できなければ、効果がでない。

 また、どのように回復するかも、相手の魂から判断される。

 (欠損した箇所が治癒できるのは魂より判断するため)

 非常に認識の力が大事な魔法だが、魂の認識は非常に難易度が高い。

 内傷や生活習慣病まで把握し治療できる術者は稀。ほとんどの術者が認識の容易な外傷までになる。

 神霊や神獣に奇跡を乞うものが後を絶たないのは、このためである。

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