#39 少年と精霊

 20日目。今日はなんとかクロモリさんから解放された。


 クロモリさんは、結局昨日はあの後も1人で潜ったみたいだった。

 しかも2Fまでいったらしく、今朝になって俺は2F行きをせがまれた。

 しかし、俺としては2Fは安全性が薄い危険地帯だ。

 なので、俺がそこまで行く気はないとつっぱねると、いくらか問答があった末に彼女は怒って1人で行ってしまったのだった。


(ヘニャチンやろうと思われたかな?)


 しかし、このまま付き合い続けると、彼女はどこまでもエスカレートしてしまいそうな怖さがあった。

 彼女のブレーキは歯止めがきかない。

 昨日まではいくらか説明すると収まる様子はみせたのだが、今日の様子は少し行き過ぎていた感がある。

 

(怪我しないといいけど)


 2Fはハチもゴーレムもいる。助けたい気持ちはあった。

 しかし、もし今日上手く助けられたとして、その後はどうだろう。

 彼女はきっと、どんどん先に進みたがる。

 そして俺か彼女のどちらかが怪我をするまで、それは止まらないだろう

 

 すでに、このことは何度か言葉では伝えた。

 しかしわかってもらえないまま今に至る。

 

(危険な兆候だけど、どうしたら止まるだろう)

 

 ここ数日で急に生まれた唐突な悩みだった。

 3日前にはこんなことになるなんて思いもしなかった。

 そう喫茶店で本を見ながら思い悩んでいると、声をかけられた。


「キット、最近どうしたんだよ!」

 

 我らが癒しのリュシルくんだ。

 今日は開始早々プリプリと怒っていた。が全然怖くない。

 顔を紅潮させながら「なんだよ、もう!」と眉を吊り上げているが、微笑ましい気持ちにしかならなかった。

 美形って得だな。


「ごめんごめん、このところ忙しくって」


「大人はみんなそう言うんだ。一昨日の女だれだよ」


 どうやら、クロモリさんと食事をしているところを見られたらしい。

 少し嫉妬してるっぽかった。


「堕ち人のクロモリさん。3日前にきたばかりなんだ。彼女、ダンジョンが全然上手くいってなくて俺が手伝ってたんだよ」


「キットだって、ダンジョン進んでないじゃん。もっと教えられるやついっぱいいるだろ!」


 すごくその通りだ。でも、今回だけは俺が一番適切だった。

 きっと他の人では彼女に合う方法を伝えることはできなかっただろう。

 俺はどうしても怒ってしまうリュシルくんに、丁寧にそれを伝えた。


「もういいよ、せっかく精霊について調べてきたのにキットは女といちゃついてるし!」


 話しても完全に怒りをひっこめてはもらえなかった。

 が、リシジュースを奢ると少しは落ち着いてもらえた。


「リュシル、俺のためにありがとう。結局どんな感じだった?」


 一生懸命精霊について調べてくれたことが嬉しくて、リュシルくんの頭を撫でた。

 先日慰めてくれたお礼だ。

 リュシルくんは、ジュースをんくんく飲みながら顔を少し顔を赤くする。

 家ではあまり褒められないのかもしれない。

 

「……キットの知りたいことはわかった」


 そういうと、リュシルくんは精霊についてぽつぽつ語りはじめた。

 精霊は、どこにでもいるけどほとんど自我が薄いこと。

 小精霊なら、少し意識が芽生えていて、シンプルな感情なら伝わる

 中精霊なら、簡単なやりとりが行える

 大精霊なら、子供くらいの意識があり人として交流ができる

ということだった。

 なので小精霊には感情で魔法の仕様を伝えないといけない。

 かつ複雑な呪文は使えないので、頼めるのはシンプルな魔法のみになってしまう。

 中精霊クラスになると、マシになるが、今度は精霊の力が強くなりすぎる。

 精霊自体が人間に隷属しているわけではないので、機嫌を損ねると、人間なんて簡単にやられてしまうらしい。

 こう聞くと、まるで使えない感じがするが、事実使えないようだった。

 頼むだけ無駄だからやらないほうがいいと世間では結論ついているようだ。


(魔法のたびに交渉になる、と。なるほど、精霊使いが流行らないわけだ)


「精霊の装備って、むちゃくちゃ高いって聞いた。キットじゃ買えないのに調べてどうするのさ」

 

 リュシルくんは、まだ少し拗ねているみたいだった。

 頭をわしわしなでて機嫌をとる。

 

「堕ち人の特典でね、頑張れば買えなくもなさそうだったんだよ。でもリュシルのおかげで無駄な買い物をしなくて済みそうだ。リュシルはすごいな、この街で誰も知らなかった精霊について調べられるなんて」


 助かったよありがとうというと、納得してもらえたのか「ん」とだけ言い、こくりと頷ついた。


「リシジュース飲みたい」


 どうもワガママを言いたい時みたいだ。

 俺は追加のリシジュースとケーキを注文し、リュシルくんの前に並べた。


「……頭なでて」


 リュシルくんは顔が真っ赤だ。

 相当気に入ったみたいだけど、頼むのは少し恥ずかしいらしい。

 

「リュシルすごいな、俺、魔法のことわからないから本当に助かったよ。ありがとう」


 そういいながら、その日はリュシルくんの頭をなで続けた。

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