#43 サトーと堕ち人であるということ

 ギルドの食堂で、ジーナは堕ち人サトーについて教えてくれた。


「彼はひどく効率という物を気にする人物だよ。これは有名な話でね。とりあえず殺せばいいという冒険者が多い中、どうゆうやり方で殺すか、を徹底して追及し続けている。彼のパーティルールも独特でね。メンバーでそれぞれ明確な役割を持ち、それを遵守することが絶対だ」


「役割ですか?それって普通なことな気がしますが」


 ゲームでは、当たり前すぎる考え方だ。

 アタッカー、タンカー、ヒーラー。この世界では職業はないが、俺には特別変わったことを言っているようには思えなかった。


「もちろん、どのパーティでも得意分野に沿って、メンバーが担当を持つのは当たり前の話さ。ただ、彼のは少々行き過ぎていてね。敵別にどう対処するか、メンバーそれぞれのマニュアルがあるんだ。切りつける方向から、対面する敵の数、サポートのタイミングまで、必勝の型が決まっている。彼が言うには、魔法がもっとも効率的に作用するパターンは決まっているらしい。手順通り敵に有効打を与え続けていれば、殺す手数は一定なのだとか」


「パターンって、そんな杓子定規に上手くいくようには思えないんですが」


 ダンジョンモンスターはあくまで生物だ。決まった動きをする機械ではない。

 型通りに動けば、勝てるというのは、あまりにゲーム寄りすぎる考え方のように思えた。


「初めはみんなそう思っていたさ。ただ、彼のパーティは成果を上げ続け、すごい速さで階層の更新を続けている。つい最近、探索をはじめてから1年半で60階を突破する快挙も成し遂げたばかりだ」


 イリーナさんもすごいよねと頷く。俺たち堕ち人3人は、こちらの人達がもつ基準が存在していないのでイマイチピンとこずポカンとしていた。


「すみません、それってどれくらいすごいことなんですか?私、一番進んでいるパーティが170階ってことしか知らなくて」


 クロモリさんが疑問を口にする。


「60階を抜けるにはだいたい4~6年かかる。序盤だけが例外で、ダンジョン攻略は、10階進むのに1年かかると思えばいい。最近亡くなってしまった170階に到達していた冒険者は、どこも20年はかけてあの階層に到達していた」


「20年!?」


 想像以上の年月に思わず絶句する。イハル、クロモリさんも同様だ。


「才能ある冒険者でさえ、それだけかかるものなんだ。先日亡くなってしまった人達がどれだけ代えが効かない人物だったが、わかるだろ」


 だから今街が大変なんだ、とジーナはため息をついた。


「先日の件もあり、サトーは今もっとも魔神討滅を期待されている人物の一人だ。彼のパーティメンバーは代えが非常に難しいことでも有名なんだが、どの組織も控えをサポートする声明を出している。今は各所で彼お手製のマニュアルが出回っているから、希望をだせばすぐに読めるはずだよ」


「それ、初心者ギルドにもありますか?」


 手軽に読めるなら、ぜひ目を通してみたい。

 俺は、彼の考え方の中に『自動化』の要素があるような気がしていた。

 

「あると思うよ。なくても、ギルマスに言えばすぐに取り寄せてくれるはずだ。君たちに自覚はないと思うが、堕ち人は特別だからね」


 特別?飯や寝床は提供してもらっているが、それは災害で被害を被った人間に対する人道的な処置にすぎないように思える。


「そんなに特別ですか?丁寧に対応してもらえているのはわかりますが、サトーさんが活躍したのは、たまたまでは?」


「ボーナスを定期的に受け取っているんだろ?2週間限定カスタマイズなんてものもあると聞いた。知らないと思うが、一般の冒険者にはそんなものないよ。君たちのリストは特別製なんだ。教会は、君達を神からの特別な使者としている。それは、街の人たちも同じ認識だろうね」


 それは衝撃の事実だった。

 ログインボーナスは俺たちしかない?

 普通の冒険者は2週間限定カスタマイズを行えない??

 ふと、気づく。俺が普段読んでいるものは堕ち人の先達が残した攻略書だ。

 そしてそれを他のビギナーが手に取ろうとしているところを見たことはない。

 もしかすると、それは、一般の冒険者には参考にならないから……。


「えぇえ、そうだったのか!じゃあ、皆はカスタマイズできないってこと?」


 イハルにも衝撃だったらしい。いつもより大きな声が食堂に響いた。

 一般の冒険者とパーティ組んでるお前が知らないのは問題ないか?


「カスタマイズ自体は我々にもできるさ。ただ項目や種類が違うんだ。君達ほど自由には変えることができないんだよ。私も具体的なことは把握していないが、ギルマスなら詳細まで知っているんじゃないかな。なにせこの街で堕ち人の相手を一手に引き受けてきたエキスパートだ」


 ギルマスがエキスパート。そんな立ち位置だったのか。

 どうりで毎回、ギルド内で誰に尋ねてもギルマスのところへ案内されるわけだよ。

 

「特別なわりには、1カ月しか支援してもらえないんですね」


 クロモリさんは、少し厳しい声で詰問する。たしかに神の使者ならもっと優遇されてもいいようには思えるが。


「甘やかしすぎても良い結果にはならない。むしろ放逐して自由に好き勝手させるべきだ、というのが英雄パインセの主張でね。そこは長年堕ち人と付き合ってきたこの国の経験とも合致する事実で、教会も認めるとこさ。とはいえ、全員が全員強いわけではないのは周知のことだから、君たちが申請すれば、制約はつきで長期の支援をとりつけることはできるはずだよ」


 パインセのせいか。何度か耳にするが、つくづく影響がすごいな。

 長期支援は受けられると聞いて、クロモリさんは黙ってしまった。

 俺もちゃんとしているように思えたので、そこについては特に文句はない。


「どれもこれも初めて聞く事ばかりです。ギルマスからはまるで教えてもらえなかったんですが、どういうことですか?」


「話すタイミングを測っていたんじゃないかな。一度にアレコレ言われても困ってしまうだろ」


 じゃあ、ジーナさんが話してしまっても良いのだろうか?

 そう思ったが、どれも別段隠していることではなさそうだ。

 細かい事はそれこそギルマスを問い詰めればよいだろう。

 

 ここで、食堂に他の冒険者が増えてきた。

 複数のパーティが同時にきてしまったのだろう。

 俺たちは少々長く席を占拠してしまっていることに気づく。

 

「詳しい話はギルマスに聞いてみてくれ。あくまで私のは一般的な知識だからな」

 ジーナさんが周りに配慮して席をたつと、ここで今日の食事会は終了となった。

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