#47 ローザの感謝
酒場の良い女。
それがわかりやすい看板娘ローザの評価だ。
きっぷがよく、面倒見がよい。気さくで話しやすく、誰でも好感がもてる女性。
冒険者にも彼女のファンは多く、ローザ目当てで通っているものも多い。
その彼女が、珍しく俺を訪ねてきた。
俺はローザと話したことはほとんどない。
バイトで重なる日がほぼないためだ
彼女は今日はバイトの日ではないが、俺に直接礼を言うために酒場にきたらしかった。
「あんた以外には昨日礼を言ったからね」
代わりに入ってくれて助かったと、彼女は俺に礼を言った。
実に律儀なことだ。
ローザはこうした義理堅さも持ち合わせている。
「バイトで一緒になる日が遠かったから、今日のうちにと思ってね。本当は休む前に誰かに代わりを頼めればよかったんだけど」
当然、それは無理な話だ。
事故を前に平然としていられなかったから、休むことになってしまったわけだし。
俺はしめっぽい方向になる気配を感じて、大声で馬鹿っぽく返すことにした。
「いやー、金がなかったんで助かりましたよ。俺、最近色々上手くいってなくて!前に店を壊した賠償金も返さないといけないし、困ってたんです。代わりに出れたおかげでやっと返済もできました。また金欠になったら頼んでもいいですか?」
無駄に大きな声だから、周りからも注目をあびる。
少し恥ずかしいが、こういうときは気にしたら負けだ。
ただ、少し顔が熱い。
「賠償金って、あんたはちゃんとしてると思ってたのに。金がないだなんて、出勤数くらいいくらでも口きいてあげるから、ちゃんと稼ぎな」
「やー、姉さんは頼りになるなぁ。じゃあ、困ったらたのんます」
「姉さんって、私、あんたより年下よ、年増に見えるからやめてよね!」
ローザ(22)はもうっと怒った。ちょっと可愛い。
やはりローザは元気じゃないとな。
でも年下感はまるでないから、より煽ることにした。
「姉さんは、姉さんだから仕方がないね。同士もそう思うだろう」
おうっ、と酒場内の至るところから声が上がった、やつらは調子がいい。
どこからか、
「姉さーん、しゃくしてくれー」
「姉さーん、あいしてるー」
と声も上がった。ほんとにしょうもない。
ちなみに、今まで酒場内ではローザで統一されていて、姉さんなどと呼ばれたことはなかったりする。
もしかすると今後呼ばれ続けかもしれないな。
「もー、あいつらはすぐ調子に乗るんだから、変なの定着させないでよね」
そういいながら、軽く殴る様子を見せた。
ノリがよくて助かる。
そこから少し話をすると、彼女の用を終わったようだ、
またねと帰る様子を見せる。彼女は去り際に。
「あんたは、大丈夫そうだね」
と呟いた。
実は今回、この街から離れた冒険者は多い。
そして、それに合わせてやめたバイトも結構でた。
そのどちらでなくとも、ショックを受け塞ぎこんでいた人間は大勢いて、平気な顔をしている俺は少数派だ。
単に人でなしともいうが、残った人間がいただけでも救いになったのだろう。
その後、ローザは非番なのに、席の酔っ払いどもにつかまって少し相手をしていた。
人付き合いのいいことだ。
彼女は長居をするつもりはないみたいだし、すぐに帰るのだろうが、そんな様子を色んな人が遠くから見守っていた。
酒場のマスターも同様だ。
彼も店の奥で、始めから俺らのやりとりを見ていたらしかった。
「ローザはもう大丈夫みてぇだな」
「昨日も働けてたのでは?」
「昨日は少し無理していたな。今日より危うかった」
店長はありがとうよ、と俺の肩を拳で軽く叩く。
このおっさんはコミュニケーションが体育会系だから、面倒だ。
「クゥガは珍しく一途なやつでな。ローザ以外見向きもしなかった。あいつくらいの冒険者になると、言い寄る女も多かったってのにな。そして、ローザもクゥガの一本気なところにほだされて、献身的にやつを愛していた」
良いカップルだったんだがなぁと、店長はぼやく。
クゥガとは死んでしまったローザの彼氏のことだ。
この街のトップの冒険者の一人で下手なプロ野球選手より人気と収入のある人間だったと聞く。
「あんな良いやつはそうはいねぇ、冒険者ともなればなおのことだ。本当にローザは不憫だよ。今後あんな良いやつには出会えねぇだろうからな」
店長もかつてはすごいクゥガ押しだった。
今では少し吹っ切った様子がある。
かつて冒険者だけあって慣れているのだろう。
「おめぇも、クゥガほどとは言わねぇが、女は大事にしろ。大事にしたらしただけ返ってくるからよ。おめぇは女遊びはしてねぇとは聞くが、堕ち人は派手に遊ぶやつが多すぎる。おめぇもそうならねぇか心配だ」
店長は、どこから俺の話を?ほんとこの街では堕ち人の噂は速すぎる。下手なことはできないな。
「他の堕ち人の話って全然知らないですが、そんな有名なんですか」
「有名だな。サトーってやつは、その手の店じゃどこでも常連だ。ハリキは20人くらい囲ってやがるし、ミクニに至っては経営してやがる。ミクニは自分の女ぁ店に出してるって話だしな。ろくなもんじゃねぇ。似たようなのが他に4,5人いるって聞いてるぞ」
経営って、予想以上だった。堕ち人、はっちゃけすぎだろ。
「え、ええと、全部が全部ってわけじゃないですよね。この街に結構堕ち人いるわけですし」
「確かに他にもいるが、たいがいははおっちんじまったか、帰ったな。お前が思っているほどこの街に堕ち人は残っちゃいねぇよ」
まじか。これも予想外だった。
1月に1人で、この街は数百年前からあると聞いていたから、年に10人で、80年で800人。そのうち25%程度いるかなってざる勘定で200人を見積もってたんだが。
「数はどんなもんです?」
「30~40ってところか?この街を離れたやつも多いしな」
よかった、予想よりは少ないが、ある程度はいる。
「全然まともな堕ち人のほうが多いじゃないですか!」
「ん、あぁ?まぁそうだな、でもほとんどは話きかねぇからなぁ」
「そういえば、今年も俺らの他の堕ち人いたんですよね。彼らの話は知ってます?」
今は8月。年初にはぼちぼち堕ち人が来ていたと聞いているが、彼らを見かけたことはまるでない。
「今年のやつらか……」
ここで店長はバツの悪そうな顔を浮かべる。
「お前らの前は、ちょっと騒動があってな。ほとんど、おっちんじまったよ」
騒動?死んだ?なにそれ物騒すぎるんだが。
「そろそろ、ガーデガーも話すかもな。いい頃合いだ、聞いてみな」
そういうと、店長は仕事に戻れという顔をした。自分から話しだしたくせにな。
俺は聞き出したかったが、しぶしぶ仕事に戻ることにした。
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