#45 楽士とジーナと大人な話
25日目夜。
この日は、看板娘ローザが復帰したため、ひさしぶりにバイトが休みになった
俺はせっかくなので、ダンジョンの仕込みの後は、最近聞き逃していた夜のコンサートに顔をだすことにした。
今晩の楽士も俺のお気に入りのプラチナブロンドの少女だ。
高校生くらいだろうか。
まだ若いだろうに、見事な演奏っぷりであたりをうっとりとさせている。
彼女の演奏は一つ一つの動きに気品もあり視覚的にも楽しい。
声よし、容姿よし、センス良し。パーフェクトすぎて文句もでない。
天は二物も三物も与えるんだなと思った。
しかし、その素晴らしいコンサートも1曲はそう長くない。
ややも30分もすると終盤にさしかかるのだが、そのとき、楽士の視線がこちらを向いた。
……目があった気がする。
(なんだろう?)
これは例の、アイドルが俺を見てくれた的なやつであろうか。
勘違いして恥ずかしいやつだ。
俺は努めて気にしないようにしていると、後ろから声をかけられた。
「君も、こういうのを聞きくるんだな」
振り向くと、ジーナが後ろに立っていた。ロングの赤髪が夜の明かり生えて、炎のようにきらめいていた。革のスーツを相まって、非情に様になっている。
「えぇ、せっかくなので」
「えらく余裕あるな。10000DP稼いでいるわりには、あまりダンジョンに入っているところ見ないのだが」
「効率よく稼いでますから」
ぱちぱちぱちぱち
そこで曲が終わり、あたりに拍手が響いた。
ジーナも拍手しながら、壇上の彼女を指さす。
「実は、彼女は幼馴染でね。よく晩ご飯を一緒にするんだ。今日もその迎えにきたんだが」
なるほど、さっきの視線はジーナを見ていたのか。
やっぱ勘違いしなくてよかった。胸をなでおろす。
「せっかくなんだし、君もどうだい?ココットと話をしてみないか?」
そこで予想外のお誘いがかかり、俺はびっくりする。
楽士はこちらではアイドルに近い。普通はお近づきになれるものじゃない。
俺は突然のことに目を丸くしながら、是非と承諾の返事をした。
*
カランコロン
今日も酒場の鐘はなる。
いつもはスタッフとして聞くその音を、今日は珍しく客として聞いていた。
3人は挨拶もそうそうに注文すると、酒を片手に。
「かんぱーい」
ぐびっぐびっ、ぷはー
とエールを口にしていた。皆お酒大好きだね。
少女楽士は女子高生どころか、ジーナと同い年の23歳。
お酒が飲める立派な女性であった。
見た目じゃわからないものだ。
「じゃあ、小さい頃から楽士の修業を?」
プジョー家楽士ココット・ルキルミナ。プジョー家はこちらで有名な楽士の一門だ。
なんでもココットさんは、5歳の頃からつい2年前までずっと楽士の修業に明け暮れていたそうな。
「ええ、16年ずっと師匠(ババア)のところで曲を奏でてたわ。やっと卒業できてせいせい!あ~お酒おいしい、エールにかんぱーい!!」
いぇーいとお酒を飲み干すココットさん。
はたから見ていたのと、すごく印象が違う子だった。
見た目がちんまいからギャップがすごい。
「ココットとは一緒にこの街にきたんだ。いや、私の赴任先についてきてくれたといったほうが正しいか」
「ダンジョンのある街なんて、楽しそうじゃない。素敵なアイテムだってたくさん使えるようになるのよっ!」
なるほど、ダンジョンのある街とはそういう認識なのか。
恐ろしいとか怖いではないんだな。
「そりゃそうよ、修行しなくても、魔法が簡単に使えるなんて夢のよう。魔法じゃ無理なことだって叶えてくれるアイテムだってたくさんあるんだから」
メモ帳とか、子供の頃にほしかったわとココットはこぼす。
やはりあのメモ帳はこちらの人間でも便利に感じるんだな。
「街の人間も狩りしてるんですね。でも、俺が潜ってるときに街の人なんてみたことないけど」
「普通にもぐると危ないからね。各ギルドが街人用のパーティを作っているから、そこに参加しているんだ。冒険者が入るところとは離れた場所だから、意識しないと出会わないよ」
私もそれを手伝うスタッフの一人なんだと、ジーナは言った。
「なるほど、ダンジョンも産業の一つなんだな」
「そうよ。17のダンジョン全てが国に管理されてる資産なんだから」
こんな便利なもの使わないわけないじゃないと。そりゃそうだな。
「ギルマスは魔神を倒さないと、人類が滅ぶって言ってたんだけど」
「そうだけど、それとこれとは別よ。それに魔神倒したって、ダンジョンは残るわけだし、いてもいなくても変わらないわ」
初耳だ。脅威だけ去って、有用なものは残るのか。
魔神を倒すと同時に全て崩れ去ると思ってた、悪魔の城みたいに。
「私、キツトは残念な堕ち人って聞いてたんだけど、実際はどうなの?ジーナは意外と頑張ってたっていうんだけど」
やっぱ俺って、そんな評価なのね。
そして最新情報の伝達が早い。
注目されてるんだろうなぁ。
「あ~、それは俺の口からはなんとも。それなりにはやってますよ」
ココットは、ジーナに顔を向けた。
「普通のルーキーよりは全然すごい。誰も動きをつかんでないから全部自己申告だが、装備はちゃんとしてるな」
「ふ~ん。じゃあ堕ち人なんだから、結構もてるんじゃない?女の子に言い寄られてるでしょ。もう一人の子は取り合いって聞いたわ!」
え、まじで。イハルそんな美味しい目にあってんの!?
「え、堕ち人がもてるってなに?」
「あ~、残念さんは残念だから知らないのね。冒険者ってもてるんだから」
なんでも男の冒険者は稼ぎが良いので、女性が選り取り見取りなんだそうだ。
というか男自体が数が少ないので大抵の女性とくっついているものらしい。
なにそれ、俺の知らない異世界じゃない?
「男性が少ない???」
「先日発表された国の出生率調査では男がとうとう38%になっていた。男性1人にたいして女性の比率は1.5人以上だ」
「この街は男が多いけど、他所じゃあこんなにいないわ。男狙いに、この街に来てる子もいるくらいよ。みんな良い男つかまえるのに必死なんだから」
確かに冒険者以外は女性が多いなと思っていた。
お店だって女性が対象の店がばかりでどこも入りにくかったのを憶えている。
しかし、具体的な数字で聞くすごいな。38:62て。
「いや~、他の人はどうか知らないけど、俺にはとんと縁がないですねぇ」
「君は、クロモリのことはどう思ってるんだ?気づいてるんだろ」
ここでジーナさんから困ったパスが飛んでくる。クロモリかー。
「う~ん、今のところはなんとも。ダンジョンに付き合うくらいはいいのですが、現状それすらやると色々とエスカレートしそうで怖くって」
「な~に~。やっぱりアプローチもらってるんじゃない。答えてあげなさいよ」
ココットさんが、ペロリと唇をなめた。妙にエロい。
「あ~、同じ堕ち人仲間を助けたら、懐かれまして。でもそういうのじゃないんです」
「正直なところ、彼女は私ではどうしようもなかった。が、君が彼女をエスコートしたとたんあの変わりようだ。みんなどんな魔法を使ったんだと驚きだよ。このまま厭わず助けてくれると嬉しいのだが」
なにやらその辺でも周囲の評価が上がったらしい。
なにで評価されるか、わかったもんじゃないな。
「俺の出番は終わったと思ってます。彼女はもう俺なしでも大丈夫でしょう?」
俺よりも下に進んでますしね。というと。
「クロモリはまた行き詰まることもあると思う。そのときは手を貸してあげてほしい」
と断りづらいことを言われた。確かにその場合はやぶさかでもない。
「まぁ、そのときには」
「ふ~ん、じゃあ結局、まだ誰のお手付きでもないのね」
珍しいわ、といいながら彼女はまた、ペロリと唇をなめた。
とても唇が艶めかしい。……ヘビかな?
飲みはまだ続き、しばらく雑談は続いたのだが、そのタイミングから、ココットからは意味深な視線が飛んでくるようになった。
基本的に「どう?」という意味を含んでいるように見えたので、俺はとりあえず「ジーナさんもいますし、今日のところはやめておきます」と少し目を伏せ、対応したのだった。
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