#44 楽士と少年とポテト

 この街では意外と娯楽が充実している。スポーツ、演劇、本屋にスイーツと、探せば現代日本と遜色ない楽しみが味わえるようだった。

 科学では遅れていても、魔法という圧倒的なアドバンテージがあるためだろう。 文明レベルでは引けをとらないというか、要所要所では上をいっている。


 街の広場で繰り広げられる楽士によるコンサートもその一つだ。

 街が提供する公共娯楽の一つで、誰でも自由に聞くことができるのだが、これがえらくクオリティが高い。

 壇上に立つのは楽士一人なのだが、演奏されるのはオーケストラ。

 魔法で数十の楽器を、操作し見事に演奏してみせる。

 指揮棒ひとつで、まるで楽器が生きているかのように生き生きと動き出す様は見ていても楽しい。

 シーンに合わせたエフェクトも豪華で、怒りの場面で猛り狂う炎、悲しみの場面でシトシトと振り出す幻雨は4DXも顔負けだ。


 ぱちぱちぱち


 今ここ、第2広場でも楽士が一曲披露し、その芸を終えたところだった。

 第2広場は、俺がいつも利用しているダンジョン入り口から近く、本を読む合間に定期的に移動しては鑑賞していた。

 

 ぱりぽり

 

 俺もスティックポテトをかじりながら、静かに拍手する。


 今回の楽士はプラチナブロンドの可憐な少女だ。第2広場を担当していて、俺が一番見かけることの多い人物だった。名前は知らないが、なんでも有名な楽士一族の出身だとか。

 

 ぽりぱり

 

 拍手しながら、ついついスティックポテトを食べる手が止まらない。

 広場の周辺では屋台でポテトが売っているのだが、これがまたすごく旨いのだ。

 なんとなしに、北海道旅行に行った時のジャガバターにはまった記憶がよみがえる。


(このポテトでジャババターやってくれないかな?)


 そんなことを考えていると、の少女が、笑顔で手を振り会場をさっていった。

 鑑賞者たちは名残惜しそうに仕事に戻っていく。

 俺の隣に座っているリュシルくんもほえ~とした表情しながら、いい曲だったなぁ呟いた。

 今日は2人でポテトをかじりながら、コンサートを鑑賞していたのだ。

 

 ぱりぽりぽりぱり


「俺もあんな風にやってみたいなぁ」


「リュシルも魔法使いなら、やれるんじゃないか?」


 ぱりぽり


「無理無理無理。俺、歌下手だし!」


「ふ~ん、綺麗な声してるのに、もったいないな。俺はリュシルの歌きいてみたいよ」


 リュシルくんは褒められると少し弱い。う、と声を上げると。

 

「今度、少しだけなら。ねえちゃん、歌上手なんだ。ねぇちゃんに教わってくる」


 ここで、リュシルくんが大好きなお姉さんの話がはじまった。

 リュシルくんは美形だから、お姉さんもかなり期待がもてる。

 近々帰ってくるという話だったし、是非ともその時は紹介してもらいたいものだ。


 ぱりぱり


「結局、いつぐらいに帰ってくるの?」


「来月!ねぇちゃんにキット紹介するな!」


 んふーとリュシルくんは鼻息荒く宣言した。

 来月か、まだ2週間近くあるな。

 今のうちにちょっといい服をそろえておこう。


 ぱりぼりぱりぽり


 俺はふと自分のスティックポテトに注目する。

 結構長い。そして少し曲がっている。


(釣り針みたいだ)


 なんとはなしに思い付きでリュシルくんの口元にもっていってみた。

 するとリュシルくんは、「!」と察し、ぱくっと食いついてくれる。かわいい。


 うまうまとリュシルくんは食べ終わると、彼は自分の手元のポテトをみつめる。

 そして、リュシルもおずおずと俺の口元にポテトをつきだす。


 俺は普通にやるとつまらなかったので、ぱくっと指まで口に入れた。

 リュシルはびっくりして目を丸くしたが、すぐに慣れ、ニシシと笑うと逆に指で舌をぐにぐにしてきた。なかなかやるな。

 

 しばらくそうして遊んでいると、所在なさげな小天使が目に入った。

 無表情に浮かんでいるだけなので、所在なさげというのは俺の勝手な思い込みなのだが、なんか相手してやりたくなった。

 俺は、リュシルの指から口を離すと、手のポテトを小天使の口元に運ぶ。

 どうせ食べれないだろうが。ちょっとしたいたずらだ。

 

【……】


 やはり天使はジト目で見返してくるだけだった。予想通り。

 俺はこんなにおいしいのにもったいないと、ドヤ顔をしながら自分で食べようとした。その、ひっこめる寸前。


パクッ、ぱりぽり


 差し出したポテトは小天使に食べられていた。

 え!?


(こいつ食えんのか!)


 地味にショックだ。なぜかはわからないが。

 逆に小天使はこちらにドヤ顔を見せつけている。

 

「キット、なにしてんだよ」


 手を拭いていたリュシルが、(不可解な反応をしている)俺を見て、怪訝そうな顔をしている。

 

「い、いや。なんでもない」


 小天使って、俺の意識の中だけの存在じゃなかったのか。新たな新事実に少しの間動揺が隠せなかった。



―――――――――――――――――――――――


■世界観設定「暦について」

 暦は教会によって制定されている。

 1年は362日。

 1年は10カ月に分れ、1カ月は35日。

 1週間は7日、7曜日に分割される。

 年末には『新生の12日』という、どの月にも属さない12日間がある。どの国でもその期間を盛大にお祝いした後で、新年に至るのが通例となっている。

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