#48 過去の事件とサトーのマニュアル

 最近のギルマスは忙しい。初心者ギルド内で見かけることも稀だ。

 どうにも先日の事件の余波はまだ続いているらしい。

 しかし、今朝に限っては運よく所員に尋ねるとすぐに捕まえることができた。

 たまたま初心者ギルドに用があるだけみたいだったが、せっかくなので先日聞いた事件について尋ねてみることにした。


「俺らがくる前に、堕ち人が大量に死ぬ事件があったと聞いたのですが」


「あー……、それな。実はその件は話せねぇんだわ」


「店長が聞くのに良い頃だって言ってましたよ」


「ガソツめ、余計なことを。すまんが事情があって詳しく話すことは無理だ。ただ、そうだな。簡単に概要を話すと隣国の連中にそそのかされた堕ち人がたくさん出た。隣国の連中は自分の国に連れ帰ることが目的だったみたいだが、色々あって暴走しちまってな。結果、人死にがたくさん出て、ここ数年の堕ち人はだいぶ減っちまった。救いなのは原因がお前達にないって皆知ってることだな。だから後続のお前達に影響はない」


 だから安心しろと締めくくると、ギルマスはそこで口をつぐんだ。

 詳しく話せないと言いながら、ずいぶんと話してくれたものだ。

 十分詳細な気がするんだが、これ以上に話があるってことか。やばいな。


「んー、なるほど。この話、他の2人にはどうします?」


「俺はまだ忙しくてな。折をみて、お前から話しといてもらえないか?」


「わかりました。あともう一つ要件があって、サトーさんのマニュアルが見たいのですが」


「それなら丁度ギルド内に一つある。ほしけりゃやるぞ。今そこらで配られてるしな」


「じゃあ、返すの面倒なのでください」


 そういうと、ギルマスからは了解の返事があり、棚から紙の束が渡された。

 そこそこの厚みがあり、最後のページの右下をみると96と数字が打たれている。

 結構なページ数だ。

 印字は表だけだが、字も細かく、読み切るのは結構手間取りそうに見えた。


「そうだ、ジーナから聞いたぞ。お前、装備が良いらしいな。どんなやり方してるか知らないが、戦えるなら今度魔獣狩りに行ってみないか?」


「魔獣狩りってなんですか?」


「街の近郊にでる危険性の高い獣を狩りに行く仕事だ。包囲をかけるために人数が必要でな。給料が良いから金が必要な冒険者には声をかけてるんだ」


 こちらでは、魔法を使える獣を魔獣と呼ぶらしい。

 魔物(ダンジョンモンスター)とは区別される存在で、増えすぎると危険だから定期的に駆逐するのだそうだ。

 今回の対象は角ウサギとよばれる魔獣で、難易度も下だとギルマスは言った。

 

「それって、いつ頃ですか?」


「来週頭だな。参加するなら所員に言ってくれ。当日参加もできるから、朝に西門に直接きてもいい」


 賃金もいいなら興味はある。

 当日まで、その日に予定がなければ行ってみてもいいかもしれない。


「予定が入らなければ行くと思います」


「おう、待ってるぞ」


 そう返事をすると、ギルマスは別のスタッフに呼ばれ奥に消えた。



  *



 俺はギルマスと別れた後、いつものカフェでサトーさんのマニュアルに取り組むことにした。

 ペラペラとめくってみるといくつものチャート図を見ることができる。


(この派生、全部憶えるのかな……)


 基本ルートは単純だが、分岐が半端ない。

 俺は少なくとも、こんなの暗記したいとは思えなかった。

 サトーさんとは組めなさそうだ。

 しかし、初めから憶えることを放棄して概要をつまむだけなら、そう難しくはない。

 基本的な考え方は、オンラインゲームの役割分担を整備したものに近かった。

 ただし異常なのは、敵別にメンバーの動きが完全に決まっていることだ。

 パーティ人数と構成、戦う場所と使用する装備&魔法、メンバーのコンディション、戦闘時間と休憩時間、その全てが固定。

 例外は認めず、条件が整わないなら完全撤退。と徹底している。

 これは、ルールを固定することで『自動化』を図っているともいえるが……


(なにかが違う)


 これは俺とは、ずれている。そう感じた。

 俺は自分の自動化の参考にために、このマニュアルを目にしたのだが、心が『これは参考にならない』と囁いている。なぜだろう……?


(これも細かくルールを制定することで、自動化しようとしているように見えるんだけど)


 何かが嫌だった。この自動化は俺好みじゃない。

 俺はそのもやもやを突き止めるために、しばらくマニュアルをにらめっこを続ける。

 ペラペラとめくりながら、思考を整理していくが、何が違うのかイマイチつきとめることができなかった。

 俺は右手で書類を持ち、左手で顎をつかみ、う~んと悩む。


「今日はなに見てるんだ?」


 そこへ、ひょことリュシルが、俺の目の前に飛び込んできた。

 紙をもっていたのは右手なので、左の空いたスペースから隙間に入り込んできた感じだ。

 リュシルは、書類を見た後、振り返り「なにこれ?」と俺を見つめる。すごく近い。


「これはサトーって冒険者のマニュアル。今流行りの戦い方なんだって」


「ふ~ん。なんか難しそう」


 確かに、難しい。

 オンラインゲームに慣れてないと把握し難い概念に、細かいチャート。

 俺も真っ先に暗記したくないと思った。

 そこで、カチリと思考がはまり、もやもやが晴れる。


(なるほど、わかった気がする!)


 俺はようやく違いに気づけた。

 

(これは努力が必要なんだ)


 俺が目指しているのは、工場のような自動化だ。

 作ってしまえば自動で処理されて、誰でも恩恵を受けられるもの。

 そう、川から畑に水を引くように。

 蛇口をひねれば水がでる水道のように。


 一方サトーのマニュアルは、メンバーの努力と思考停止を求める。

 マニュアルを記憶する努力、マニュアル通りに動き続ける努力。

 その努力の先には機械のように固定された動きを『人力で』行う人の姿が残る。

 まるで、ソシャゲのイベント周回を無心でポチる人間のように。


 人力と努力の排除を目指す俺と、人力と努力を求め続けるサトーさん。

 あまりに意味が違いすぎる。

 自動化に注目しすぎていて、変なところにはまってしまったようだ。


「そうだな、難しいな!リュシルの言う通りだ」


 俺は答えを得るきっかけをくれたリュシルをなでると、リュシルは「でしょでしょ」と素直に喜んだ。

 不要な理由がわかれば、こんな紙に向き合う理由はない。

 その後はマニュアルは完全放棄し、リュシルとだらけて過ごしたのだった。

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